第3話


「だから、食べ終わったら皿片付けろって」

「あ、やべ」



 その数日後、まだジャンボは頭に包帯を巻いていた。

しかし、料理を作り二人に食べさせ、いつものようにチョコとバニラに声をかけた。

普通の日々だ。頭に包帯を巻いていること以外、なにも変わったことなどない。


 そう、チョコとバニラは学校で教師に説明した。

家に訪問してジャンボと話したいと教師は言ったが、二人はそんな必要は無いと、半ば怒りながら言葉をさえぎった。


ジャンボは普通だ。いつもと同じように今日だって……。



「あれ。お前らご飯食べなくていいのか?」



ジャンボはあの日からずっと、少しだけ目の焦点がぼやけていた。



「なにいってんだよ。今食べたよ」

「野菜炒め美味かったよ」



 ジャンボは数秒なにか考えて、そうか、と呟きながら皿を洗った。

チョコとバニラは、現場の責任者と共に、ジャンボの検査結果を聞いていた。

脳挫傷による記憶障害が起きている。

そんな難しい言葉ではチョコとバニラもよく分からなかった。

だから端的に言われた。ジャンボは頭の怪我により、ついさっきのことさえ覚えていられないと。


 そして何より、念を押されたのが、それを一番不安に思うのは本人だということだった。



「宿題は終わったのか?」



 今日はもう、三回も聞かれている。

チョコとバニラは得意げに答えた。



「もう終わらせてるよ」

「ちゃんとやったの偉いだろ!」



一回目は慌てて宿題をやった。二回目はほめられた。

そして三回目ももちろん。



「なんだ、珍しいな。偉い偉い」



 ジャンボは笑った。

目は薄ぼんやりとしているが、それでも笑顔が見れると安心する。

チョコとバニラは、特訓をせがまない代わりに、京劇の話をジャンボに積極的に聞くようになった。

単純に聞きたいから、そして、忘れて欲しくないから。



「ん……やっぱり立ち回りを見せた方が早いかな」



 そんなことを簡単に言い出すので、チョコとバニラは慌てて止めた。

ジャンボは自分の頭に包帯が巻かれていることすら、覚えていられない。

もちろん、仕事もできなくなった。

なのに毎日仕事に向かおうとするジャンボを、二人は止めなければならなかった。



「連絡があったよ!今日はジャンボは休みだって!!!」

「……それ本当なのか?昨日も一昨日も同じこと言ってただろ?」



 記憶はチカチカと断線しかけたコードの接触のように、残る時と消える時があるらしい。

誰もがジャンボへの対応に困った。

そして、なによりも。



「ああ……そうか。俺はクビになったのか」



 自身の残したメモで自分の状況を把握する度に、ジャンボは虚ろな顔をした。

金銭面では今のところ困っていない。

あの工事現場を担当してた会社から、巨額の慰謝料が出た。

異例の事だったが、事件を表沙汰にしたくない、という薄暗い気持ちのおかげで、三人は路頭に迷わずにすんでいた。

 それに加え、撮影所の人達が、ちょくちょく見舞いにも来てくれた。



「ジャンボ、調子はどうだ?」



 監督の呼び掛けに、ジャンボは数秒、どろりとした目を向けた。

口が動こうとしているが、声が出ない。

言葉を忘れる時さえもまれにあった。


 そんな日々が、ジャンボの心を蝕んでいく。

監督は笑って、ただ笑って、元気付けるように肩を叩いた。

チョコとバニラはそんな様子を見て、もう誰も来て欲しくないと、そんなことを思っていた。


金さえあれば、俺たちがジャンボを助けてやれる。


 学校へはかわりばんこに行くことにした。

一人は残って、とにかくジャンボと話した。

九割正常な日もあれば、二割しか正常さが保てない日もある。

そんな、二割の日。

夜中にふらりとジャンボは起き上がった。

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