第25接種「孤高の陰惨魔術師」



「で、坊やはワたしに何の用? 迷い込んだってわけじゃなさそうだし……」


「ルフアさん! 俺は魔王幹部としてフクハノウを任された破鬱無大と言います。いきなりですが、ルフアさん! 俺たちの仲間になってください! お願いします!」


 俺は深々と頭を下げた。陰惨魔術が絶賛継続中のギルレアは地面に這いつくばったまま俺の方を見上げている。


「なるほど。そういうわけね……お姉さんどうしようかなあ……魔王軍の軍門に下るなんて経験ないしなあ。あくまで中立派なんだけどなあ。どうしようかなあ」


 迷っている風を装ってはいるが、ルフアは魔王軍に加入する気持ちなど毛頭ないようだった。あくまで孤高、今までもこのターベの丘で自由気ままにやってきたのだ。いきなり誰かの支配下にある生活を始めるなどという考えはなかった。


――ハウツ君はさあ……お姉さんに何か見返りを与えることができるのかなあ?


――ワたし、一応これでも陰惨魔術師、いや黒魔術師としては最高ランクに強いと思うんだけど……


――つまりさあ、ワたしを満足させてくれるのかなあ?


 追いつめる様に、逃げ場をなくすように、言葉巧みに攻めてくる。陰湿で陰気で陰険、さすが陰惨魔術師だ。


 俺の脳内にはこの目の前のお姉さんを満足させる二つの選択肢があった。


 一つ目は禁忌と呼ばれる方法。ショタである俺がお姉さんを満足させる行為をしてしまう禁断の秘術、おねショタ逆転だ。これは成功の可能性は低く、少年の姿の俺が、長寿のエルフのお姉さんを圧倒的な技術テクで支配する選択肢だ。強気なお姉さんを屈服させるのも悪くないが、危険リスキーな択であることは間違いがない。


 だから、もう一つの選択肢を選んだ。


「あっ♡ そこっ♡ いいっ♡」


 決してやましいことをしているわけではない。そう、俺はルフアの体を揉みしだいている。ルフアは快感で甘い声を我慢できずにいる。


――俺は【巨人の腕ワクチン・アーム】で肩もみをしていた!


「もっと♡ ハウツ! めちゃくちゃにして♡」


 この調子なら最初の選択肢でも問題なかったような気がした。あっという間に俺が孤独なエルフのお姉さんを陥落させた。


「ちょっと! こんなところでそんな声出さないでよ! ハウツも、サービスしすぎ!」


 陰惨魔術から解放されたギルレアが威勢よく言った。ギルレア様からはほんのりと小物感が漂うようになってきている。


「そうだな……で、ルフアさん……どうですか、俺たちと一緒に来てくれませんか……?」


「いきますうううう! いかせてもらいますううううう!!」


 大声でルフアは叫んだ。効果覿面こうかてきめん、余程肩こりがひどかったのだろう。大きな乳房を持つ女性は肩こりが酷いという話を聞いたことがあるが、あながち間違いではなかったようだ。


「さ、俺たちの支配域をこれから存分に拡大していこう! フクハノウに戻ったら、早速作戦会議だ!」


 前途洋々ぜんとようよう順風満帆じゅんぷうまんぱんの魔王幹部人生。俺たちの冒険はまたここから始まる!


 そう、この時は俺は人生はうまくいくことばかりだと勘違いしていた。ワクチン接種で簡単に死に至ったように、予想もできないことが日常茶飯事だった人生を忘れていた。俺の人生に予定外はつきものだったんだ。


「…………」


 俺たちの支配するフクハノウにたしかに戻ってきたはずだ。そのはずなのに……


「ここは……一体どこだ……」


 見知らぬ土地に、見知らぬ街。まるでまた異世界に飛ばされてしまったかのような突飛な展開。一体どうなっているというのだ。


「ぎぃ、たしかにここがフクハノウだよな?」


「間違っていない。座標は確かにこの場所で合ってる」


 世界は変わっていない。今いる場所が変わったのではない。


――時代が変わったのだ。


「これは何年前かしらね。ワたしが知っている限りでは、このクーロッダンって町は滅んだはずなのに……」


――過去の世界に、転移している。


「奇妙な話もあるのですね。まことに奇怪。しかし、これもまた、人生。あ、申し遅れました、私、タルーデと申します」


 タルーデは落ち着いた様子でルフアに挨拶をする。いつもよりも仰々しく、紳士的だ。こいつ、猫を被っていやがる。


「俺たち4人だけが、過去の世界に……? 一体誰が? 何のために?」


 疑問は尽きない。ルフアと接触している間は過去の世界に飛ばされてはいなかったはずだ。ただ、確実に言えることは、俺たちを簡単に過去の世界に飛ばすことができる能力者が近くにいたと、いうことだ。

 俺たちが油断した隙を突くために、虎視眈々と準備をしていたんだ。


「ま、いいじゃない! ぎぃたちはまた生きてれば元の時代に戻れるわけだし」


 数百年のスケールを全力で楽しもうとする元魔王。やっぱり考え方がぶっとんでいやがる。


「まあ、たしかに、このまま寿命が尽きないなら史実通りの歴史をなぞれば元の世界に辿り着くはずだ」


 だが、タイムパラドックスが発生する。俺はまだ異世界に存在していないが、ギルレアやルフアがこの世界に二人存在することになってしまう。


「そんなの、偽物のぎぃをぶっ倒せばいいじゃない」


 偽物ってか、どっちも本物なんだけどな。むしろ、この時代に転移してきたギルレアこそ偽物なんだがな。


「あ、ワたし……結構重要なこと思い出したから、言っていい?」


 神妙な面持ちのルフア、一体何を思い出したのだというのだろうか。


「たしか、この地域一帯、一度全部消滅するのよ。きれいさっぱり。だから、さっさとこの場所を離れない……」


――と!?!?


 あらゆる空間に穴が開く。強大な何かが、空間を食らっているかのような。未確認生物がこの世界に現れているような。摩訶不思議な現象が目の前で起こっている。


「この中に入ると、きっとこの世界に戻れない……」


 静かにルフアが言った。穴はいたるところから現れる。先ほどまでの賑わっていた街からは悲鳴が響き渡る。どんどん人が呑まれる。


「街が消滅するってレベルじゃない……」


 これで1つ分かったことがある。


 そう、俺たちを過去に送った何者かの企みがはっきりと分かった。


――俺たちをこの時代のこの場所に送り、消し去るつもりだったのだ!


「そう、これも、また人生」


 タルーデのセリフを借りるならば、これもまた、人生なのだ。

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