第9接種「地中広域都市【バクスノヴァ】」

「で、次なる俺たちの冒険地は……」


――え? この穴の中入るの?


 動物が冬眠のために作ったような大穴。俺たちはその穴の中へと足を踏み入れた。


――地中広域都市【バクスノヴァ】。


 都市といっても地下迷宮のような、地中に蟻の巣のように入り組んだ道が無数に存在している変わった街だ。俺たちはそんな街に来ている。


「ムダイ! この街を滅ぼそう」


 いかにも利己的で元魔王らしい発言だった。にしても、唐突すぎんだろ、何か気分を害することでもあったか? 


「ムダイ、ここには魔王幹部がいる……」


 なるほど、そういうことか。魔王城に向かう前に手下である幹部を倒すことが必要ってことか。それなら唐突な殲滅宣言にも納得ができた。


「でも……魔王幹部ってことはまあまあ強い敵ってことだよな? 俺たちで倒せる相手なのか? ってかチオが魔王だったんだから、幹部とは見知った仲だったりしないのか?」


 魔王幹部の面々が変わっていなければ、無理に争う必要などないだろう。むしろ説得して味方にするほうが有益な気さえした。


――だが、そう言った考えは甘い考えだった。


「そんな幹部いるわけないでしょ! 私が手塩にかけて育てた子たちは現魔王ギレルアに殲滅されたわ。ただ1人を除いて……」


「その幹部が……」


――今回倒すべき敵……マラナ。


 チオは目を細めて言った。名を口にする事すらはばかられるような、そんなおぞましさを感じた。


「マラナはただ、強い方につく。ただそれだけだったみたい。私が封印されると分かってからは今の魔王ギレルアの方にすぐに寝返った……」


「なるほど、復讐ってわけか」


 簡単に自分を裏切り、敵方についたことへの報復だろう。だからこそ、最初に倒す、そう思った。


「まあ裏切られたことを気にしてるわけじゃなくて……」


――おそらく、マラナは幹部の中で1番厄介で1番強い。


 チオは煮え切らない言い方をした。一番厄介というのは一体どういうことなのだろうか……


「ま! とにかくそのマラナってのを倒せば、今回のミッションはクリアってわけだ! 腕がなるね〜!」


 デルナモはぶんぶんと右手を回しながら、意気軒昂いきけんこうに言った。腰に携えた3本の刀がギラリと光る。これから始まる戦いに際して、刀も研ぎ澄まされているように見えた。


「ま、まずは情報収集を……」


 この迷路のような【バクスノヴァ】のどこに幹部マラナがいるのかわかっていなかったからだ。チオはマラナの居場所を特定できているのだろうか。これから捜索をするとなるとかなりの労力が必要になるだろう。


――だが、その心配はなかった。


――魔王幹部マラナが目前に荒唐無稽こうとうむけい顕現けんげんしたからだ!


「魔王様……どうして……生きてる?? どうして……」


 白髪のショートカットの小柄な少女、それがマラナだった。この少女がチオのいう一番強い幹部だとは到底思えなかった。臆病な性格なのか、こちらと一切目を合わせようとしない。うつむきがちで、声も蚊の鳴くような小さな声だ。


「探す手間が省けたってわけだ! エンちん! っちまおうぜ!」


 デルナモは獰猛な顔つきで言った。戦闘意欲満々で今にも切りかかりそうな勢いだ。


「……って消えた!?!?」


 マラナは文字通り姿を消した。俺が即座に捜索サーチを使っても、見つけることが出来ない。カコが魔力を無効化したように、マラナもまた何らかの能力ちからで外界からの全ての情報がシャットアウトできるというのだろうか。


――これがマラナの能力ちから完全なる不可視人間トランスパレント


「これがあるから厄介なのよ……」


「ね……!?!?」


 何の前触れもなく、見えない刃で貫かれる。チオの胸元が血でにじみ、チオはその場にうずくまる。


「チオ!!」


 元魔王でさえも、感知できない、透明人間マラナ。どうやらこの幹部を攻略するには一筋縄ではいかないようだ。

 攻撃の時に一瞬姿を現すなんてこともないようで、攻略法がまったく見つけられなかった。気配を感じ取るなんて芸当も、どうやら無理らしい。


――この能力最強すぎる!!


「エンちん! しっかりしろよ! 待ってろ! 今あーしが仇を討ってやる!」


 そう言ってぐったりとした幼女チオの胸ぐらを掴んで、遠くに放り投げた。


「デルナモ何やって……」


――獄之一刀ごくのいっとう旋乱閃月せんらんせんげつ


 即座に抜刀し、即座に刀を振るうデルナモ。


「ちょ! 斬るなら斬るって言って!」


――ズザザザザザ!


 俺の身体ごと、デルナモは周りにある全てを切り刻んだ。壁も、大地も、天井も、音も、空気も、全て切り刻む。幸いチオは、攻撃範囲外に放り出されていたため無事だった。


「なるほど、やっぱり、斬った感覚もないか……」


 たしかにそこにいるはずなのに、見ることはおろか触れることすらもできない。この能力、ただ自身の体を透明化させるというわけではなさそうだ。


「ま、そうなるよな……」


 全身から血を噴き出して、デルナモがその場に倒れる。俺たちの気が付かないうちに体中切り刻まれ、傷だらけになっていた。

 襲撃はマラナに違いない。見えないところで、あっという間に敵を蹂躙じゅうりんする。チオの言う通り、厄介な力だった。


  攻撃が当たらないのに、向こうの攻撃は当たる。なんて不平等な世界だ。それに、声も無く音も無く静かに強かに相手を追いつめるのは不気味で異様だった。


「チオ……デルナモ……助けてくれよ……何でもするからさ……」


 少年の姿の破鬱無大はうつむだいは、見えないお化けを怖がるように、ただただ今にも迫り来る恐怖の存在に恐れおののくことしかできないのであった。


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