第35接種「オミクロンってなんなんすか?」

「ミュウカとパイータが?」


――ありえない。


 俺と同じ境遇の二人が、そんなことをするはずがない。


 一緒に戦った仲間じゃないか。戦友じゃないか。


「その二人は一体どんな……」


 ファイザに質問しようとした俺、その矢先、


――【巨人の腕ワクチン・アーム


 巨大化した二本の腕が俺たちを襲ってきた。


「しゃーねーですね。ミュウカが仕留めそこなったです」


「大丈夫。パイータが、確実にるから」


 俺が知っているミュウカとパイータの姿がそこにあった。


「待ってくれ。俺たちは、あの戦いを生き残った仲じゃないか!」


「新しいナンパです? 生意気なゴミですね」


「パイータもこんな奴知らない」


 どうやら記憶はすっかり抜け落ちてしまっているらしい。感覚的には一瞬の出来事だが、実際には数百年経過しているのだ。そもそも、目の前の二人が俺たちと行動を共にした二人であるとは限らない。

 世界線の異なる二人、記憶を共有しない二人なのかもしれない。


――だとしたら、辻褄が合う。


「どうしますか。ハウツさん。このままではボクたちはこの二人にやっつけられてしまいますが……」


 タルーデは飄々と言った。だが、相手が格上であることは理解しているようだ。


「ぎぃは、魔王なの! こんなッ! やつらにッ!」


 血気盛んな元魔王ギルレアは二人めがけて有無を言わさず飛び込んだ。


 だが……


――【生命危機の超越ウルトラ・オーバーリミッツ!】


 二人は能力を使い、ギルレアの攻撃を弾き返した。


「ぐッ……」


 苦虫を嚙み潰したような表情のギルレア。やはりこのチート能力使い二人の前では力を失った元魔王はなす術がないように思われた。


「あなたもさ、打ったんでしょ」


――ワクチンを。


 やはり以前のように、ワクチン接種者であることを見抜かれた。だが、今回は違うことが一つあった。


 二人は口を揃えて問うてきたのだ。


「「お前もオミクロン様の配下にならないか?」」


 まるで敵側に寝返ることをそそのかされているかのような、鬼の軍門に下る提案をされているかのような、そんな禍々しい気配が、殺気が、邪心があった。


「オミクロン??」


 まったく聞き覚えのない言葉だ。魔王よりも強いのか?神様の名前なのだろうか。俺は瞬時に思考をめぐらせる。この二人が認める存在、それだけで相当な手練れ、尋常ではない力を持った者であることは想像できた。


「お前はミュウカたちと同じ。集団感染クラスターできるです」


「パイータたちも、この力を手にして数十倍は強くなった」


 胡散臭い詐欺の手法のようにも思われたが、実際俺も集団感染を経て新たな能力を会得したのだ。あながち間違いではないだろう。


 だが、どうしてこの二人がそのオミクロンの配下になったのかが分からない。


「オミクロン様は、【カリアフ・ミイナミ】からやってきて、力をお与えなさったのだ」


「【カリアフ・ミイナミ】……」


 ファイザがその言葉を聞いて、顔を青くした。


「ファイザさん、【カリアフ・ミイナミ】って……」


 きっと予想を超える回答が返ってくるだろうと、覚悟はしていた。俺には考えの及ばない場所なのだろう、異世界ならではの、特別な場所なのだろう、そう覚悟はしていたはずだった。


 だが、それは俺の想像の斜め上をいく場所だった。


「【カリアフ・ミイナミ】、それは……」


――おとぎ話に登場する、死者のくにだ。


 どうやらこの世界では、死者と相対あいたいすることができるらしい。

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