第30接種「戦略的撤退」

「二人が異世界転移者?」


「だーから、そう言ってんです! 脳みそ詰まってんですか? このクソガキ」


「あれだ、悲しいかな記憶も失ったってやつだ。馬鹿な事言うキッズでも仕方ないんだ」


 ミュウカとパイータ、二人の幼女は相変わらず酷い物言いで俺のことを罵る。


「もしかして、二人も……体が縮んだ的な……やつですか?」


 幼女に対して敬語を使う俺。だが、きっと彼女らも精神年齢は上であるはずだ。


 もしも本当に二人が俺と同じ異世界転移者、それもワクチンを接種した人間ならばの話だが……


「ふん! 分かってるじゃない!そうよ! 私、ミュウカは廿楽つづら未兎禾みうか。元の世界ではちゃんとした大人だったです!」


 本当にちゃんとした大人は自分のことをちゃんとした大人だとは言わない気がする。だが、そんなことを言ったらこのミュウカからまた罵詈雑言がとんでくるだろうから黙っておく。


「そんで、パイータは灰田はいだ。未兎禾と一緒にワクチン接種しに行ったらこのザマだ」


 どうやら二人は知人同士だったらしい。見知らぬ世界で知己ちきがいるなんてのはどれほど心強い事か。


「俺は破鬱無大、28歳だ。俺も気が付いたらこの世界に来ていた……」


 年齢をわざわざ言ったのはここで上下関係をはっきりさせておきたかったからだ。だが、人生は思い通りにいかないのが常だ。


「いや、年齢とかいいです。この世界じゃミュウカとムダイは同じ。年端もいかない少年少女ですから」


「いやほんと、良くないよな。目上の人には敬語、年上の人には敬語。敬語ってのは本当に尊敬できる相手、敬うべき相手に使うべきなんだよ」


――ってことで、お互いタメでいいよ。


 完全に年齢不詳幼女二人のペースだった。まあ、それは些細なことだ。一番大切なのは……


「単刀直入に言うです、ムダイ」


――ミュウカたちと、スクマを殺そう。


 声の調子トーンが急に下がる。スイッチが入ったようにミュウカの目が据わり、隠しきれない殺意を露にしている。


「ムダイも、過去に飛ばされただろ? パイータたちも同じ。テイアラ、ガイウのどっちかが時をべる能力を持っている」


――そして、パイータたちをこの世界で抹殺しようと画策している。


「そんな、ここ【ショクイキ・セシュ】は中立派、攻撃がなければ、手出ししてくることはないはず……」


 伏していたルフアが会話に割って入る。余程の衝撃だったのだろうか。


「この世界ではそうです。だけど、ミュウカたちはこの世界の人間じゃない。だから消される。異物は排除、不穏分子は芽が出る前に摘むに限るってことです」


 なるほど、向こうもこちらの力を警戒していたということか。この世界のものならざる力、その得体のしれない能力ちからを……


「俺たちも、三人を倒そうと思っていたところだ。力になるよ」


 予想外の戦力拡充が行われた。俺と同じワクチン接種で死んだ人間が他にもいたなんて。その事実を目の当たりにして、言葉にならない感情が湧き上がってきた。


「ムダイも分かってると思うけど、この【ショクイキ・セシュ】ではミュウカたちの力は使えないです。いや、正確には、限られた、能力ちからしか使えない」


「そんな中で、時を操る能力ちからを持つ人間に勝たないといけない。それが、それだけ難しいことか、分かる?」


 パイータは問うてきた。俺はところどころで口籠りながら返す。


「そもそも……時を操るって言っても……時を戻す以外、そう……どこまで可能なのか分かってない……」


「その通り。だからミュウカたちは、十年ぐらい準備期間を設けるです!」


――十年!?!?


 青春の大半、いや、全てを修業期間に費やすってのか。いや、もう俺たちは二週目の人生だからいいんだけどさ。


「そんなに長く、向こうが待ってくれるとは思えないんだけど。場合によっては今すぐにでも命を奪いに来る可能性だって……」


「その通り。だからパイータたちは、姿を眩ませ、身を潜める」


 身を潜める? 一体どこに?


「この【ショクイキ・セシュ】に近くて、他の人間が内部に入ることができない場所……」


 俺には一つ心当たりがあった。きっと二人も俺と同じ思考をしているに違いない。


「ちょ、待ってよ、ワたしの家に行こうって言うんでしょ! 駄目よ、ワたしは許可しないから! 絶対に、絶対にダメ!!!!」


 巨乳エルフのお姉さんルフア・マーガンは必死に抵抗していた。そんなにターベの丘に行くことがマズいのだろうか?


 だが、必死の抵抗虚しく……


「ミュウカたちが生き残るには……これしかないの……」


――だから、許して。


「そんな~!!」


 俺たちは強行突破で、ターベの丘に向かった。幾重にも重なる結界を突破し、ルフア宅に辿り着く。


――ここで、俺たちは理解した。


 なぜルフアが異常なほどに、ここへ来ることを拒んだのか。それは……


「ふん、雑魚が四匹。その内、三匹は異界の者か……だが、ワたしの陰惨魔法で一撃で塵にしてくれる」


 目の前には声は同じくするものの、包帯を腕にぐるぐると巻き、眼帯をしたルフアの姿があった。


――顕現せよ、黒龍こくりゅう。我に陰惨なる魔の邪力ちからを与えたまえ!


「あっ……」


 俺たちは瞬時に察する。これは、漆黒だとか紅蓮だとかそんな言葉をカッコいいと妄信し、自らが特別な何かだと勘違いする、あの痛々しい類の病だ。


「我が名はルフア・マーガン。悪いが貴様たちをここで生かしておくわけにはいかない!」


――陰惨魔法! 漆黒の闇夜ダークネス・ジンクス


 文字通り漆黒の闇が辺りを満たす。忽ち、太陽のない闇の世界へと変貌する。


「……だから、ワたしは、嫌だって言ったのに」


 隣にいる、ルフアが力なく言った。黒歴史が目の前で展開されるなんてたしかに酷い罰ゲームだ。


「…………」


 俺は何も言わず、静かにルフアの肩を叩いてやった。


 この厨二っぷり、忘れたくなるよね。なかったことにしたくなっちゃうよね。

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