第15接種「それぞれの戦い」


「やるように……なったな……デルナモ……」


 メランサラサは腹に二本の刃が突き立てられた状態で言った。擦れた声で、気息奄々きそくえんえんの状態だ。


「あーしは、メー姉が目標だった。メー姉に認めて欲しくてここまで頑張ってこれたんだ」


 恩を仇で返すような形になってしまった。本当はこんな形でメー姉出会いたくなかった。


――たとえ、偽物だとしても、メー姉はメー姉だ。


「一思いに殺せ……もうあたしは長くない……」


 メランサラサが目を細めながら呟いた。瞳からは涙のように血が流れ、目の前のデルナモもさえも見えなくなっていた。


「メー姉、そんな悲しそうな顔すんなよ……」


 腹の剣を二本抜き取ると、メランサラサはデルナモの方に倒れ掛かった。


「あーし、これからも、メー姉の分まで頑張るからさ……見守っててくれ……」


 究極燃焼炎姫の命の灯火は消滅した。



「ははっ! 僕を殺してくれるっていうんだ……君が……」


「だから言っとるじゃろうが。わっちがぬしを殺す」


 ムダイが無理矢理カコをチオの中に封じ込めた。だが、チオの力が弱ったこの瞬間を見計らってカコは姿を現した。


「いやあ、みとるだけじゃつまらんことばっかりじゃからな……あと、チオに死なれてはわっちも困る」


 蓄積した魔力、膨大な黒、夥しい黒は渦となり、無屍人を襲う。


「黒渦じゃ! 全てを呑み込む。もちろん不老不死のぬしでさえも……」


「待って、それは、さすがに……死ぬんじゃ……」


――でも、ようやく死ねr……


 無屍人は希望通りに生を終えることができた。死という概念とは少し異なる末期だったが、彼の思いは概ね成就されたと言ってよいだろう。


「ふー、久々に力を使ったらもう限界かの……」


 チオにこの肉体の所有権があることもあり、カコは弱体化していた。その体でもカコは魔王幹部と対等、いや、それ以上の力を持ち合わせていたといえる。


「しばしまた、休憩じゃ……」


 目を閉じると自然と力が抜けてゆくような感じがした。完全にこの体を乗っ取るのはまだ先になりそうだ、そんなことを考えながら、カコは眠りについた。



「さあ、パイセンの魔力が切れるまで、お互いにり合っちゃいましょう!」


 ベイメルは余裕綽々よゆうしゃくしゃくの表情で言った。


「…………」


 マラナは沈思黙考ちんしもっこうする。このまま魔力切れを待つのは得策ではない。だが、他にこの霧を晴らす方法が思い浮かばない。


「こういうとき、自分も攻撃系の能力があったらいいなって思う……」


 マラナの能力は隠密性に優れるが、それが通用しない相手に対しては完全に無力だ。現にこうして埒が明かない我慢比べが始まってしまっている。


「あ! 今のは当たったスね! 絶対当たったッス!」


 なぜか空間の狭間を的確に狙ってくることができるベイメル。同じ系統の能力だからなのかもしれない。


「だったら……こっちからも……」


 精神を研ぎ澄ます。相手は声も気配も消すことはできない。こちらの能力の下位互換のはずだ。霧だって、元を正せばただの水、小さな水の粒のはずだ。その水の一つ一つがベイメルだと仮定するならどうだろうか。


 幻影に見えたそれも、水の粒の中に、自身の存在を隠しているとするなら……? そして攻撃を仕掛ける時は空間の狭間に入り込む必要がある。


 空間の狭間にある水滴を探す……


 注意深く、根気よく、ただ一滴にも満たない水を求めてマラナは目を凝らす。


「あれあれあれ、どうしたスか? 何やってんスか?」


 ベイメルにはこちらの姿は見えてはいない。ただ当てずっぽうに、勘を頼りに攻撃しているにすぎない。


「見つけた! 低級魔法位なら無詠唱で……」


 この雫が本体だとは限らないが、これを蒸発させるという方法が良さそうだ。


――ジュッ!


 微細な音が響き、水は姿を消した。空間に充満していた霧はなくなり、ベイメルの姿も消えていた。


「やった……?」


 姿が見えないこともあり、相手を本当に倒したのかさえも確認する術がなかった。


「ま、まあちゃんの勝ちでいっか!」


 お気楽に、マラナはスキップしながら口笛交じりにムダイのところを目指すことにした。



「…………」


 俺の脳が収縮する。酸素供給が絶たれた脳、みるみる締め付けられて、破裂寸前の状態になっていた。


【自動回復付与】があるとはいえ、いつまでもこの攻撃を耐えきれるとは限らない。なんとか次の手立てを考えなくて……


「てててててててててていってええええええ!!!!」


 執拗に人間の急所ばかり攻める魔物、正直、かなりキツイ……俺だけ四天王に敗北して死亡とかそんなダサい展開……


「ありえないよな!」


 【身体能力強化】により、右腕の筋肉を極限まで収縮させる。一撃、戦況を変えるほどの一撃をお見舞いしてやる!


――【巨人の腕ワクチン・アーム


 脳内でまた文字が浮かび上がる。新たな能力の覚醒が始まった。


 ワクチン接種をすると腕が赤く腫れあがるという。実際、俺の腕も巨人の腕のように肥大化していた。


――バゴン!ガゴン!


「お前……容赦ないんだな……」


 俺は空気喰人クイパスという魔物相手に一切の手加減をしなかった。一撃といったな、あれは嘘だ。

 分かりやすくいうと、魔物の形が分からなくなるまで殴り続けていた。


「お゛い゛……も゛ゔ……」


 力の限り殴る。殴る。殴る。魔物は一体どこくらい殴れば再起不能になるのだろうか。それが分からないので、また殴る。


「ムダイ! もう大丈夫!」


 チオの声が聞こえた。幻聴だろうか、いや、この声……本物だ!


「チオ、無事だったか……」


「ムダイが最後よ。さすがムダイ!わくわくムゲンダイパーティ、全員勝利で極獄きょくごくの四天王撃破よ! あとは魔王ギルレアを倒すだけ!!」


「よう! 獄炎王デルナモ、帰ったぜ!」


「ムダイ様! はあちゃんと、結婚してくださ~い!」


 隣にデルナモ、マラナもいた。二人とも元気そうな様子だった。


「よし! それではこの旅も最高潮クライマックス、あとは魔王を倒すだけだ!」


 この時の俺は、魔王を倒せば、万事うまくいく、そんな風に考えてしまっていた。そんなこと、少し考えればありえないことは分かっていたのに……


 いつもの通り、俺は深く考えることも無く、突き進んでしまったのだ……

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