第13接種「無屍人」

「僕は……無屍人ナジト食屍鬼エンドと戦えるなんて僕はついてるなあ……」


――僕はナジト、屍にならないヒトという意味だよ。


 少年は不敵に笑う。元魔王チオの目の前に現れたのは、魔王幹部第3席、無屍人ナジトだった。どろどろに腐りかけた両手、たくさんの傷がついた脚、顔からは血がしたたっている。酷い腐敗臭を放ちながら、ガラス玉のような虚偽の瞳はしっかりとチオの方を見据える。


「私は魔王ギレルアを倒さないといけないの……だから、あなたも倒す……」


 チオは落ち着いた表情で静かに言った。元魔王の貫禄、相手を背筋から凍り付けるような底知れなさが感じられる。


「どうして? 魔王様が世界を支配している限り、キミみたいな元魔王だってそれなりに幸せに暮らせるというのに……」


「ただの、復讐。やられっぱなしはムカつくから」


 チオは現魔王に封印された事実が気に食わない、それだけだった。


「じゃあ、僕たちは分かり合えないね……」


――さよなら。


 その言葉が発せられた瞬間、地が溶け始める。足は泥沼に嵌ったかのようにみるみる埋没し、身動きが取れなくなる。


「腐敗術か……」


 分解し、融解し、攪拌かくはんする。何もかも混ぜこぜにして、腐らせる。無屍人の能力はそんなところだろう。


「私が幹部なんかに負けたら、ムダイは笑うかな……」


 チオはそんなことを考えながら、徐々に土と同化する自分を俯瞰的に見ていた。


「私は……ずーーーーーっと地面の中にいたんだよ!」


――もうあんなところ嫌だ!


 チオは右手に力を溜めた。カコがやったように、食屍鬼エンドとして、元魔王として、黒球を作り出した。


「これで、終わりっ!」


 バチンと泡が弾けるように、黒球に呑み込まれた無屍人、存在ごと全てを抹消する黒の闇、これこそ魔王に相応しい、絶対魔術。


――だが……


「ははっ! そんな古い呪文、対策されてるに決まってるだろ! ギレルア様が! 僕のために防護結界を下さって良かった!」


 たしかに魔術だって日々進歩している。自分が世界を牛耳ぎゅうじっていたころとは違う。最先端の魔王術だってあるんだ。一度使った技など、分析され、解析され、いとも容易く攻略されるのだ。


「まー、私の時代もう終わっちゃったんだもんなぁ……復権するにはもっと強くならないとなあ……」


 気持ちを切り替えろ、もう自分は最強ではない。自分は弱いことを受け入れろ。今はまだ幹部にすら太刀打ちできない元魔王なんだ。


「元魔王の首、取ってきたら、僕褒められちゃうかな~。でも、腐らせちゃう、全部溶かしてしまった方がきもちいもんね」


 視界が歪む、眼球まで溶解し始めているのだろうか。景色も歪曲し、天も地も皮膚も血液ももみくちゃにされて一緒くたになる混沌カオス夾雑物きょうざつぶつなど存在しない無秩序の空間。


「さあ、悲鳴を上げてよ! 命乞いしてよ! 最後の叫びを! 断末魔を! 聞かせて……」


――よ?


 無屍人の首が刎ね跳んだ。どす黒い血が辺りに飛散する。ヘドロのような不衛生な肉塊が張り付く。判断中枢の頭蓋を失った体はおろおろとうごめく。


「私だって、やればできるんだから……」


 チオはぶつけた黒球、先ほどまでのそれは威力も速度も強度も生半可だった。今を生きる魔物を討伐するには力不足な力だった。

 だから、チオは、黒球を黒弾として生成し直した。反応できない程速く、防護結界など貫けるほど強靭で、強烈な弾丸をブチ込んでいた!


「僕は……さ……屍に……なら……ない」


 刎ねたはずの無屍人はあろうことか生きていた。どうやら、首を刎ねた程度では死なないようだ。


「よいしょ……っと……」


 頭部をもう一度首先に乗せる無屍人、何事もなかったかのように、もとの醜い姿へと形を変えた。


「僕は……昔は、人間の子どもだったんだ……いつの間にか……こうして腐って、死ねない体になってしまった……」


「今の極獄きょくごくの四天王ってのは、一点、ただ一つ叶えて欲しい願いがある。願いのために生きている。その思いが強いからこそ敵を、魔王様にあだなす者を薙ぎ払うことができる……」


「僕の願い、たった一つの願い……もう分かるよね……それは……」


――死ぬことだ。


 独白を続ける無屍人。不老不死を望む人間が後を絶たない中で、実際にこうして不老不死を手に入れると存外死を求めてしまうものだ。いつか終わってしまうからこそ、いつかこと切れてしまうからこそ、その過程を輝かしいものとしたくなるのだ。


「屍を食らう鬼、僕を殺すのにぴったりじゃないか……食ってくれよ! 食屍鬼! 僕をこの終わらぬ命に終止符を打ってくれよ!!」


 まさかこうして自殺幇助を依頼されるなどとは思いもしなかった。チオは先ほどの攻撃が全身全霊の最大火力だった。どうやって、この無屍人を黄泉に送ってやれば良いのか見当がつかない。


「はぁ……君も無理だって顔してる……いつだってそうだ。僕には死期が訪れない。僕が殺すばっかりだ……」


――失望したよ。


 骨が透けて見える。実際に剥き出しになっているのかもしれない。元魔王のくせしてその部下に殺されるのか、なんて情けない。

 だが、今のチオにはそれしかなかった。


「ムダイ、わくわくムゲンダイパーティから私は外れそう……」


 目を瞑る。やけに心が穏やかだ。焦りも緊張もない。最期まで誇りを捨てずに戦った。それで……いいだろう……


「そんなの良いわけがないじゃろ!!」


 胸の奥から力が湧いてくる。何だ、この黒い影は。


 心を無理矢理引き裂くような、心の隅の小さな穴が大きくなっていくような、胸のざわつき。


 力が溢れる、こんな力どこから……意識を持っていかれそうだ。


「あ」


――理解した瞬間、チオの意識が持っていかれた。


「ぬしよ、ここからはわっちが相手じゃ」


 チオの中に眠る、カコが目覚めた瞬間だった。

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