第36接種「死者の國」

 黄泉の世界だとか、三途の川を渡るだとか、天国と地獄だとか、そんなのは想像力豊かな誰かが適当に考え付いた妄言だろうと思っていた。


 人は死んだら無に帰る。肉体と魂(それすらもあるとは言い難い)が分離し剥離し抜け落ちた結果が死なのだ。


 まあ、死後異界に転移した俺が言っても全く説得力のない話である。


「いや……待て……」


 この世界は俺にとっての死者の國であるのならば、ここにいる人たちからすれば、俺のいたあの世界が死にゆくものがたどり着く世界といえるのではないだろうか。


 一方通行だと勝手に思い込んでいた節があったが、反転世界、両者は相対する世界構造なのかもしれない。


「……ということは」


――オミクロンと呼ばれる人物もまた、俺と同じ地球人だ。



 一時間前、【カリアフ・ミイナミ】にて……


未兎禾みうかと、灰田はいた。二人に命ずる」


 おみ黒雨くろうは自身の能力を惜しみなく使用する。


――彼の能力は「絶対感染パンドラ・ミーム


 触れた者の意識を奪い、自らの手足のように使役することが可能となる。小見はこの世界に来て自身の強大な能力を如何なく使ってきた。この能力一つあれば、何もかもが自分の支配下に置くことができる。


 絶対遵守の絶対的規則。それが、臣の能力ちからだ。


「破鬱 無大を探し出し、連行せよ」


 未兎禾ミュウカと、灰田パイータは黙って頷く。


「さあ、ワクチン接種者たちによる國を作ろう。最高で最強で最悪な、國を……」


 臣は不敵に、不躾に、そして、不気味に笑う……



「オミクロン様には連れてこいって言われてたけど、これ、殺してしまっても良いってやつです?」


「おいおい、それは負ける時にいうセリフだってーの」


「ミュウカが負けるわけないじゃん。こんなぼうやに」


 俺のことはそっちのけでミュウカとパイータが話を進めている。正直言って俺と同程度の能力持ちを二人相手にするのは、タルーデとギルレアの二人の力を借りても五分五分といったところだろう。


 だからこそ、俺の脳内には二つの選択肢があった。


――一つは素直に配下になること。


 オミクロンの力が分からない今、相手の出方を窺う意味も込めて、素直に言いなりになる案だ。

 だが、これは大変なリスクを伴う。相手が俺を素直に配下に加えるとは限らないし、最悪オミクロンとミュウカとパイータの三人を相手にする展開が予想される。


 だから、この選択肢はあり得ない。そう、これは他に選択肢がない場合の最後の選択肢なのだ。


「俺は……」


――【生命危機の超越ウルトラ・オーバーリミッツ!】


「タルーデ、ギルレアッ!」


 全力逃走、体の隅から隅まで、全ての神経を二人とは反対の方向に向ける。虚を突けば、一瞬の隙を突けば、絶対に逃げ切れる。


 そう確信していた。


 だが……


「はっ! 逃がすかってーの! ヴォケが!」


「そんなのはさぁ! 読めてるんだよ!」


 幼女二人に胸ぐらを掴まれる。


 逃げることができないなんて、想定外だった。


「ぐっ……」


 万事休す、絶体絶命の大ピンチってやつだ。


「かくなる上は……」


 決めろ、覚悟を。

 示せ、意思を。

 反旗を翻し、反撃の狼煙を上げるのだ。


「破鬱無大、ムゲンダイパワー全開でいきまーーーーーーす!!」


 無策で二人に勝てるとは到底思えなかったが、やるしかなかった。

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