第19接種「魔王領『フクハノウ』」

「破鬱には魔王領『フクハノウ』を統治してもらう。『フクハノウ』の全てを破鬱にやる。だから好きにして良いぞ」


 魔王ヴーカンは気安く俺に領地を与えた。今出会っただけの人間に対して気前が良すぎるだろ……


「その代わり……」


――勇者の侵攻を許したら……どうなるか……分かるな……?


 ヴーカンの目は笑っていなかった。そりゃ魔王領なんだから死守するのは魔王幹部として当然の義務だった。


「おう、任せてくれ」


 俺も勇者がどれほどの実力を持っているのか分からなかったが、安請け合いしてしまった。


「そうだ、一つ……頼みがあるんだが……」


「ん……我にできることなら、受けてやろう」


 ヴーカンは幹部である俺の頼みを易々と聞く姿勢を見せてくれた。配下の悩みを親身に聞く良い上司で良かった……


「ありがとう。あの、あれだ……俺の仲間をさっきの闇の中から救い出して欲しい……」


 もしかした魔王ならば簡単に救い出してしまえるんじゃないか、そんな一縷の望みを持っていた。魔王なら元魔王を救えるのではないか、そう思った。


「あー、それは無理だ。我もあの中から出てくるだけで精いっぱいだったんだ……」


 チオは魔王でさえ救出不可能らしかった。まあ、そうだよな、そうだよな……


「まあ、絶対に無理ってわけじゃない。我の力が完全に回復すれば、可能性はある……」


「力ってのはどうしたら、戻るんだ……?」


「魔王の勢力が拡大すればおのずと力は湧いてくるだろう。今は幹部も破鬱一人だ。これから我のしもべを増やしていかないことには分からん」


 ヴーカンの力さえ戻ればチオと再会できるかもしれない。それが分かっただけで、俺は嬉しくなった。


「俺、頑張るから……頑張るから……」


 俺の当面の目標は闇の中のチオを救い出すことになった。そのためなら、俺は魔王幹部にだってなってやる!


「ところで、あのつまみ出した俺の仲間は……」


「あいつらは魔力使って、遠くの大陸に飛ばしたからしばらくは出会えないだろう……まあ、そこは許してくれ」


 デルナモとマラナは遠くの世界に飛ばされてしまったようだ。まあ、命を奪われていないだけ良心的だろう。


「魔王様の目標ってのはあるのか?」


「そうだな、魔族たちが安心して暮らせる世の中を作ることだ……ギルレアは魔王の力を好き放題使っていたからな……そんな魔王にはなりたくない……」


 普通に良い魔王様だった。魔族のために尽力する、部下にも優しい、上司にしたいランキング堂々の第一位の魔王だろこれ。


「すまんが破鬱、急いで『フクハノウ』に向かってはくれないだろうか」


――勇者一行が『フクハノウ』に向かっているようだ。


 勇者。俺が倒すべき敵。正義の味方だって魔王の側からすれば悪になる。俺は正義の使者と対峙することになるのか……


「ほら、こいつも連れて行ってくれ」


「は? どうしてこんな冴えない男とぎぃが一緒に行かないといけないのよ! 絶対嫌!」


 生意気そうなガキ、というか実際生意気な幼女が目の前で俺に対して暴言を吐いていた。


「こいつはギルレアの残滓ざんしだ。力はある、ただ見ての通り性格に難ありだ」


「はぁ? ぎぃは世界で一番美しい魔王なんですけど! 世界で一番強いんだけど! てか、ここはぎぃの魔王城だったんだけど!」


 おいおい、魔王ギルレアはさっき消滅したものとばかり思っていたが、やはり魔王の魔力は底知れないものだ。


 というか、俺はこんなわがまま幼女と行動を共にしなければならないのか。先が思いやられる……


「あー、今、ぎぃのこと嫌だって思ったでしょ! ぎぃより年下のくせに、生意気ね!」


 緑色の髪が揺れる。俺のことを指差す目つきは獰猛だ。こんな子どもに随行するなんて矜持プライドが許さない、という風だった。


「いいか、お前は我に負けた。だから我の言う通りにしてもらおう。それが嫌ならば……」


――今すぐ消すが……?


 ヴーカンの目はまた笑っていない。凄みを感じさせるのはさすが魔王のなせる業だ。


「し、仕方ない……せいぜいぎぃの足を引っ張らないことね、少年」


 不満げな表情を浮かべる幼女。だが、現魔王には逆らえないようだ。


「ギルレア、この少年は破鬱という。『フクハノウ』に迫る勇者を二人で撃退してくれ」


「ふーん。そんなのぎぃ一人で十分だっての! 勇者なんてぎぃのこの万物創造の力……」


――で?


「ぎぃの力がぁ……力がぁ……」


 幼女はめそめそと泣き出した。どうやら意図したような力が発揮できなかったらしい。


 まったく、情緒の起伏の激しい奴だ。

 案外魔王ギルレアも悪い奴ではなかったのかもしれない。


「お前に我の力の片鱗を授ける。これで、全盛期の力までとは言わないが、力が使えるはずだ……」


「うあ! すごい! ほんとに使える! ぎぃの力が!」


 自分の力を貸与たいよしてもなお、平然とする魔王ヴーカン。どんだけ懐広いんだ、この魔王。


「よし、それでは二人とも、よろしく頼む」


――バシュン。


 転移魔法によってあっと言う間に『フクハノウ』に到着した。たしかヴーカンは勇者一行と言っていた。


 勇者パーティが何人編成なのか分からないが、何人束になってかかってきてもやってやる! そんな気持ちで一杯だった。


「ハウツ! 半分お願いできる? それともぎぃが全部やった方がいい?」


「ちょっと待ってくれ、ギルレアさん」


「ぎぃでいいわよ!」


「じゃあ、ぎぃ……もしかして、あれが……」


 俺は目の前の光景が信じられなかった。勇者パーティはせいぜい5人程度だと、勝手に思い込んでいた。


――だが、現実は非情なり。


「あれじゃ、勇者部隊、いや勇者軍じゃねーか!」


 一万人はゆうに超えているだろう数。夥しい正義の執行者。魔王軍勢を根絶やしにする気満々じゃねーか!


「ぎぃ……これ全部片づけてくんない?」



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