第12接種「折れない刀×折れない刀」


「あたしの相手はお前か……」


 仮面をつけた青髪の長髪の女は言った。腰には眉目秀麗な姿とは不釣り合いな、雄々しい大太刀が提げられていた。


「久々に会ったのに、お前って、酷いよなぁ。仮面をつけたところでよ……あーしには分かるんだよ……」


――メーねえ


 デルナモの前に現れたのは、実の姉メランサラサだった。


「魔王軍幹部になるなんて立派なもんだよな……いや、ほんと凄いと思う……」


「でも、もうメー姉は死んだんだ……」


「あの日、あーしを庇って……」


 記憶が甦ってくる。幼い頃に、魔王軍の襲来によりデルナモの家族は皆殺しにされた。もちろん、実の姉メランサラサも目の前で殺された。だから目の前にいるのも姉ではない。それは分かっている、分かっているのに。


「どうしてこんなに哀しいんだろうな。メー姉」


 デルナモは腰の三本の刀のうちの一本を姉に向けた。姉に刃を向けることなんて本当はしたくないのに……


「あたしは……魔王幹部、第二席、究極燃焼炎姫メランサラサだ。お前のことなど知らない」


「じゃあよ! 名乗ってやるよ! あーしは獄炎王デルナモ! 一流鍛冶師のデルナモだ! あーしの獄刀ごくとうは決して折れない!」


――獄之一刀ごくのいっとう一發刃火いっぱつじんか


「くく……あたしの刀でお前の刀を折ってみせよう!」


――烈焔れつえん業火炎斬ごうかえんざん


 獄炎王と究極燃焼炎姫はお互いの刀から大きな火炎を発生させる。炎と炎の激しいぶつかり合い、辺り一面焼け野原が広がった。火の粉が舞う中、軍配が上がったのは、究極燃焼炎姫メランサラサだった。


「弱い……弱すぎる……獄炎王などと、良く言えたものだ……その重すぎる称号を今すぐ剥奪してやろう」


 メランサラサは仮面を外し、姿をあらわにする。そして、つまらなさそうに冷笑し嗟嘆さたんする。


 最初から勝負になどなっていなかった。デルナモは戦闘に特化しているわけではない。あのアストラ山で細々と刀を磨き続けていただけなのだ。戦闘のプロとアマチュア、それぐらいの開きがあったはずだ。


――だが、デルナモは諦めていない。


「刀が折れない限り……心も折れない……」


 これ以上向かって行くのは無謀ともいえる暴挙だが、デルナモは立ち上がる。姉の風貌を装った魔物になど、負けてたまるか、そんな意地があった。


「不完全燃焼……あなたの髪色のように真っ赤な不完全。そんな炎を宿すだけではあたしは焼き払えない……」


「完全な炎ってのは青色なの……」


――烈焔れつえん命火蒸海めいかじょうかい


 青い炎が地面からゆらりゆらりと立ち上る。息をすることすら困難なほどの熱気。全身から汗が噴き出る。脳が溶け、皮膚が発火するほどの熱。


「海すらも燃やし尽くす炎。お前は耐えることができるか……?」


「あいにく、あーしは溶岩の中でも生きてけるようになってるんだ。熱には強い」


 自分の手で、姉をほうむってやることこそ孝行だ。姉はもう十分頑張ったんだ。この手で楽にさせてやるんだ……


――獄之一刀、紅瀬魅あかせみ


 無数の炎がメランサラサに襲い掛かる。その様は蝶のように優雅だったが、デルナモの覚悟が窺えた。渾身の一撃、魂の慟哭どうこく、彼女なりのケジメだった。


――だが、そんな覚悟は無に帰す。


「効かない、効かない、効かない……火傷にすらならない」


――烈焔れつえん炎城万華えんじょうばんか


 メランサラサの城を丸ごと燃やすような劫火ごうか。その威力は今までの比ではない。炎姫による全力、んだ姫のせめてもの情け。


「はぁ……燃えかすだよ……灰にすらならない、愚かな燃え滓……」


 メランサラサは苦笑し、蔑んだ。デルナモを一瞥し、背中で軽蔑した。



「デルナモは、将来、立派な鍛冶師になれるな……」


 メランサラサがかつて言った。姉、メランサラサは何でもできた。そんな姉が羨ましく、そんな姉を誇りに思っていた。

だけど、刀鍛冶としての技量だけはデルナモが勝っていた。


「メー姉は何でもできていいよなー。あーしなんか刀を作ることぐらいしかできないからさ……」


「一芸に秀でているだけで十分よ。あたしなんか器用貧乏みたいなものだし」


 彼女はつまらなさそうに笑った。全てがこなせる人間はつまらない世界が見えているのだろうか。デルナモには理解できなかった。


「あーしが作った刀、メー姉に使って欲しい! 絶対折れない刀、作るからさ!」


「それはいいわね。デルナモの刀、楽しみにしてるわ」


 少しメランサラサの表情が和らいだ気がした。気のせいかもしれない。だけど、その時のデルナモは、姉に認めてもらいたいその一心で、刀作りに精を出していた。


「メー姉、約束! 絶対に折れない刀を作ってみせる!」


 指切りをする。過去の記憶だ。今でもその温もり、姉と妹の誓いを鮮明に覚えている。


――だが、その約束は叶わなかった。


 メー姉は殺されてしまったからだ。あーあ、こんな昔のこと思い出すなんて、あーし、もうすぐ死ぬんだろうな……


――バギン。


「ふふ……折れたか……」


 獄之一刀は見事に折れていた。虚ろな目をしたデルナモ、戦意を完全に喪失している。


「よく頑張ったんじゃない? あたしは今まで通り、つまらなかったけど……」


 メー姉はいつもつまらなさそうにしていた。


 今みたいに、全部が全部、つまらないって顔だ。あーしは、その顔を見たくなかったから、あーしは、そんな顔をしてほしくなかったから……


「え……?」


 鞘から刀が剝き出しになる。まだ戦えってうのかよ。こんなあーしでも、まだやれるって言うのかよ……


 お前には刀しかないだろう。その刀を見せつけないでどうする。姉との約束だろう、今、その約束を果たすんだろう。


 刀から痛切な叫びが聞こえる。うるせえ、うるせえ。ここでみっともなく焼け死ぬのがあーしなんだ。


 もう、未練なんか……


 未練なんか……


 己の言葉を反芻はんすうする。本当は分かってたんだ。


――最後まで戦ってくたばった方が気持ちが良いってことはよぉ!!


「悪ぃ……あーしは往生際が悪いみたいだ……」


――獄之双刀ごくのそうとう対刃紅蓮ついじんぐれん


 両手に刃を握る。哀しみの劫火ごうか、二つの刀に二つの炎、姉の命をも背負った妹の覚悟の証!


「あーしは、もう負けねぇ!」

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