第4接種「ここ殴れ!バンバン!ってな!」

 俺は再び死の森アナフィラキの入口に立っていた。目的は「クァ・コゥターヴル」と呼ばれるチオの片割れを探すためだ。


 この「クァ・コゥターヴル」(長いので省略してカコ)が見つからない限り街に平穏は訪れない。力を持つ者は持たざる者を助けるのが責務だみたいな言葉を聞いたことがある。

 力を持つ俺が街の人のために行動しなければならない。そんな気がしていた。それに、町長直々に依頼も受けたんだ。


――俺がやらなくて、誰がやるんだ。


「なあチオ、カコってのは一体どこにいるんだろうな……」


「チィ・ウォ!」


 チオは目の前、つまりは死の森アナフィラキの方を指差した。


「ま、それは分かってるんだけどさ……」


 チオが言葉を紡ぐことができないのも、死の森アナフィラキにカコがいるのも分かっていた。後は俺が覚悟を決めるだけだ。


「さ、チオ。お前のお姉ちゃんを見つけに行くぞ!」


 どうしてこの時に妹と言わずに姉と考えたのかは分からない。ただ直観的に、この無垢な幼女は妹の方が似合ってるななんて思った。

 チオはいつものように何も考えていないように無邪気で屈託くったくのない笑顔を向けてきた。


「俺……元の世界に娘を……」


 ふと前の世界の事が甦る。もう過去のことだ。今更考えたって仕方ない。それは頭で分かっているのに……


「駄目だ駄目だ。考えないのが俺の良いところだろ!」


 自分で自分を元気付ける。魔物モンスターでも翼竜ドラゴンでも、どんとこいだ!


 俺の覚悟とは裏腹に、死の森アナフィラキにはやはり生き物という生き物が存在しなかった。どうやら魔物モンスター翼竜ドラゴンもここでは生きることができないようだった。


「ま、数日は前も彷徨ってたしな……」


 長期戦になることは覚悟していた。していたつもりだった……


「いや、でも、手掛かりの一つも見つからないなんて……こんなの冒険じゃないだろ、物語じゃないだろ……」


 考えなしに走り回ったところで、カコが見つかるなんてことはなかった。ゲームのように、カコのいる場所が示されているわけではない。

 現実はそう上手くいくことばかりではない。道行く先々で魔王の居場所の手がかりを教えてもらえたり、都合よく強化アイテムを手に入れたりできるのは勇者だけなのだ。


 万事うまくいくなんてことはない。


 人生そう都合よく事は進まない。


――分かっていた、分かっていたさ。


「こんな時、【状態異常無効】、【魔法無詠唱状態】、【身体能力強化】、【自動回復付与】があったところで、意味なんて……」


 そう呟いた時、あることに気づいた。


「あれ……待てよ……」


――【魔法無詠唱状態】


 一度使った時にあの火柱に気を取られてしまっていたが、何も魔法は攻撃魔法だけではないはずだ。


「どうしてもっと早く気が付かなかったんだよ!」


 考えなしに突っ走るってのも考え物だなんて自分でも思う。だけど、こうしてやってみて埒が明かなかったからこそ思いついた。

 補助魔法、よくある千里眼とか透視とかそういう魔法だってある。


「自分が見つけたいものがどこにあるか特定する魔法だってあるよな!」


――探索サーチ


 カコの名前しか情報がなかったため、この魔法が成功する可能性は低かった。ものは試しだということで実践してみた。


「マジかよ……」


 俺の魔法、探索サーチは上手く発動したようで、カコの居場所を簡単に特定することができた。


 カコの居場所、それは……


 この死の森アナフィラキの地中だった!


「道理で走り回っても全く見つからないはずだ……」


 ファイザの話では、チオが霊体、カコが肉体だと言っていた。とするならば、カコの肉体は埋葬されているのではないだろうか……

 そんなことを考えながら、俺は右手に力を込める。


「ここ殴れ!バンバン!ってな!」


 脳内に示されたカコの位置に辿り着いた俺は、思い切り地面を殴打した。


「地球と戦ってるみたいだ。まあ、ここは地球ですらないのかもしれないけど……」


 強烈な力で打擲ちょうちゃくすると地が割れ、次第に大きな穴ができた。穴の奥深くに何か見えた気がした。


「お……あれが……」


 棺のようなもの、あそこにカコが納められているのだろうか。


「い……いくぞ……」


 これは墓荒らしと呼ばれる行為だ。眠っている神様を暴く、冒涜ぼうとく行為だ。場合によっては呪われても仕方のない行為。

 俺は今それを実行しようとしている……


 心臓が早鐘を打つ。やめておけと忠告する自分もいる。ここまで来たんだ、今更引き下がるわけにはいかない。

 だが、それを制止するだけの荘厳さ、異様さがこの棺にはあった。触れるべからず、触らぬ神に祟りなしだ。そんなこと……


「分かってるんだよ!」


 棺の中からは数千、数万の幽体が飛び出してきた。目には見えないはずなのに、たしかに何かが、それもたくさんの何かがそこにいるのが分かる。

 無闇に触れてしまった懲罰なのだろうか。呪い殺さんとばかりに一気に空気が重くなり、全身に悪寒が走る。


「……クァ……コゥターヴル」


 チオが初めて他の言葉を喋った。やはり、霊体のチオと肉体のカコは引き合うらしかった。ゆっくりと棺の方に歩み寄るチオ、俺はその様子を黙って見守ることしかできなかった。


 チオの瞳からは止めどなく涙が流れている。再開を喜んでいるのだろうか、はたまた食屍鬼エンドとして生きることを哀しんでいるのかもしれない……


「チオは……これで、良かったのだろうか……」


 ふとそんなことが頭をよぎった。俺はチオの思いを汲み取ってやることができていなかった。離れ離れになっている姉妹(兄かもしれないけど)が再開できることが幸福なことだと勝手に決めつけていた。


 そんなことを考えていると、突然、肩に何かがのしかかる感覚を覚えた。


「うッ……」


 それと同時に棺の中から現れたのは……


「やはり幼女だった!」


 それもチオと瓜二つの幼女だ!


「永き眠りから……わっちの体を目覚めさせたのはぬしじゃな……礼を言うぞ。俗人ぞくじん


――して、久しぶりじゃの、チィ・ウォナンジュ。


「クァ……コゥターヴル……」


 チオはあからさまに不快そうな表情をした。チオの敵意をむき出しにする表情は初めてだ。


「お前は……一体……」


 俺はカコと呼ばれる食屍鬼エンドの片割れに誰何すいかする。


「わっちに向かって、お前とは無礼じゃな……俗人……」


 あからさまに眠そうなていをしている、カコ。この幼女は、ファイザの言うように呪術師の成れの果てなのだろうか。


――俺には全くそうは見えなかった。


「エンドというのじゃ。終わらせるのじゃ。わっちは、世界を終わらせるもの」


――魔王に決まっとるじゃろ。


 ドラゴンの次に魔王と出会う人生って、そんなのありかよ。


「さ、俗人。末期まつごの祈りを済ませる時間をやろう!」


 そう言って腕を大きくぐるぐる回しながら、臨戦態勢をとる魔王カコ。


 おいおい、殺す気満々じゃん……


 俺の第二の人生……ここで終了すんの?

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