第8接種「酎酊酩鉄刀」


酎酊酩鉄刀ちゅうていめいてっとう、一流刀鍛冶、デルナモ様が作った最高で最強な刀だぜ」


 そう言って持ってきたのは、真っ赤な剣だ。刀身が太陽のように燦々さんさんと輝いている。一方で燦然さんぜんきらめくその刃からは血に飢えた禍々まがまがしい殺意を感じる。


「デルナモさん! ありがとうございます!」


 デルナモは黙ってひらひらと手を振った。きっとこれを急ごしらえするのは容易いことではなかったはずだ。なのに、それを感じさせない余裕ぶった表情。それが彼女の矜持プライドなのだろう。


「デルナモ、私と一緒に来てよ……デルナモが来てくれたら……」


 そうチオが言いかけた時、デルナモはきっぱりと言った。


「いや、あーしはやめとくわ。もうちょっとここで刀作ったりしようと思う」


 獄炎王が味方に来てくれたら百人力だったのにと、俺も残念に思った。チオも刀を作ってもらうという目的を果たすことができたため、それ以上勧誘することはしなかった。


「じゃあ、私たち行くね……」


「おう! 次は魔王エンちんとして会いに来てくれ!」


 へへっと軽く笑うデルナモ、その笑顔は少し寂しそうに見えた。


 その時……


――轟々ゴウゴウゴウゴウ囂々


 先ほどの噴火の地震と比べ物にならないほどの大きな揺れが、アストラ山を襲った。


「ちょっと、これ……ヤバくないか……」


 地の裂け目から徐々に姿を現したのは大型の亀。大型という言葉では到底足りない、巨大すぎる亀だ。マグマがじっくりと年月を経て固くなったようながっしりとした甲羅。多少の衝撃ではびくともしないほどの堅牢さだ。


災厄の亀神ラーヴルテイン……! 


「あーしも名前しか聞いたことしかないけど……絶対そうだ……」


 デルナモの表情が一変する。どうやら、災厄の亀神ラーヴルテインとは、この山の守り神のような存在らしい。普段は山で眠っているはずなのだが、どうやら元魔王チオや異端者の俺が、逆鱗に触れてしまったようだ。


 隣のチオもただ事ではない雰囲気を瞬時に、感じ取っていた。


「すごい魔力……流石に逃げた方がいい……」


 チオはそう言いながら俺の手を引いて、来た道を戻ろうとした。


「いや、俺……やるよ」


 新しい剣を手に入れた今なら、神だろうとなんだろうと一刀両断できそうだった。きっとこれは新武器のお披露目イベントだ。俺がズバーっとやっつけて終わるだろう。なんてったって、一流鍛冶師、獄炎王デルナモの刀なのだから……


「……なッ?!?!」


 【身体能力強化】を使い、両手でしっかりと握った刀、酎酊酩鉄刀ちゅうていめいてっとう


 思い切り振るったが、一撃で、呆気なく折れてしまったのだ!


「デルナモさん! 折れちゃったんですけど!」


――折れちゃったんですけど!!!!!!


「そりゃそうだろ……魔王倒すための聖剣なんだからよぉ……聖なる神を斬るとなりゃ、剣が拒むに決まってるだろ」


 そういうことは早く言って欲しかった……


「…………」


 想定外の展開に俺の心臓はピークを迎えていた。災厄の亀神ラーヴルテインの地を裂く咆哮。俺の目の前で霊力みたいな目に見えない力をため込み、全身神々しいまでに発光し出した。


「神に……殺される……」


 俺の脳内では、ここで成仏するのも悪くないか、なんてことも考え始めてしまっている。有効打が存在しない。突然現れた神に勝てだなんて、誰ができるだろうか。油断も、弱点も、隙もない完全な神様に、特殊能力を持った程度の人間が、敵うはずがない。


「エンちん、あいつ……助けなくていいのか?」


 デルナモがチオに心配そうに言った。チオは不敵に笑って答えた。


「まあ、ここで終わるならそれまでってこと」


――でも、ムダイはやるよ……


 チオは俺の方を見てにっこり笑ったように見えた。この状況、自分でなんとかしてみせろってことだろ! 分かってるぜ!! やってやろうじゃん!!!!


「一か八かだ……」


 俺は【ワークカイジョー】で街を守った報酬としてファイザから貰ったあるものを取り出した。


――御神酒おみき


 それは神前に供える酒で、ファイザも道中の加護を祈って渡してくれたものだった。


「これで、大人しくなるなんて、思えないからさ……」


 神に差し出す酒をあろうことか、一気に飲み干した!!


「体は子どもでも、元は28歳なんだから、セーフだよな!」


 血中アルコール濃度が0.129%~0.138%になると超人的な力が発揮できる「バルマーピーク」という現象があることを知っていた俺。もちろん、そんなのは迷信で嘘の可能性が限りなく高い。だが、今はやってみるしかなかった。


「頭がくらくらする……」


 特別酒に強いわけではなかった。だから、全身の血行が良くなり、少し判断力が鈍る程度の効果しか発揮されなかったように思う。


 だが、この選択は結果的に正解だったのだ!


「ほーん、あいつ、やるじゃねーか」


 御神酒の雫が折れた酎酊酩鉄刀ちゅうていめいてっとうに滴り落ちた。すると、刀は元の輝きを取り戻し、あっという間に元通りになった。


「あの刀は、酒が好物でな……酒を浴びれば浴びるほど、強くなる……」


「今ならやれる! 絶対にだ!」


 俺は災厄の亀神ラーヴルテインに対して一直線に進んでいった。脇目もふらず、ただ我武者羅に、一転集中、一撃必殺でその刃を振り下ろす。


「いくぞ! 必殺!!」


――聖酒斬り!!


 勢いで神様をぶった斬ってしまった。地響きは収まり、先ほどまでの騒乱が何事もなかったかのような光景だった。


「はははっ! 流石ムダイ!」


気が付けば、チオもデルナモも大笑いしている。


「おいおい、神に喧嘩売るなんて、あーしでもしねえよ!」


――やるな! ボウズ!


 ぐいと肘でつついてくるデルナモ。どうやら心から俺のことを認めてくれたらしい。


「あーあとよ、言いにくいんだけどよ……」


 口ごもりながら、デルナモは言った。


「あの……エンちん、さっきのなしで。家が壊れちゃったし、ついていくわ! ってことでこれからもよろしくなボウズ!」


 こうして俺は、元魔王チオ、獄炎王デルナモの三人で旅を続けることになった。俺たちなら魔王だってなんだって、倒してしまえる、そんな気がしていた……

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