第14話

 次の日の朝は普通に来た。

なにか劇的な予感のする太陽、とか、そんな特筆する点もなく、至って普通の日だった。

拍子抜けしながら二人は最後の荷物をまとめて外に出る。

管理の人がすぐ来るので鍵はかけなくていいらしいが、玄関の中に置いていく。


 雪がない日でよかった。

二人は白い息を吐きながら、隣人に頭を下げる。

隣人はちょっと泣きそうになりながらも、二人を送り出した。

「たまには顔を出してくれよ」と、涙をためて笑いながら。


 でも、もうこの四合院に戻ることはきっと。

二人は門を出ようとした。その時だった。



「あ……!?」



 後ろを歩いていたチョコが素っ頓狂な声を出す。

思わずバニラも振り返る。すると。



「蝶だ……」



 ひらひらと四合院の庭を飛ぶ黄色の蝶。

目で追っている内に、だんだん遠くへ飛んでいく。

本当に数秒の事だった。

気がつけば蝶の姿はなかった。


二人は顔を見合わせる。



「……ジャンボじゃね?」

「うん……」



 次の瞬間、二人はおかしそうに笑った。



「冬に蝶はおかしいよな」

「相当無理してきただろ、あれ」

「こんなの台本にもできないぞ」

「誰も信じないもんな、冬の蝶なんてさ」

「だからやっぱどっか抜けてるんだよ、ジャンボって」



 役者の二人は笑った。

役者だから、涙を操るのもずいぶん上手くなった。

もう泣かない。

とっくに二人は大人で役者だから。



「じゃあな、ジャンボ」

「いつか気が向いたらまた来るよ」



 二人は四合院の門をくぐり、そして扉を閉めた。


 この庭には三人の幸せな姿がそっと、しまわれてある。

気まぐれな蝶も、たまには現れるかもしれない。

なんだかんだ恋しくなって、隣人への挨拶を口実に、やってくる二人の大人がいるかもしれない。


 そんな日々の中、二人は役者として大成するのだが……それはまた別のお話。

ただ、彼らは幸せに生きたとだけ伝え、この話は語り終わろう。


 そう、ジャンボは笑った。




終わり

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冬の蝶【夜光虫if】 レント @rentoon

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