第34接種「時空揺震」


 これは……


――時空揺震タイム・クエイク!


「俺たちも、この時代に飛ばされたのだ。そして……また……」


 声が途切れながら聞こえる。スクマの力が薄れてゆくのが分かる。別の何者かに引っ張られるような。無理矢理に剥離させられるような、奇妙な感覚。


「いずれ……この戦いの決着はつけなければならない……だが……それは……」


――今ではなかったのだ……


 そう言い残してスクマが忽然と姿を消した。敵を目前にして仕留め損ねてしまった。


 まあ、倒せるかどうか怪しかったところだが。


「そうだ、みんなは!?」


「まったく……ぎぃを放っておいてどこに行ってたのよ! ハウツ!」


「ボクのこともお忘れなく……」


 ギルレアとタルーデは俺の前に何食わぬ顔で現れる。


「いやいや、二人がすっかり洗脳されてたんだ。俺たちは三英傑と……」


――いや、今はそんなことを言っている場合ではない。


「ルフア! アルフ! ミュウカ! パイータ!」


 俺はこの世界で出会った者たちの名を呼んだ。


「…………」


 だが、反応が返ってくることはなかった。もうこの空間の歪みに飲み込まれてしまったのだろうか。


「どうか……無事でいてくれ……」


 俺にはただ祈ることしかできない。俺たちだって、必死だった。この空間の裂け目に入り込んでしまえば最後、また未知なる世界、未知なる時代に遷移することになることが分かっていたからだ。


「ハウツ! これどうするの! またぎぃたち……」


 そうだ。このままでは、俺たちも……


 俺は覚悟を決める。


「いくぞ!」


――【生命危機の超越ウルトラ・オーバーリミッツ!】


 俺は一度、病原体ウイルスを体内に取り込んだことで、ワクチン接種を行った状態よりもさらに高い身体能力を手に入れることができた。空間の狭間に見える、微かな軋み、僅かな静寂、些末な欠片さえも見逃すことがなかった。


 だからこそ、元の世界と繋がる空間の裂け目を見分けることができた。


「ここだーーーー!!」


 俺は手を伸ばす。希望に、可能性に、そして、未来に……


「俺は、まだ……死なない!」


 光に包まれ、俺たちは暫く空間と空間の中を彷徨った。

 俺は、一体この世界で何を為すべきなのか。何を為したのか。


 自分の存在意義、自分がこの世界にいる理由について考えた。


 今まで蔑ろに、考えないようにしてきたあれこれ。全てに終止符を打たなければならないような、そんな気がした。


 自ら考え、自ら進んでゆく。責任、いや、自立か……


 簡単には言葉にできない重さを感じる。


「ちょっと! ハウツ! 起きなさいよ! ほら!」


 元魔王ギルレアが俺の頬を強く叩く。痛みを感じる、俺は生きている。


「よかった! もう死んじゃったかと思った!」


 今にも泣きそうな表情のギルレア、その隣には……


星幽者アストラル、ハウツ、お久しぶりです」


 ワーク・ティン・セシュ・カイジョーの町長、ファイザ。俺が初めに訪れた町で出会った人間。俺たちは、どうしてまたここに……


「チィ・ウォナンジュ様はご一緒ではないのですか……?」


 何気なくファイザが問う。そう、彼は俺とチオの二人で旅をしていると思っているのだ。


――俺だって、そうしたかった。


「チオは……」


 口を開こうとした、矢先……


「チオは今離れ離れなの。だからぎぃが一緒に探してやってるってわけ! よね! ハウツ!」


 ギルレアがそう言って答えた。俺の心境を慮ってのことなのだろうか。いや、ただの偶然である可能性の方がよっぽど高い。


「ハウツ、ここの人と知り合いだったのね! ぎぃは知らない場所に飛ばされてびっくりしたけど!」


 その割にギルレアは物怖じせずにぴんぴんしている気がする。まあ、腐っても元魔王、度量も器量も並大抵のものではないということなのだろう。


「そうだ! 俺がこの【ワークカイジョー】を離れてどれくらい経ちましたか?」


 俺たちは元の時代に帰ってきたはずだ。極限状態の中、正しい道を選択し、戻ってこれたはずなのだ。


「そうですね……どれくらいでしょうか……半年くらいでしょうか……」


 そうだ、俺たちがこの町を離れてそれくらいの年月が経過しているのだ。無事に元の時代に戻ることができたのだ!


「それは良かった……安心しました……」


 安堵した俺とは裏腹に、ファイザの表情は曇っていた。


「そう言えば……この町に災いが降ることはなくなったのですか?」


 俺がワンパンでドラゴンを狩ってから半年、きっと色々と苦労もあったのだろう。それを労うためにも、そして、俺に解決できる問題があるのなら貢献することもやぶさかではなかった。


「そうですね……それが……」


 不穏な空気を感じた。重い口ぶりから、今から語られることが深刻な事態であることを、俺たちは察することができた。


――だが、それは俺たちの予想を大きく変える事態だった……


「ミュウカとパイータという二人の星幽者が、この辺りの人間の命を奪って回っているのです……」


「…………」


 俺は返す言葉なく、絶句してしまった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る