第37接種「灰田的未来観測」



 未兎禾みうか、令和2年立命館大学入学。コロナ禍ということで、対面授業を禁止され、思い描いていたキャンパスライフとは異なる人生を歩むことになった。


「あー。これ未兎禾の思ってたのと違うじゃーん。なんのために受験勉強頑張ってきたと思ってんの? ふざけんなってーの。ほんとコロナウイルスとかいうのがなかったらさー。未兎禾もさー、もっとさー」


 リモート授業なんていうつまらないことに時間を割いている暇はない。大学でサークル活動に勤しんで、バイトもそれなりに楽しくやって、授業の後にカラオケに行って、カフェに行って、飲み会をして……


 やりたいことはたんまりあったのに。


 ほんとコロナってやつは……


「しかも、ワクチン接種? そんなのもしないといけないなんて……」


 注射は嫌いだ。受験生だからってインフルエンザの予防接種を受けた時もめちゃくちゃ痛かった。


「どうせ、家から出なくていいんだからさー。打たなくてもいいじゃん」


 本心は打たなくていいなんて思っていない。毎日テレビをつければ、感染者が最多を更新しただとか、重篤者が増えただとか、そんなことばかり報道されている。どこにウイルスがあるのか分からないのだから、いちはやくワクチンを打って予防をする必要がある。


――そんなことは、重々承知だ。


 でも、抗ってみたいじゃないか。逆らってみたいじゃないか。


 なんでも前に倣え、唯々諾々って感じで従うのって、良くないんじゃないかって思う。


「あれ……あたし、どうして、今こんなこと思い出しているんだっけ……」


 自らの記憶の蓋が突然開いた。堰が切れたように、滔々と流れ出る記憶。


「そうだ、あたしは、灰田と……」


――どこで、出会ったんだっけ?


「思い出せない。灰田のことを……何も……」


 ワクチン接種で死んじゃって、あたしは、灰田とずっと一緒だった。一緒だったはず。一緒だった?


 そう、今も隣に……



「あれ……どうし……て?」


 灰田の瞳から涙が伝っている。


「え、ちょっと、待ってよ」


 脳の処理が追い付かない。一体目の前で起こっているのは何事だ。どうして、灰田が泣いているんだ。


未兎禾ミュウカはパイータが……救うから……」


 どうして、どうして、どうして。


 灰田の右腕が綺麗に切り落とされている。灰田の痛みがひしひしと伝わってくる。


 どうしてそんな悲しそうな顔をするんだ。そんな顔を向けられたら、あたしも泣きそうになってしまう。


 戦況はこちらが断然有利だったはず。こんな少年一人にあたしたちが負けるはずがない。


 そう、少年には……


「ファイザさん!」


 老人が剣を振るったのか。だから、灰田の腕は……


「ぐッ……」


 こんな老人のどこにこんな力があるというのだ。こんな今にも死にそうな老いぼれ、こんな奴に、灰田は……


「許さない……ミュウカは許さない!」


 

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