第11話
「ただいまー!」
第一声、チョコは威勢よく四合院の扉を開ける。
しかし、中ではジャンボが寝ており、看病するように隣人が座っていた。
「わりと遅かったね。ご飯も一応作っといたよ」
「ありがとうございまぁーす!」
今度はバニラが大きな声を出した。
滅多にないことで、チョコは少し笑った。
「なんか、久しぶりに子供の顔してるね」
隣人は色んな思いを込めて二人を見た。
しかし、首に提げたカゴを見てぎょっとする。
「な、なんだそれ。何考えてんだい!」
「これが最初から目的だったので」
「やだね、全く。私がいる前では開けないでくれよ」
隣人はすぐにカゴから目を逸らし、ここにご飯あるから、とだけ告げて玄関へ向かった。
そしてあと一言だけ、二人に告げる。
「変な熱が出てて。一応医者も呼んだけど、分からないってさ」
チョコとバニラは、さっきよりも真面目な声で、ありがとうございます、と告げた。
隣人はそのまま自分の家へ帰っていく。
チョコとバニラは、ジャンボに歩み寄り、氷枕に乗せられた顔を見た。
くまが酷く、生気がない。
でも、だからこそ、そっと体を揺らした。
ジャンボはゆっくりと目を開く。
「ジャンボ、起きた?」
ジャンボは答えなかった。けれど目は動いている。
このモノクロの世界で、ジャンボは声を出すことが出来なかった。
しかし二人の青年は、ついに虫かごを開けた。
その瞬間、色が部屋に鮮やかに広がっていく。
蝶だ。全て黄色の蝶。
隣人は蝶が苦手ということもなかったが、みっちり詰め込まれた虫かごに驚いていたのだ。
今日一日、チョコとバニラはモンキチョウをめちゃくちゃにとってきた。
生態系が変わったらどうしようなんていいながら。
たぶん、そこまではいかないけど、解き放たれた蝶は一気に部屋を舞った。
確かな鮮やかな色に包まれて、ジャンボはやっと声を出せた。
「俺のために……捕まえてきてくれたのか?」
ジャンボは涙目になっていた。
その目に映るのは鮮やかな蝶と、照れ隠しに笑うチョコとバニラだ。
ジャンボは起き上がろうとした、が、がくんと腕の力が抜ける。
チョコとバニラはとっさにその体をささえた。
すると、ジャンボはそのまま、二人を抱きしめた。
「ありがとうな。今までずっと」
チョコとバニラは、ずいぶんと久しぶりに、抱きしめられていた。
こんなに戸惑っているのに、もう17歳なのに、なぜだか涙が出た。今の一瞬だけでも、もう充分だと思った。
もしもジャンボが現れなかったら、二人は今でも路上で暮らしていたかもしれない。
学校にも行くことは無かっただろう。
自分たちがいなかったら、ジャンボはどうしていただろうか。
それは分からない。もしかしたら、資材の下敷きにはならなかったかもしれない。
その代わり演劇の世界にはもう戻らなかっただろう。
彼が一時でも映画の世界に足を踏み入れてくれていたおかげで、チョコとバニラは役者としての道もつながった。
三人で生きていたんだ。
ずっと変わらず、三人だから生きてこれたんだ。
二人は頭を撫でられて泣いた。
ジャンボはあまり声はかけなかったが、何度か「ありがとうな」と繰り返した。
その度に二人は頷いた。
蝶がひらひらと室内を飛ぶ。
空いた窓から出て行った器用な蝶もいた。
自分たちは不器用だ。でもそれでも、きっとこの8年間に価値はあった。
三人ともそれぞれ、決意が決まっていた。
これからも三人で生きていく。
そう、心に光をともすように。
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