第28接種「魔の剥奪」

「なぜ……生きている……」


 致命傷を受けたはずの体はどこも痛まなくなっている。まるで時を戻されたかのように、体はどこも損傷していない。満身創痍の死に体だったはずなのに。


「…………」


 確実に聖剣で両断されたはずだった。元魔王も、魔物も、魔王幹部も全員跡形もなく消滅させられているはずだった。なのに、俺たちは生きていた。


――いや、正確には生かされたのだ。


「気が付いたか。お前たちはもう魔物としての力は失った。これからは、一般市民としてこの【ショクイキ・セシュ】で生きるんだな」


 衝撃の事実。俺たちが一般に格下げされた。の称号を剥奪され、取るに足らないただのモブへと弱体化することを余儀なくされた。


 だが、考えてみるとなんという懐の深さなのだろうか。悪を成す者、害を加える者を殺さずに生かすとは、随分と舐められたものだ。こうして生かされた魔族が復讐を企てるということは想像に難くないはずなのに。


「悪意も、野望も、邪心も、正義に反する思想は全て浄化させてもらった。これで、お前たちはこの町で、平和に平穏に平々凡々な一生をすごすことになる」


――と、言っても、もう分からんか……


 隣のギルレアも、タルーデもすっかり牙を抜かれた獣のように大人しくなっていた。まるで魂を抜かれてしまったかのように、ただの木偶人形のように、ただただ姿勢よくそこに居直っている。そこにかつての邪悪心オーラはない。


「おい、二人とも……どうしたっていうんだよ……目の前に仇が、俺たちの仇がいるってのに……」


 二人からは反応がない。俺の声が届いていないように。まるでただのCPUとして、一定の受け答えしかできないように仕組まれてしまったかのように……


「スクマさん、さ、次です」


 テイアラとガイウと呼ばれる二人が目の前のスクマという男の名を呼んだ。どうやらこの三人がこの【ショクイキ・セシュ】における頂点トップの人間であるようだった。


 俺がまだ正気を保つことができている理由は何だ。【状態異常無効】の力が発動しているのだろうか。

 はたまた、意識があるのはただの奇跡でしばらくすれば自我を奪われて、この街の歯車として、ただの市民Aとして生きることになるのだろうか。


「その前になんとかしないと……」


 過去の世界に飛ばされたうえ、味方の力まで奪われてしまうなんて想定外だ。まずは離れてしまったマラナとルフアと合流できれば良いのだが……


――【6G電波受信】!


 俺はいつものように、マラナを見つけ出そうと能力を使用する。だが、一向に反応がない。そもそも、能力を行使できている感覚がない。


「この街で能力ちからは使えないってことなのか……」


 それとも、能力を奪われたのか。なんにせよ、俺も一般市民へと無事に 能力が格下げされていることは確かだった。


「マラナがダメなら、ルフアなら……」


 【魔法無詠唱状態】により探知サーチの魔法は使用することができた。


「良かった……近くにいた……二人とも、行くぞ!」


 ギルレア、タルーデの腕を曳こうとするも、二人は頑なに動こうとしない。やはり何らかの方法で洗脳されているようだった。


「仕方ない。後でまた助けに来るから……」


 二人をその場に置いて、反応を頼りに陰惨魔術師ルフアの元へと向かう俺。ルフアならなんとかできるかもしれない。そんな期待を胸に、足早に駆けていた。


「あれ……ルフアさん……」


 両手にたくさんの袋を提げ、口にはパンのようなものを頬張っている。


――エルフのお姉さんはめちゃくちゃこの街を満喫していた!


「ん? ハウツ君? 無事だったの?」


 きょとんとした表情のルフア。孤高の陰惨魔術師、汚れた高潔ダーティ・ノーブルルフア・マーガン。俺と彼女とでは生きてきた年数も、越えてきた苦難も、何もかもが異なっていた。

 彼女にとってはこの程度のことは些細なことだったのだ。たまたま数秒前に仲間になった人間が殺されただけだ。また、彼女は元の孤独で孤高な人間に戻っただけのことだ。だから、騒ぎ立てることもなければ、手助けする義理も感じることはなかったようだ。


「これから、どうするの? お姉さんだけじゃあの、スクマ・テイアラ・ガイウの三人をやっつけることはできないけれど……」


 俺のやりたいことを先読みしている。俺があの三人に挑むことも分かっていて、なおかつ自分だけでは敵わないことも熟知していた。だから、こんなところで油を売って、我関せずの姿勢を貫いていたのだろう。

 さすがこのエルフのお姉さん、何百年と伊達に生きていない。


「もう、二人のことは諦めたら? もともとワたしは、ハウツ君の味方になっただけだし……」


――これから、お姉さんと二人で、旅しない……?


 正直、魅力的な提案だった。このまま、この時代に二人の元魔王と魔物、今となってはただの一般人に成り下がった魔物を残しておくことはなんら問題がない。俺もこの二人とはただの短い付き合いだ。ここで必ず助けなければいけない決まりはなかった。


「俺は……」


 俺の目的は、チオを連れ戻すこと。こんなところで魔王幹部の称号を奪われてちゃダメなんだ。あの三人を倒さない限り、俺の野望が果たされることはない。


――だから、選択肢は一つしかなかった。


「ルフアさん! 俺と一緒に、この街を滅ばしちゃいましょう!」


「ふふ、それでこそ、男の子よ……いいわ、お姉さん、力になってあげる」


 正直、陰惨魔術師と能力が半分使えない俺の二人でどこまでやれるのか分からない。だが、やってみるしかなかったし、やらない選択肢はなかった。



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