【第二部】集団感染(クラスター)しちゃいましたー!

第32接種「ウイルスの脅威、そして、恩恵」

【第二部】集団感染(クラスター)しちゃいましたー!



 俺たちは妥当に、順当に、真っ当に、成長すればスクマもテイアラもガイウも、そんな英傑たち相手に引けをとらないくらいの力を手に入れることができた。


 未熟な才能の片鱗が、開花し、覚醒する可能性は大いにあったのだ。むしろ、それは確定的な未来だったはずだった。


――なのに……


「う……あ……」


 俺は薄れゆく意識の中で願う。


「どうか……俺が俺でなくなる前に……」


――殺してくれ!


「お姉さん、そんなことするの得意じゃないんだけど……」


 エルフお姉さん、ルフアもといアルフがぼやく。目の前には、体内が病原菌で満たされつつある少年破鬱の姿があった。さながら徘徊するゾンビの如く低い呻き声をあげながら、進むべき方向も定まらずに放浪する。


 そう、これは間違った世界線。本来辿り着くはずのなかった世界。


 俺たちワクチン接種者たちが、集団感染クラスターを起こしてしまった世界。


「ミュウカは……こんな……はずじゃ……」


 無念を顔に滲ませながら、ミュウカの悲痛な訴えが空に消える。ワクチンを接種した三人の内の誰が最初にウイルスを発症させたのかは定かではない。


 ただ、高熱の後に、体の自由が利かなくなった。もちろんこちらの世界に治療できる薬は存在しない。


 罹患りかんすれば、死に向かうだけの病。それが、俺たちの世界を支配していた病原体ウイルスだ。


「……ぅ……ぁ」


 パイータは息も絶え絶えだ。呼吸をすることすらも、苦痛が伴う。生きることを否定されているようだ。役目は終わったと、遊びは終わったと、宣告されているかのような惨めな思い。

 ここで死を受け入れることを選べば、生命活動が即座に停止する、それが分かった。


「…………」


 何のために生きているのか。生きていたのか。そんなことさえも分からなくなる。自分という存在が塵となり、無へと還元される感覚。空気として溶け、思考することすらも許されない、絶対的な死。


 今までのように、俺は、死さえも、ウイルスさえも受け入れなければ、ならないというのか!


 この反応は、ウイルスを体が拒絶して起こる反応なのだ。


 そうだ、俺は、何だって受け入れてきた。


 仕事も、依頼も、ワクチンも!


 ウイルスぐらい……


――受け入れてやるさ!


 気の持ちようが変わるだけで、人はこんなにも変わることができるのだろうか。


 痛みが緩和され、次第に消えてゆく。体内で病原体と共存することを選んだ人間の末路は……


 誰も未だ見ぬ、だ!


「いや……俺、さすがにそんな懐のデカい人間じゃなかったんだけどな……」


 致死率も感染力も高いあのウイルスを許容できる度量など、到底持ち合わせてなどいないはずだった。


「ハウツ君、さすがね。お姉さん、さすがにひやひやしちゃった……」


 アルフは安堵した表情で俺を抱きしめた。柔らかな感覚に俺は顔をうずめた。


「あとの二人は……どうする? 我には手の施しようがない……」


 ルフアが問う。もう、この二人のことは諦めるしかないのではないか、そんな消極的な問いかけだ。


 事実、瀕死の二人を救う方法は限られている。俺のように、単純に受け入れろと言って本心から心の底から受け入れることができるとは考えにくい。


 俺の脳内には二つの選択肢があった。


 一つは、酸素を二人に投与することだ。命の危機に瀕している場合は早急な処置が必要となる。一刻も争う状況、こんな状況下では正攻法で対処することが望ましい。


――だが、俺はその選択肢を選ばなかった。


――いや、正確には選べなかった。


 酸素だけを二人に供給することが不可能だったからだ。


 そもそも、この世界において酸素が存在しているのか、酸素があったにせよ、それで解決するのか定かではなかった。


 だからこそ、暴挙ともいえる賭けに打って出た!


――感染拡大ウイルスバラマキ


 ウイルスを体内に満たせば、死をも超越できるかもしれない。ワクチンを打っているのだから、ある程度の抗体はあるはずだ。その抗体がうまく働けば、彼女たちはウイルスに打ち克つことができるかもしれない。


 そんな淡い期待の元、俺は特効薬ではなく、感染源を浴びせた。


「ってか、俺の体からウイルスが出せるように……」


 なんとなく、意識せずにウイルスをばら撒いてしまった俺。ワクチン接種者としての力だけではなく、ウイルス保持者としての力も新たに手に入れたということか……


「ごほっ……がほっ……」


 肺に詰まった水を吐き出すように、二人は必死に肺の中の違和を取り除こうとする。苦しみに悶える姿を見るのはなんとも言えなかったが、俺が克服できたのだから、きっと彼女たちも大丈夫だろう。


 そんな予感がした。


 しばらくミュウカとパイータは生死の境をさ迷った。その後、俺の思惑通り、新たな能力ちからを得て、蘇った。


「はぁ……はぁ……まったく……死ぬかと思ったです……ってか一回死んだ……」


「ゼェ……ゼェ……ワクチン打ってもウイルスにかかるって……そんなことあるんだな……」


 呼吸が乱れる二人だったが、どうやら一命は取り留めたようだ。


「よし、これで、感染爆発を起こして、あいつらをぶっ倒す!」


 一つの能力の底上げだけが、訓練ではない。時には予定外の収穫だってある。ウイルスの力が覚醒するなんてのは俺たちの予想を超えていたけれど、きっとこの力があれば、三人を倒すことができる。


 手洗いうがい、そしてマスクをしたって感染するんだ。そう簡単に負けたりしない!


 俺は拳を強く握りしめ、再び、【ショクイキ・セシュ】へと足を踏み入れる……

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