第5話
事故にあったのはチョコとバニラが13歳の時。
そして今はそれから四年がたち、彼らは17歳になった。
ジャンボが繋いでくれた自分たちの生活を捨てられず、二人は17歳までは学校に交代で通っていた。
家に帰れば情報交換だ。
しかし、高考はもう受験しないことにした。
大学に行く金なんてない。
それにそんな時間もない。
必死に学校やら子役としてやら動き続け、二人はそのまま臨時の子役から、学校卒業後は事務所へ就職できることになった。
子役の時もそうだが、一日おきに交代が理想だったものの、実際は数日から数週間家を出ることが多かった。
子供が一人で撮影現場に来てるのを見て、スタッフたちは驚く。
「親御さんは?」
ほとんどの場所で言われた。最初は適当に隠してたが、本当のことを言った方が都合がいいと気が付き、二人は同情や憐れみの目を、むしろ集めることにした。
「余った楽屋弁当だけど」「もう着られなくなった息子の服だけど」などと、なにか出来ないかと声をかけてもらえることが格段に増える。
正直、助かっていた。仕事上のミスも、見逃してもらえたりもした。
「ジャンボを利用してるのでは?」なんて。
そんなことを二人は言わない。思わない。この生活を守るためだけに、二人は働いていたのだから。
そうして卒業式の日、チョコとバニラは学校に行かなかった。
二人とも行きたかったから、だから、二人とも行かなかった。
これには散々二人はもめたのだ。「お前が行け」と。
ジャンボは喧嘩を止めようとしたが、内容についていけない。
そもそも二人が誰かさえ。
「チョコー!バニラー!」
ドキッとした。無言のまま今日をやり過ごそうとしていた二人は、扉の外から聞こえる学友の声に、心を揺さぶられる。
「卒業証書持ってきたぞ!」
賑やかな声がこの四合院にやって来ることなど、もうずっとなかった。
学友たちは全てを知っている。
だから、もしジャンボがおかしなことを言っても、もしかしたら受け止めてくれるかもしれない。
チョコとバニラは、互いに泣きそうな視線を合わせて頷いた。
そして玄関の扉を開く。
「卒業おめでとーう!!!」
学友たちがやんやと騒いだ。どこから取り出したのか、紙吹雪を散らした。
チョコとバニラはさらに泣きそうになる。
「ありがとう、本当に。みんな」
「今日で一応最後だから。どうしても会いたくてさ」
学友たちは笑った。
「一応」という言葉に込められた優しさに、チョコとバニラはぽろっと泣いてしまう。
二人だけで生活を維持してきた。そうしなければと思っていた。
なのに、彼らはそんなチョコとバニラを、そのまま受け止めて笑っていた。
「いつか、また会ったらどっかに旅行とか行こうぜ!みんなでさ!」
チョコとバニラの顔にふっと影が差す。
でも、学友は目をそらさなかった。
いつかはきっと来ると、二人に伝えたくて。
「いつか、な。ありがとう」
バニラがそう言った時、後ろに気配を感じた。
ハッと振り返ると、四年間余り変わらなかったぼやけた瞳をしたジャンボが立っていた。
全員に緊張が走る。
「……は、初めまして。チョコとバニラと同じ中高に通ってたので、卒業証書を届けに来ました」
学友の一人が勇気を振り絞り言った。
ジャンボはこの状況をどこまで理解できるだろう。
しばらくの沈黙も恐ろしかった。
しかし、ジャンボの顔は緩んで、そっと微笑んだ。
「ありがとう。わざわざ来てくれたんだね」
チョコとバニラは、止まってた呼吸をしっかり吐き出した。
ジャンボはその言葉を残して、棚の方へ歩いていき、カメラを手に取る。
「良かったら君たち全員を撮らしてもらえないかな。今日を覚えていたいんだ」
ジャンボの声に学友たちの顔はパァっと明るくなった。
ほら、とジャンボに促され、チョコとバニラは玄関の境界線を越えて外に出る。
ジャンボは出なかった。
そして、玄関の内から、思い思いのポーズをとる全員をカメラに残した。
何枚か撮影し、カメラを降ろしてジャンボは「せっかくだから遊んでおいで」と、チョコとバニラ二人に声をかけた。
その声は優しくて、今日はきっと、ジャンボの調子がいいんだと思った。
「少しだけ……少しだけ出かけてくる!」
ジャンボはうなずいた。チョコとバニラは久々に二人で学友たちと露店や学校へ向かった。
もう四年も全員で揃うことはなかった。
けど今日だけならきっと許されるのだろう。
「当たり前だよ。自分の好きに生きるべきだ」
ジャンボは四合院の中で一人呟いた。
ポケットのメモはずっと同じものでボロボロになり、それに加えて新しい紙に今年の年号と、チョコとバニラの年齢が更新され書いてある。
それを何度も見た。
昨日まで13歳だった子が、自分の背と変わらず成長し、17歳になったいた。
しかも二人とも卒業式さえも、諦めていた。
ジャンボはフラフラと立ち上がる。
「一人で出ちゃダメだよ!」と繰り返し言われた玄関を越えた。
庭は記憶と変わらない。
でも、そこで特訓するチョコとバニラはいない。
そのまま四合院の門も抜けて、本当に久しぶりに、ジャンボは一人で外に出た。
露店や通行人がガヤガヤと通りすぎ、視覚や聴覚の情報に翻弄され、ジャンボは記憶がかき混ぜられるような頭痛がした。
その中をおぼつかない足取りで歩いていく。
二人が帰ってくる前に。
ジャンボは露店の飾り用の小刀の前で立ち止まった。
飾りといえど小さな刃は鋭利に研がれている。
店の者は他の客を対応していて、歩み寄るジャンボを特別みていない。
ジャンボはそのひとつを手に取った。
朱色で美しい装飾のされた小刀。キーホルダーくらいのサイズだ。
鞘から抜き取り、自分の手の甲に突き立てた。
「な、な!?お客さん!?なにやってるんだ!!」
店主は小刀で文字を手の甲に刻み込む姿に青ざめて、止めようにもあまりの気迫で、立ち尽くすことしか出来なかった。
ジャンボは血まみれの小刀を置いた。
そして、またフラフラと去っていく。
代金とかそんな話が出てくるほど、店主は冷静でいられなかった。
そのままジャンボは人混みに消えてゆく。
ただ一つ、朱色の小刀を露店に残して。
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