第18接種「嬲る魔王」

 新たな魔王、ヴーカンは手始めにと言わんばかりにマナラの首を思い切り鷲掴みにして拘束した。


「うっ……」


 苦しみ悶えるマラナ、俺は考えなしにヴーカンに攻撃を仕掛けていた。


――ファイア!


「はっはっはっは!!」


 炎の中からわらい声が聞こえる。魔王には炎など効くはずがなかった。


「我は気分が良い。今まさに誕生できたのだから……」


――だから、今なら見逃そう。


 新魔王の情けだ。雑魚どもをここで葬るのは寝覚めが悪い。今はお前らのような弱者の相手などする暇はない。そんな舐めたメッセージだ。


「おいおい、ここは見逃して貰おうぜ……さすがにあーしらだけじゃ勝てっこない……」


 珍しく弱気なことを言うデルナモ、俺たちのミッション、魔王ギルレアを倒す、それは達成できた。俺たちの旅も、俺たちの戦いも、全て終わったのだ。


「けほけほ……ムダイ様……さすがに、この新魔王ヴーカンには勝てませんよ……」


 マラナも賢明な判断ができるようだった。誰も無謀なことを言わない。現実主義者ばかりだ。


「おっと……一つ言い忘れた……この中で見逃してやるのは二人だ。一人、残った奴だけは俺が……完膚なきまでになぶり殺す……」


――最悪な死に様が待っていると思え……


 場の空気が凍り付く。先ほどまではなんとか命だけは助けてもらえそうだと安堵していたが、そうではなかった。生かすも殺すもあの強大な魔力を持つ新たな魔王次第だということを改めて感じた。


「ボウズ、お前は生きろ。あーしがここは潔く死んでやる」


 デルナモは言った。知っている。これは強がりだ。刀を持つ手が小刻みに震えている。デルナモだって怖い。こんな化け物にかなうはずがない事は分かっているのだ。


「まあちゃんは……いかないから」


 強い方に変わり身をして生き延びてきたマラナらしい選択だ。常に戦況を分析し、自分が生存する可能性が高い道を進む。これがマラナという少女だ。


「俺は……」


 脳内には二つの選択肢がある。


 デルナモに任せて自分は逃げのびる。


 自らが犠牲になる。


 それなら前者を選ぶのが当然だ。最初から俎上に載せる必要なんてない。後者を選べば確実にここでゲームオーバーだ。俺の力を最大限駆使しても勝率はほぼ0%だ。


 だから……俺が取るべき選択は……


「デルナモ、俺、残るよ」


「おいおい、先輩のあーしにカッコつけさせろ……ガキはとっとと引っ込んでろよ!」


 俺の命はもう既に終わっている。だから俺は死に場所を探していたのかもしれない。一緒だったチオは闇の中に消えた。もう、俺には目的がない。果たすべき使命も、何もかも失った。だから、こうして命を終えることが正しい。


 そう思えた。


「いや、俺には勝算があります……」


 精一杯はったりをかます。デルナモが無理をして背伸びしているように俺も自分をでかくみせようと虚勢を張った。


「大丈夫、俺、死にませんから……」


 俺は二人を力強く押した。もう大丈夫、今までありがとう、これからは別々の道で、色々と言いたいことはあったけど、言葉が出てこなかった。


「お前が残るんだな……」


「ああ」


 奇跡が起こってこの魔王を倒せる、そんな気が少ししていたのは内緒の話だ。俺ならなんだかんだやっつけることができてしまうかもしれない。


 そんな甘い考えを持っていた。


「ほら、見逃してやるって言ってんだ! さっさと行け!」


 ヴーカンは地を揺るがすような大声と共に、二人をひょいとつまみ、思い切り投げた。


 俺は振り返ることなく、ヴーカンを見据えた。一瞬でも目を離すと殺されてしまう。そんな予感がしたからだ。


「さ、始めようか。お前……名前はなんて言うんだ?」


「破鬱、無大」


 名乗りを済ませると、ヴーカンは静かに右腕を上げた。首をゴキゴキと鳴らして準備体操をしているようだった。その巨躯きょくは魔王の体躯たいくに相応しい様相を呈している。滲み出る禍々しい気迫、透き通った殺意。純粋に殺すことを生業とするものの瞳だ。


「十秒だ。十秒の間、死ぬな……」


 ヴーカンはそう言うと、あっと言う間に距離を詰めて思い切り顔面に向けて右腕を振り下ろした。


――【身体能力強化】!


 咄嗟に身をひるがえし、かわす。


「ほう……」


 次は左手から紫色の炎を繰り出してくる。うねりながら俺の方目掛けて迷わずに進んでくる。


――【魔法無詠唱状態】、氷結アイス


 炎を氷の魔法で鎮火させることに成功する。魔王ヴーカンは俺の力を試しているように見えた。


「ほらよ」


 強靭な爪で軽く引っかかれた。それだけなのに、腹全体に大きな傷を負った。腹から血が溢れ出た。


――【自動回復付与】


 すかさず体は傷の修復を行っていた。やはりおかしい。完全に手加減をしている。あの爪を使えば、俺の命は簡単に奪えたはずだ。


「ヴゥ……ヴォ……」


 大きな唸り声を上げながら、考え込む魔王ヴーカン。


「よし……決めた……お前、いや、破鬱無大……我の仲間になってくれ……」


 いや、魔王様、今なんと……言いました?


「仲間になってくれ、と言った」


 どうやら魔王様には心の声が聞こえるらしい。


「いや、俺、魔王を倒しに……」


「魔王、ギルレアだろう? 破鬱が倒したかったのは、魔王ギルレアのはずだ」


 たしかにその通りだ。新たな魔王がこのタイミングで生まれることは想定していなかった。


「だから、仲間になっても良いってことだ。ここで殺されるよりも有益な人生だと思わないか」


 そうだ、俺は……依頼であれ、仕事であれ、ワクチン接種であれ受けてきた。この新魔王からの提案だって……


「俺、やってやる」


――受けた。


 今日から俺、魔王幹部になります!


 この時の俺は、魔王の配下に下るということがどのようなことを意味しているのか、深く考えていなかった。



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