第17接種「元魔王の矜持」

「んで、これって……」


 俺たちは夜の水面を眺める。カナロル海は穏やかにいでいる。


「魔王城は満月の夜にしか姿を見せないの……」


 まるで人魚に出会う条件みたいなやつだな、それ……


「姿を見せるって言っても、海底の岩と岩の亀裂から入れるようになるってだけだけど……」


 魔王城ってのはラストダンジョン的なところ、つまりは陸地にあるものと考えていたが、この世界の魔王城は随分と神秘的な場所にあるようだ。


「まあちゃんが案内するよ」


 マラナは機嫌よく言った。謀叛むほん者が易々と門扉を通してもらえるとは思わなかったが、マラナの能力さえあれば、隠れて過ごすことも可能なのかもしれない。


「じゃあ、よろしく」


 チオの表情には静かなる闘志が宿っている。自分を封印した相手に仕返しをしてやる、そんな復讐心で満ち溢れていた。


「ギルレアの能力は万物創世、私が闇で抹消する喪失の能力と逆の能力……」


 万物創世ばんぶつそうせい、魔王にふさわしいチート級の能力だ。


「命も、味方も、天も地も、全てあいつが、作り出す。その圧倒的な物量に、私は撃ち負けた」


 悔しそうに右手を強く握りしめるチオ、因縁の対決がもうすぐはじまろうとしている。


「何か攻略法は……あるのか?」


「そんなの、思いっきりぶった切ればいいんだよな? エンちん!」


 デルナモはそう言ったが、チオは首を横に振った。


「今回ばかりはそうやって力任せにやっても倒せない。だから、今から作戦をみんなに伝える」


 今までのいきあたりばったりの方法ではさすがにうまくいかないらしい。チオは綿密に考えた作戦を俺たちに伝える。


「それじゃ……チオが……」


 チオは自らを犠牲にする作戦を提案していた。自分の命を引き換えに、現魔王を殺す算段を立てていた。


「『わくわくムゲンダイパーティ』、最後のミッションよ。私がいなくても、もうムダイは大丈夫」


 幼女チオは力なく笑う。本当はもっとこうしてみんなで過ごしたい気持ちがあるはずなのに、それを一切言わない。


 チオは最初からこうして魔王と相打ちの覚悟でこの旅をしていたのだ。そんなことに今更気が付くなんて……


「そんなのずるいよ。チオぉ……ずるいよ……」


 この戦いでチオは消滅する。その事実が重くのしかかってきた。自然と涙が頬を伝ってきた。


「何泣いてるのよ、ムダイ。ムダイが新しい魔王になるのよ。魔王がそんな顔でどうするのよ。この世界の人々を恐怖のどん底に落としてあげてね」


「なんで、そんなこと言うんだよ……復権だろ、元魔王がまた、魔王をやってくれなきゃ、俺はそのために……」


「もう決めたことだもの。私はギルレアをやっつけることができたら十分なの」


 それ以上、チオは何も言わなかった。デルナモもマラナもチオの覚悟を汲み取って黙っていた。


「さ、着いたわよ」


 海の底、空からの光がまったく届かない場所に俺たちは辿り着いた。


「ここが、魔王城……」


 深海の世界でも煌びやかにそして神々しく存在感を放つ城。強大な力が、溢れ出ている。弱者は立ち去れ、中途半端な力しか持たぬものは帰れ、そんな威圧感があった。


「でも、今はもう四天王もいないし、もしかしたら俺たち全員の力なら……」


 チオが消滅する必要はない。そう言いたかった。


 だけど、現実はそんな自分が思う通りに進むことはない。


――ザギ。


 俺たちの体が一瞬にして真っ二つにされた。チオもマラナも、デルナモも。反応することもできずに、真っ二つにされる。


「私はヨワイ……私はヨワイ……」


 魔王ギルレア、邪悪なオーラはそれだけで、人を殺すことができるのだ。それを身に染みて感じた。


「今、切られて……」


 睨みをきかせた、その威圧プレッシャーで、俺たちは死の妄想を与えられた。これがお前たちの未来だと言わんばかりに、身をもって恐怖を与えてくれた。


「これが……魔王……」


 生半可な覚悟で臨むなんてできなかった。自分たちの全力で、いや、全力以上の力で戦わないと勝てない。


「『わくわくムゲンダイパーティ』、ミッションスタートだ!」


 必ず、この作戦を成功させてやる。失敗なんて、絶対にさせない。絶対に……


 俺は心に誓った。力の限り、戦うんだ!


「ムダイ、これを……」


 チオがここに来る前に俺に渡してくれたペンダント。戦いの最中そんなことを思い出した。チオはどんな気持ちで、これを渡したのだろうか。

 私のことを覚えていてだとか、これからも一緒だよだとかそんな思いが詰まっていたのだろうか。


――俺はそうは思わない。


 きっと帰ってくる時のために、預かっていてもらいたい、そういう意味が込められていたんだ。チオ……帰ってきてくれよ……


「チオおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 作戦は全てうまくいった。うまくいったということは、チオは現魔王とともに消滅する。チオとギルレアは、闇に呑まれて消えていった。


「…………」


 残された三人、言葉もなく、ただそこに立ち尽くす。俺たちは勝ったといえるのだろうか。仲間を失って、これで、ハッピーエンドといえるのだろうか。


 そんなことを考えながら、ただ黙る。


「え……」


 突如、空間が裂ける。その中から手が現れる。


「チ……オ……」


 これが、幸せな物語なら、チオが出て来てハッピーエンドだ。


――だが、そうではなかった。


「ギルレア……?」


 先ほどまでギルレアだったそれの中から、蛹が蝶になるように、中から何かが生まれた。ギトギトと粘液の様な何かを滴らせながら、ゆっくりとのたまった。


「ヴーカン、新魔王、ヴーカン」


 考え得る最悪の展開。


 新魔王? そんなの一言も聞いてないんですけど。


――俺たち一体どうなっちゃうのー!?!?

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