Don’t be evil. Don’t lose faith.

第40接種「邪悪になるな、信念を失うな。」

Don’t be evil. Don’t lose faith.(邪悪になるな、信念を失うな。)



 獄炎王デルナモは一命を取りとめる。意識を取り戻し、意思を確認し、命があることを、ここにまだ生を感じることを、噛み締めていた。


「あーし、まだ生きてる……」


 新魔王ヴーカンに嬲られ、恣に虐げられた、あの日のことを思い出す。自分はどれくらいここで意識を失っていたのだろう。


「…………」


 辺りには荒廃した大地が広がるばかりだ。


「あーしの刀が……」


――ない!?!?


 腰に携えていた刀が、獄刀が、すっかりなくなってしまっている。


「ったく、あーしはこれからどうすりゃいいってんだよ」


 右も左も分からない。おまけに愛刀まで失う始末。このまま新しい人生を踏み出そうなどというふざけた考えさえ生まれてしまいそうだ。


「そういや、あのボウズ、人生二回目って言ってたっけ……」


 だが、あの少年ハウツはヴーカンによって命を奪われた。


 彼の分まで、しっかりとこの命を生きなければ。


 そんな清い心境にはなれないけれど、少しは彼を追悼し、哀悼し、祈りを捧げたい。そんな弔いの情が湧いてくるというものだ。それに、チオだ。元魔王であり、友であるチオとも別れることを余儀なくされた。


「あたしは、ひとりぼっちだ……」


 急に悲しみが押し寄せてくる。彼らのことを思えば思うほど、心の中がいっぱいに詰まって破裂してしまいそうになる。


「ああ……」


 こんな世界、全て壊してしまいたい。こんな世界で生きる意味なんてない。


 黒い渦が頭の先からつま先まで、すっぽりと支配する。彼らは自分の生きる糧だったのだ。


 それを失った自分は自分ではない。もう、この世に未練がない。ここに縋りつく理由がない。


 悪に染まる。黒い感情に染められる。地獄の門が開くように、あっという間に、自分が崩壊し、魔の手が迫る。虚ろな心、穴の開いた魂に、邪悪が巣食う。


 もう何をしたって構わない。壊して、崩して、奪う。


 ああ、愛する姉メランサラサもこんな感情だったのか。


 自分のたがが外れるのが分かった。ガチャリと音を立てて、纏っていたものが全て溶けて喪失する。


 吹き荒ぶ乾いた風が頬を撫でる。涙も出ない。


 この虚しさは……


――ギャヴォ!!!!!


 放心状態の獄炎王。その目の前に現れたのは巨大な魔獣。大きな雄叫びをあげながら、デルナモの方目掛けて突進してきた。


「…………」


 ここで、このまま、死んでも良いと思った。


 こんな最期で構わない。こんな最期が相応しいとさえ、思えた。


 だが、運命はそれを許さなかった……


「おいいいいいいいい!そのままじゃ死んじゃってたけどおおおおお!?」


 ハウツのような年端もいかない少年が魔獣の亡骸の奥に現れた。どうやらこの魔獣を容易く狩ったようだ。


「俺の名は、庵治原あじはら万都ばんと!」


――皆、俺のことは救世の徒ピンチヒッターと呼ぶ!


 ってことで、お姉さん、俺の仲間になってくれ!


「ん!?!?!?!?」


 お姉さんって、あーしのこと?


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