第10接種「ミエルモノ」

「マラナがどこにいるのかを……特定しないと……」


 チオはマラナの能力を完全なる不可視人間トランスパレントと言っていた。だが、単に透明人間になっているわけではなさそうだ。


 時を止める能力だとか、次元を超越する能力だとか、空間の切れ間に潜り込んでいるだとか、それ以上に想像もつかない能力の可能性がある。


 それに、元魔王に傷をつけることができる武器を使っている。大抵のことは元魔王の魔力があれば即時回復できるはずなのに、それを許さない異界の力。


「俺も、いよいよやばいかも……」


――なッ!?!?


 急に胸の辺りに激痛が走る。胸の真ん中が鋭い何かで抉られた跡があった。抉られた感触も、凶器の片鱗も、微塵も感じさせないままマラナは殺す。まさに暗殺者、密室の殺戮者といったところだろうか。完全犯罪もやりたい放題じゃねーか、これ。


 そんなことを考えている場合ではない。やはり、【自動回復付与】されているはずなのに一向に傷が癒える感覚がない。


 こんなむごたらしい最期があってたまるか。こんな愚かな最期があってたまるか。


 だが、ふと我に返る。こうして必死に生に縋ろうとする自分を少し情けなく思った。


「俺、もう既に一回死んでんだ……二回目死のうが、別にいいじゃねーか」


 そう思うと心が安らいだ。何も考えない、全てを抱えて、全てを飲み込む。俺は風だ、空気だ、俺はこの世界の塵芥ちりあくたにすぎない。取るに足らない存在だ。ちっぽけで無力、それでもいいじゃねーか。


 大層な能力を与えられたって、こんなもんだ。全てを受け入れろ、そう、死さえも……受け入れろ!


――【6Gシックスセンス電波受信】


 脳内にまたふと文字列が浮かんできた。死の間際に何を与えようと言うのだろうか。ワクチン接種をすれば、5Gの電波を受信できるんだっけか……


 異世界ではどうやら6Gシックスセンスらしい。シックスセンスなら6Sだろう、と脳内にツッコミを入れて微笑する俺。


「あれ……える」


 最初は朧げなシルエットだけだった。サーモグラフィーのような、赤外線カメラのような、人の形だけがぼんやりと視認できた。ここに、マラナがいる。それが理解できた。触ることも見ることもできなかったはずの白髪の少女が、


――今は鮮明に、仔細に、克明にえる!


「マラナ……なのか……」


 まるで行方不明の娘に数年ぶりに再会した父のように、亡くなったはずの妹と夢の中で対面できた兄のように、鷹揚に、そして、感嘆が籠る声音で言った。


¬――マラナは俺の娘でも妹でもないけど。むしろ敵だけど。


 たしかに目が合った。暗がりの中、空間と空間の狭間、虚無の闇の中のマラナと目が合ったのだ!


「まさか……まあちゃんのこと……見えてる……?」


 半信半疑のマラナ、信じられないという顔でぽかんと口を小さく開いている。俺はとりあえずウインクをやってみた(キモイ)


「どうして、どうして……誰も見つけられないはずなのに……」


 俺はここでマラナをファイアで焼き払うことだってできた。視認できたマラナに対して今までの仕返しだと言わんばかりに反逆の限りを尽くすことができた。


 だが、俺はそうしなかった。


「マラナ、みーーーつけた!」


 俺はかくれんぼをしているわらべの如く、純粋なまなこで言った。マラナの体が一瞬強張ったのが分かった。


 マラナからすれば恐怖でしかなかっただろう。絶対に自分は見つからないとたかくくっていたはずだ。今まで安全な場所から、悠々とじっくりとなぶっていたはずが、いとも容易く立場が逆転した。狩る側から狩られる側へとすり替わったのだから。


 俺は優しく白髪の少女の手を取る。白魚のような透き通った肌、誰も触れたことがないような新雪のような柔肌。


「やっと出会えた……まあちゃんの王子様プリンス……」


 あれ? あれあれあれ? 空気がたちまちに変わった気がした。いや、気がするなんてものではない。確実に切り替わった。カチッと音が鳴ってスイッチのオンオフが切り替わるように、一瞬で。


――マラナは恋に落ちたフォーリンラブ


「まあちゃんはマラナ、魔王ギルレアの幹部にして魔王の右腕、不可視のマラナ! 結婚してください!」


 求婚された、その間わずか十秒と言って差し支えないだろう。このマラナという少女はどれほどの孤独を背負っていたのだろうか。皆から見えないということは、認められないということだ。自分という存在が爪弾きにされ、なかったものとされてきた。

 だからこそ、こうして自分を見つけてくれる存在、自分をこの闇の中で見つけ出してくれる存在を希求ききゅうしていたのだ。


 魔王でさえも認知できない最強の完全なる不可視人間トランスパレントは最高の寂しがり屋だった!


「いや、急に結婚とか言われても……」


「そこをなんとか! 欲しいものは魔王の首ですか? なんなら今から取ってきましょうか?」


 変わり身が早いと聞いていたが、ここまでだとは思わなかった。さっき魔王の右腕だとか言ってなかったか、この少女……


「魔王の首は確かに欲しいけど……まだ信用できないっていうか……」


 展開が早すぎてついていけない。富士山から急降下するジェットコースター並みの転身だ。いやそれ以上かもしれない。


「なんにせよ、俺と和解したいなら。まず謝ることが必要だろ。あと、俺の仲間にも謝る必要がある……」


 風向きはこちらを向いている。このマラナという少女がどう動くのか……


――って何やってんだ!


「よいしょ……よいしょ……」


 おもむろに小瓶を取り出したマラナは、その中の液体をチオとデルナモにどばどばと浴びせた。


「これ、魔王様から傷が癒えない時に使えって言われてる超回復の薬……これで傷は全部治るハズ……」


 予想以上の働きだ。完全に敵意は失せてしまっているらしい。先ほどまでの殺意は全く感じられない。


「名前……ムダイっていうんでしょ……内緒で話聞いてたから分かる……」


――ほら……ムダイも……


 心臓のあたりを超回復の薬といわれる液体を含んだ手で触られた。すると、魂が抜け落ちるかのような快感を覚えた。これ、絶対効果あるやつだ……


「はい、終わり……ムダイ、ごめんなさいでした……これで、まあちゃん、仲間に入れてくれる?」


 【6Gシックスセンス電波受信】を使えば、完全なる不可視人間トランスパレントは無効化できるようなものだ。つまり、マラナの最大の天敵は俺であるはずだ。彼女がいつまた魔王側に寝返ろうともそれほど脅威になるとは思えなかった。


「ま、一緒に来たけりゃ、別にいいんじゃねーの」


 俺は随分と気取った言い方をしてしまったし、チオとデルナモの許可をもらっていないのに勝手にパーティ加入を認めてしまった。


「ま、なんとかなるか」


 こうして流れに身を任せる人生は悪くない。きっとここでマラナにあっさりと殺されてしまう人生もあったはずだ。ここで生きているということは、奇跡みたいなものだ。


 だったらその奇跡が続くまで、俺はこの第二の人生を謳歌しようじゃないか。


――そんな風に思えた。


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