第24接種「丘の上の策士」

 どうやらあの丘はターベの丘という名らしい。何もないただの丘だが、それはそこに住まう人物が張った結界のせいだ。


「ハウツ様、このターベの丘を進むにあたって何か策はあるのでしょうか?」


 タルーデが問う。だが、特にこれといった策はなかった。適当に歩けば、適当に辿り着けるだろう。そんな軽い考えだったのだ。


「ぎぃでも分かるけど、これ相当な結界が張り巡らされてるわね! どれだけここに引きこもりたいのかしら」


 開けて視界が良いので、大きな木のあるところを目指してさっさと歩く俺たち。


――だが、一向にその木との距離が縮まることがなかった。


「これ……完全に既に何者かの術中ってパターンだよな……」


 迂闊だった。既に向こうは罠を仕掛けていたのだ!


「幸い、特にダメージがあるということは無さそうですが……困りましたね」


 方法は1つ。この何重にも張られた結界を掻い潜って進むしかない。

 だが、俺たちには巧妙に仕組まれた結界をぶち破るための技術テクニックが圧倒的に足りていなかった。


「ほら、どうするのよ! ハウツ! 行き詰まったじゃない!」


 たしかにおとなしく引き返すのが賢明だった。


――だが、俺はそんな事しない!


「結界を、こじ開けてみせる!!」


見えない壁に阻まれているところに無理矢理手を入れて開くイメージをした。


「ほら、これで!!!!」


 なんたる力技だと言われそうだが、技術のない俺たちが先に進む方法はこれしかなかった。


「んじゃ、タルーデ、ここ押さえといて」


「どうして、このボクが……いや、また、これも人生……」


 ギルレアの命令を素直に聞き入れて俺たちが先に進む時間を稼いでくれたタルーデ。2人はなんとか結界の内部に侵入することができた。


「タルーデ、お前の頑張り、無駄にはしない……」


 大木の下に荒屋あばらやがあった。きっとそこに俺たちの求めた人材がいる。


 不安と興奮を抑えながら、俺たちはその前に立った。


「あらあらあら、こんな小さな男の子と女の子がワたしの結界を破ったっていうの? 一体どうなってるのかしら?」


 俺たちの目の前に現れたのは……


 巨乳のエルフのお姉さんだった!!


「ほらほらほら、ここはあなた達が来るには早いわよ。さっさとお家に帰りましょうねー」


 いかにも大人のお姉さんといったような風に俺たちを足蹴にする謎のエルフ。にこにこと作り笑いを浮かべ、俺たちを子どもだからといって侮っていることが伝わる。


「はぁ? ぎぃに指図すんなってーの! このおばさんエルフ!!」


 この何気ないただの幼女の暴言が、エルフの尊厳を甚だしく傷付けた!!


「あ? もっぺん言ってみろ、ガキ。舐めてんのか? あぁ????」


 マジギレのエルフ、俺には全く分からないが、このエルフ、随分と若作りしているのだろうか。


「臭いで分かるから! ぎぃと同じくらい長い年月を生きてきてる! もうおばさんなんてもんじゃない! おばあさんエル……」


――フ!?!?


 重力が操作されたのだろうか。唐突に俺とギルレアは地べたに這いつくばる形になった。


「はい、もう怒りました。今から謝っても遅いから。このターベの丘の陰惨魔術師、ルフア様に楯突いた罰、きちんと精算してもらうから!」


 ルフアというエルフの顔がどんどんと歪む。先ほどまでの柔和な表情はみるみると崩れ、悪魔の形相の様に血走った恐ろしい顔へと変貌する。


――陰惨魔術、奈落沙華ならくしゃげ


 華のような魔法陣が展開し、黒い煙が辺りを覆う。力が抜けて、抗う気力さえも奪われていくのが分かる。


「し……死ぬ……」


 呼吸をすることすらも苦しい。全身に毒がまわったかのような痛み。動けば動くほど四肢が痛み出す。心臓の鼓動でさえ、生の律動でさえ、悪魔のいななきへと変わる。


「苦しみもがきながら殺す魔術、それこそが陰惨魔術! 子どもを殺すのは寝覚が悪い、そんなことないから。ワたしは、そんなの一切感じない。罪悪感に苛まれることもない。ワたしのことをおばさんエルフだなんて言った報いよ」


「ちょ……待ってくれ……俺は……」


 必死に言葉を振り絞る。かすれた声でなんとか伝えようとする。自身の主張を、命からがら訴えようとする。


「俺……は……」


 死ぬ前に、これだけは、伝えたい。伝えなければ、という強い使命感に駆られた。まだ俺は、彼女に何も伝えていない!


――エルフの巨乳のお姉さんが好きだ!!!!


 これは本心だ。そう、エルフのお姉さんなんて最高じゃないか。おばさんだろうが、おばあさんだろうが見た目はお姉さん。グラマラスでセクシーなお姉さんなんだ。


 伝えたいことは伝えた。あとは、野となれ山となれだ。


「ふーーーーーーん」


 人差し指を顎に当てながら小悪魔的に微笑むルフア。


「よし、そこの坊やだけは解放してあげよう」


 そう言った瞬間、全身に治癒魔法が付与される。これもルフアの能力なのだろう。体の隅から隅まで丁寧にデトックスされる。先ほどまでの毒素は洗いざらい流された。


「ワたしは世界一の陰惨魔術の使い手、ルフア・マーガン。みんなはワたしのことを、汚れた高潔ダーティ・ノーブルと呼ぶわ」


 エルフのお姉さん、ルフア・マーガンは自信たっぷりに言った。


 やっぱり俺の周りには、癖の強い人物ばかり集まるらしい……

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