第27接種「魔王封印作戦」

「来た!」


 魔王チオ、この時代において最強の魔物。両脇に強そうな魔人を従えている様はまさに全ての魔族の頂点に君臨する者の姿だ。


「チャンスは一度きり……」


 息を呑む。殺意を気取けどられてはいけない。存在を認知されてはならない。ミスは許されない。


 様々な不安が脳内を支配する。魔王を相手取るにはこの程度の緊張感では、警戒体制では、むしろ足りないくらいだ。


――よし! タルーデ!


 タルーデの肩を軽く叩く。作戦開始の合図だ。


「ふふふ……」


 魔王の前に自信満々に立ちはだかるタルーデ。チオは瞬時に臨戦態勢を取った。所詮はギルレアによって創られた魔物、本物の魔王の威厳を前にしては足が竦んでしまうようだったが、タルーデはそれを感じさせないくらい気丈に振舞っている。


「存在抹消させてもらいます!」


 自身と同じ能力の使用を目の当たりにして瞠目どうもくするチオ。その一瞬の気の緩みを次はマラナが見逃さなかった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃあああああああああああああああああああ!」


 不可視のマラナは声が俺以外の誰にも聞かれないことをいいことに思い切り叫んでいた。

 大声を上げながら、魔王チオ、そして両脇の魔人を思い切り蹴り倒した。


「くっ……」


 蹴り倒したと言っても、実際は一歩、後ずさりさせる程度の攻撃だった。


――だが、それで十分だった!


「ぎぃの最高の落とし穴よ! 底なしで、二度と出られないんだから!」


 一歩下がった先に、底なし沼を創り出す。一度足を入れればその先は地獄行き。悪魔のような落とし穴。


「仕上げに、陰惨魔法……奈落沙華ならくしゃげ!」


 地面に這いつくばるような態勢を取らせるルフアの陰惨魔法。あっという間に、魔人たちは沼に沈んでいった。


「残念じゃったな……わっちは魔法が効かぬ!」


 魔王チオだけは【魔力無効化】の力でなんとか踏みとどまる。


――だが、そこのことを俺は知っていた。


――だから……


――【引力操作】


 俺は魔法ではない、俺自身の力で、魔王を沼へと先導した。魔王チオは何が起こったのか分からないまま、沼の中へと沈んでいった。


「……俺たち! やったぞ!」


 両手を天に掲げる俺、こんなにうまく魔王を出し抜けるなんて思っていなかった。


 魔王からの追撃があったり、実は幻覚を見せられていたり、糠喜びさせられている可能性が捨て切れなかったが、魔王側からは一向に反応が無かった。


「さすが、ぎぃの作った底無し沼ね! 魔王だって倒せちゃうんだから!」


 自画自賛するギルレア。複数人で相手をすればあんがいなんとかなるものだなと改めて感じた。


「でも、問題の根本的解決はしていないでしょう。結局ワたしたちをこの時代に送った犯人が分からないわけだし……」


 たしかにルフアの言う通りだった。目の前の危機は乗り越えたが、いつまた俺たちを襲撃してくるのか分からない。


「誰か敵となる人物について、心当たりはないんですか? ボクはまだその辺の状況を理解できていないのですが……」


 敵ならいる。隣国、【ショクイキ・セシュ】に攻め入ろうとしていたのだ。機先を制して、そこからの刺客が送られていたのかもしれない。


 可能性が高いのは……


――繰時無二タイム・ブレイヴタロウ・ラシマ。


 時を操る能力なんて、チート能力すぎる。


「まあ、【ショクイキ・セシュ】から仕掛けてくるってのは考えにくいけどね……」


「え? そうなの?」


 どうやら時をかけるタロウは犯人である可能性は低いようだ。


「ターベの丘が異次元の扉になっていたってことは?」


「正直、そのパターンが高そうね。ワたしの結界をこじ開けてくる人間なんて今までいなかったし。無理矢理入ってきたから何か不具合が起こってもおかしくない……」


 結局のところ、敵の攻撃だと思っていたが、自業自得だったということか。


「まあ、それならこれから過去の世界で自由に暮らすとしますか!」


 魔王を無事に打倒し、気が緩んでいたのだろう。ここで少し休憩するくらいよ余裕はあると、勝手に思っていた。


 万事が一件落着し、これからは悠々自適な生活が待っていると錯覚していた。


――俺は、自身が魔王幹部であることを失念していた!


「魔王軍残党発見、直ちに排除する」


「街の平和を脅かし、罪なきものの命を奪う、残虐非道な悪魔どもめ!」


 正義執行マン、つまるところの勇者たちがぞろぞろと俺たちを取り囲むようにして集結していた。


「ハウツ! こないだやったあの技で、やっつけちゃってよ!」


 ギルレアの言った通り、俺はあの大技を発動する体勢をとった。


 そして……


――【太陽性反応オルタナティヴ・サン】!


「……!?!?」


 能力ちからが発動しない!? 何か条件を満たす必要があるのだろうか? 俺はただ無意味に意味のない単語を叫ぶだけの少年に終わった。


「テイアラ、ガイウ、俺に続け!」


「スクマさん!」


 三人の屈強な男たちが俺たちを斬りつける。


「魔を滅する、聖剣だ!」


 元魔王ギルレア、魔物タルーデ、魔王幹部ハウツは聖剣の一撃により、再起不能の痛手を負った。


「ありがとうございます……ワたし、この魔物たちに捕えられてて……」


 ルフアは勇者を見た途端、一般人の振りをした。自分の身が危ういと思ったらあっという間に寝返ってしまった。


「…………」


 マラナは一瞬で姿を消し、俺以外認識できない空間の狭間に逃げ込んでいた。


 拝啓、魔王ヴーカン様、わたくし、破鬱無大は道半ばで勇者に討伐されることとなりそうです……面目ありません……


 冗談抜きで、これ、けっこうヤバイんですけど……

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