メルリ・サッサネロ 編 3
その女はカルバニ・スィミと名乗った。おそらく探検家であろうその格好はあまりにも露出が多く、身を守るための防具としては役に立たなそうではある。しかし、その軽装は身軽そうで腰の後ろに吊るしている短剣を見るからにこの人は回避に特化した戦い方をする人なのだろう。
ゲームの世界にはよくある設定……ジョブやクラスといったようなものがこの世界にあるのかは分からないが、この人は差し詰めシーフやローグの類いか? この国にはダンジョンなんていうものがあって、そこには宝が眠っている。戦闘もそうだが、ロマンというものは人を死地へと赴かせる。故に、賊やごろつきと呼ばれることになってでも宝を求めてしまうんだろうな。
俺はカルバニを連れてサッサネロ道具店へと案内する。通りの真ん中で話をするには少しばかり騒ぎすぎたからな。店内へ入るとメルリが心配そうに声をかけてくれたが大丈夫だと言って奥のカウンターを借り受けた。カルバニを席に着かせ話の続きをする。今は店内に客がいないため、メルリもそれに同席することになった。
「それで? あいつらはなんだ? ただの悪ガキ……ではないんだろ?」
「そうさね。この東地区がどうしてここまで廃れているのか知っているかい?」
「いや、知らないな。だが不思議に思ってもいた。どうしてこの辺りだけこんななんだ? 住宅は補修もされず放置、そこに住む人々はみすぼらしい格好をするほど貧困であり、多くの人は生きる気力を失ったかのように座り込んでいた」
「不思議でもなんでもないさ。この国はマスノティ諸島、元々は多くの小国がそれぞれの島を所有していたことは?」
「それは知ってる。ゾアル王がそれらの国をまとめて築いたのが今のこの国なんだろ?」
「そう。そしてその小国の中で最後まで抵抗していた国の奴らが多く集まっているのがこの東地区さね」
「………………」
「分からないかい? あれは見せしめ。王家に逆らうとこうなるって国民に知らしめる為だよ」
「待て。ゾアル王は偉大な王だったんだろ? ケルヴィン王ならまだしも、国民をそんな風に扱う王なんて……」
「そんなもの、元々アイヴイザードに仕える者たちが勝手に讃えているだけに決まってるじゃないか」
……そうか。アイヴイザード王家にもいろんな人がいるんだと思ってた。ケルヴィン王は権力に溺れて愚王になったんだとしても、先王は本当に偉大で数多くの功績を残した英雄。そういう風に思いたかっただけなのかもしれない。俺たちをこんな世界に召喚した王家の人間だ。その血筋がまともなわけがなかったんだ。
「トウガンっていうのは?」
「……トウガンとは、東地区の厄介者、汚点、この国最大の腫瘍って意味さね」
「それってつまり……
「でもそれも仕方のないことさ。東地区の人間も全てがそういう扱いを受けているわけじゃない。王国民であることを受け入れ、アイヴイザードに忠誠を誓った者はそう悪くない生活ができるようになる」
「そうなのか?」
「そうさね。だからこんな店だって認められてるんだろ?」
「ここも……か?」
俺はメルリを見た。彼女は驚くでもなく俺に頷いてみせた。カルバニの話は嘘ではない。この国の資産はダンジョンという観光資源で潤ってはいるはずだ。それを現国王が食い潰したりして町の復興が滞っているというシナリオがあるものだと想像していた。しかし、実際にはそうじゃない。先代が武力によって統一した国を現国王は恐怖政治で支配しているだけだった。
兵士たちの横暴さに逆らわない国民たちという構図も納得がいった。平和に見えるのはどんな王であれ、それに従っていれば東地区のような扱いを受けることはないと……自分たちはあれよりは良い暮らしをしているという比較対象が明確に存在するからだ。怪我をしている人を見ても驚きもせず、あまつさえ無視までしてしまう通行人。町中で殺し合いを始めてもそれを野次って煽るのも全て……この国の国民性なんだ。
「なんだい? 東地区の人間に同情でもしてるのかい?」
「……いや、別にそういうことじゃない。俺には関係のない話だった。でもな、俺だって
「あんたが?」
「俺もアイヴイザード王家へは忠誠を誓わなかった口だ。だからこの国において何の権利も保障も優遇もない。たとえ死んでも墓すら建ててもらえはしないんだよ」
「あんた……もしかして、王家が雇ったっていう探検家たちの仲間かい?」
「…………知ってるのか?」
「いや、詳しいことは何も。ただ、友人がちょっとばかり付き合いがあったみたいでね」
「そうか……」
「訳ありって感じだねぇ。だけど、そこに踏み込んでもいいかい? あたいにも聞きたいことができたんでね」
「なんだ?」
「ルータ・ヲーブを知っているかい?」
その名を聞いて驚いた。この人はルータを知っているのか。いや、知っていて当然か。彼女はこの町では有名な探検家だったと聞いている。そして彼女が最後の仕事で一緒だったのは王家の雇った探検家たち……つまり
彼女の問いにどう答えるべきか。彼女の知りたい答えを俺は持っていない。返答を間違えれば面倒ごとに巻き込まれるかもしれない。それは絶対に困る。今は……いや、俺はもうあいつらと顔を合わせたくない。会えるわけがない。だったらどうするか……。悩んでいても正解など分からない。イエスかノーかの二択、せめてカルバニの反応だけは見逃さないようにしないとな。
「それは……」
答える直前にカルバニの顔をじっと見つめて集中する。するとやはり数字が浮かんでくる。その数は『37』だった。低いとも言えるが初対面ならこんなものだとも思える。これがどう変動するのかでその後の対応を考えなければならない。
「知っている。一度話したこともある。だけどそれだけだ。それを最後に彼女は……」
「そうかい。てことはあの噂は本当だったんだね?」
「ああ。王家のダンジョンに挑む探検家たちの護衛として出港し、ただ一人……この町へは戻らなかった」
「………………」
カルバニに重なる数字……それに変動はなかった。首を横に振り、あたかも信じられないとでもいうように小さな溜め息を溢していた。ルータを友人だと言っていたし、探検家としての繋がりがあったのかもしれない。もしかしたら仲間だった……のかもしれないな。
「ルータさん……本当に残念ですぅ」
「メルリもルータを知ってるのか?」
「はいぃ。ルータさんはよくこのお店にも通ってくれていましたからぁ。気さくで温厚で他者を気遣えるとても優しい女性でしたぁ」
「そうか。確かにそうだったな。俺たちがこの町に初めて訪れた時も彼女が人助けをしているところを目撃したくらいだ。そんな彼女が宝に目が眩んで罠部屋に立て籠るだなんてな……」
「……ちょっと待ちな! 今、なんて言った?」
しまった……。思わず余計なことを口走ってしまったようだ。彼女の死因は世間的には不明とされている。そこまでの情報を持っているのは王家の人間かダンジョンに同行していた者だけ。あれだけ警戒していたのに、俺は自ら墓穴を掘ってしまったようだ。
「ルータが宝に目が眩んだ? ありえない……。それに、罠部屋がどれだけ危険な場所なのかなんて誰よりも理解しているはずなのに……」
「………………」
「アイガって言ったね。あんた……やっぱり王家と何か関わりがあるんじゃないかい?」
「ない。それは絶対にない。さっきも言ったが俺はアイヴイザードに忠誠を誓わなかった。呼び出されたのは事実だ。しかし、俺は協力しないと言って飛び出して来たんだ。それでも俺が元の場所に帰るには残った奴らが王家のダンジョンを攻略するのを待たなければならない……。つまり、情報交換は行っていたってだけだ。そして、その繋がりも今はもう途絶えてる」
「……複雑だねぇ。帰りたければ一人で帰っちまえばいいじゃないのさ」
「そういうわけにもいかないんだよ」
「ふーん、そうかい」
「カルバニ。あんたも探検家だろ? 俺はダンジョンに赴いたことはない。どんな場所なんだ? 宝と罠と魔物……どう考えても危険の方が多いその場所を攻略する理由は? 観光資源以外にこの国の探検家たちが足を向けるそのダンジョンの宝はそれだけの価値があるっていうのか?」
「質問攻めだねぇ。まぁ落ち着きなよ。答えてやってもいいけど、先に訂正しておこうかね」
「訂正?」
「そうさね。あたいは探検家じゃないのさ」
「え?」
「あたいはカルバニ。通り名は罠避けの守銭奴さね」
「罠避けの……」
ダンジョンを攻略する上で欠かせないのが罠部屋の攻略だ。宝箱が設置されている多くが罠部屋なんだから当然といえば当然だな。その罠部屋を突破することに専念するのが罠避け役と呼ばれる人たちの仕事だと聞いている。そうか、カルバニはそっち側のタイプだったのか。何だか妙に納得できる。しかし……。
「守銭奴?」
「ああ、そうさね。否定はしないさ。あたいには金が必要でね、他の罠避け役よりも多く取り分を要求するからそう呼ばれてる」
「それって……仕事がなくならないか?」
「それはないね。あたいより上手い罠避け役はいないし、攻略できるダンジョンの数も圧倒的さね。探検家にとっちゃ失敗する方が損をするからね。確実に宝を手に入れるあたいへの依頼は後を絶たないのさ」
「へぇ、すごいんだな」
「まぁね。それで……ダンジョンのことだったね。あそこは狭く、暗く、まるで洞窟であり迷路のように入り組んだ場所さ。だがね、不思議なことに土壁は自然のままではなく、人工物のように補修されている。ダンジョン内には魔物が現れる。当然、戦闘が行われるわけだけどけして壁が崩れることはないのさ。そして各階層にはいくつかの小部屋と大部屋が一つあってね、小部屋には宝箱が設置されていることがある。でもそこにあるのは安物の武具や道具ばかり……本当に価値があるものは罠部屋となっている小部屋にある宝箱の中さ」
「その小部屋を探してダンジョン内を捜索するわけか」
「そうさね。そして大部屋には次の階層へと繋がる階段があるわけだけど、大抵そこには他の魔物とは一味も二味も違う強い魔物が待ち構えてるのさ。階層守護者と呼ばれたりもするね。そいつを倒すか隙を突いて階段を目指すのかは探検家の腕次第だね」
「階層守護者……中ボスってとこか。そいつは倒さなくても通れるのか」
「もちろん倒すとボーナスもあるけどね」
「ドロップアイテムとかか?」
「なんだいそりゃあ。魔物が落とす物なんてあるわけないさ」
「……それじゃあボーナスとは?」
「その魔物を倒すと下層にある宝箱の数が増加したり、中身が良質の物に変わったりするのさ。そして、全ての守護者を倒すと最下層にある宝物庫への扉が開かれると言われている」
「言われている? カルバニは到達したことはないのか?」
「ないね。あたいは罠部屋の攻略専門さ。依頼人が守護者を倒すのなら止めはしないが手は貸さない。死にたくはないからね。それに、宝物庫へ到達したことがある探検家なんてそう多くはない。それこそロマンはあるが現実的じゃないのさ」
階層守護者ってのは相当強いってことか。そして
「なぁ、ダンジョンっていうのは多くの探検家たちが訪れるんだろ? 守護者を倒して行けば宝物庫が開かれるってことは……」
「気づいたかい? そうさね、探検家の中には最下層で宝物庫の扉が開くのをじっと待つハイエナのような輩もいるのさ。他の誰かに守護者を倒させて自分たちで宝を独占しようってね」
「やっぱりか」
「だから守護者を倒して進むのは推奨されない。まぁ、各階層の宝の質を上げたいなら話は別だけどね。もちろん、それを張ってる輩もいる」
「なんだよそれ。そんなのどうやって宝を得るんだよ」
「ははっ! そりゃあそう思うのは当然さね! でもね、対策はできるのさ」
「対策?」
「そうさね。ダンジョンは一定の間隔で地形が変化するのさ。その時にダンジョン内にいた者は全員もれなく外へと転送される。たとえ宝を目前にしていても、守護者との戦闘の途中でもね」
「そうか。地形が変化した後ならダンジョン内に誰もいないから……」
「そういうことさね」
なるほどな。ダンジョンでの稼ぎはやはり宝が主だった。そしてそれは魔物と戦ったり罠を乗り越えてまで狙うほどの価値があるもの。カルバニとの会話でこれまで未知だったダンジョンについての情報が得られたな。とはいえ……遅すぎた。こういう話は本当ならルータから聞けるはずだった。現実は思う通りにはいかないよな。何もかも上手くいかない。
「ダンジョンについてはそんなもんさね」
「……そうか。あ、もうひとつ。具体的に宝箱にはどういった物が入ってるんだ?」
「ん? ああ、そうさね。最近では未知の鉱石が使われた武具が最も価値が高いね」
「未知の鉱石……ああ、以前に武器屋へ行った際に店主から強く勧められたことがあったような」
「だろうね。確かに価値としては高い。その武器の刃は鋭く、これまでのものとは比べ物にならないほど。その防具は硬く頑丈で、魔物の攻撃を受けても容易くへこみすらしない。しかも、その鉱石は鉄よりも軽く強度があるとまで言うじゃないのさ」
「それは凄いな。そんなものを手に入れたら探検家としてのレベルが上がるだけじゃない。噂されてる西の大国との戦争でだって名を挙げられそうだな」
「そうさね。ただ、そう簡単な話でもないのさ」
「……というと?」
「ごく稀にその未知の鉱石自体を手に入れられることがある。だけどね、今の人間の技術じゃそれを加工することも、それを使って武具を修復することもできない。宝の持ち腐れさ。もちろん、その鉱石についての研究が進み、素材としての価値が認められた際の反動は計り知れないけどね」
「人間には扱えない代物か……それがどうしてダンジョンにあって、日々生み出され続けているんだろうな?」
「さぁね。それは誰にも分からないことさ。ちなみにその鉱石だがね、町の鍛冶師や研究者たちによってミスリルという名前が付けられたよ」
「ミスリル……。そうか、ミスリルか」
「ん? なんだいその反応は。まるで知っていたみたいじゃないのさ」
「いや、知らなかったよ」
「………………そうかい?」
架空の鉱石ミスリル。そんなファンタジーな世界でしか存在しないものがあるってことは、ここは紛れもなくそういった世界なんだな。分かってはいたがここが異世界だということは俺の知っている常識は通用しない。そして何でもありな世界ならもしかしたらという可能性もある。
「そうそう。さっき西の大国との戦争って言っていたけどね……はっきり言って、戦争になったらこの国は滅びるよ」
「は?」
「それくらい強大な国だってことさ。いくらミスリルの武具があってもね、鍛え直せもしない武具が数本あった程度じゃ戦争には勝てないのさ。それに、今あちらさんの勢いは凄まじい。大きな争いにはなっていないけど小競り合いでは全戦全勝。軍を率いているのは王ではなく姫だっていうんだから末恐ろしいもんさね」
「ああ……この国の姫に似ているっていう?」
「はっ! 比較にもならないだろうさ! うちの姫は若すぎるのさ。剣は教えられているらしいが実戦経験はないし、多少は頭が回るらしいが現国王はそれを活かせない。この国の姫である限りはけして華が咲くことはないだろうさね」
「そこまでなんだな」
「そりゃあ西の姫のように若くして偉業を成した者であれば別だろうけどね。そうさね……姫自身がダンジョンに赴いて攻略でも出来れば少しは期待できるかもね」
「西の姫の偉業って?」
「知らないのかい? あれだけ世界を震撼させた伝説を逸話だと言う奴もいるけどね、知らないって奴は初めて見たよ」
「………………」
「そっちのお嬢さんは知っているだろ?」
カルバニはメルリに話を振った。探検家でもないただの町娘であるメルリでも知っているくらいの話だと言いたいのだろう。それに対してメルリも知らないとは答えない。当然知っていますというように首を縦に振って俺に教えてくれる。
「もう三年前になるでしょうかぁ。地竜を討伐するという偉業を成されたとぉ……それも、兵を連れずぅ若干名の旅人と東の大陸へと赴きぃ、大震災を引き起こす前の怒り狂う地竜を相手になされたとかぁ」
「地竜……。この世界にはドラゴンまでいるのかよ」
「そりゃあいるさ。この世界は人間だけのものじゃない。今は平和だけど、かつては大きな戦争もあった。聖女と魔王の話はさすがに知っているだろ?」
「魔王? それってダンジョンにいる?」
「は? 何を言っているんだい? あんた……もしかして記憶のない英雄の真似でもしてんのかい?」
「記憶のない英雄?」
「それはもういいよ。あたいはそろそろ帰るよ。ちょっと長話をし過ぎちゃったしね。それにしても……随分と活気のない店だねぇ。客の一人も来やしないじゃないのさ」
「そ、そんなことありませぇん!」
「そうかい? だったら、次は大盛況の時に来てみるとでもするかねぇ」
「はいぃ! お待ちしておりますぅ!」
「ははっ! そうだアイガ。一つ忠告しておくよ」
「……なんだ?」
「火消しはしておいた方がいいよ。あの悪ガキの報復なんてあんたには怖くないかもしれないけどね。背後にいる奴は本気でヤバい。死んだ方がマシだと思えるような目に遭わされたくなかったら言い訳の一つでも考えて町の噂として流しておきな」
「…………分かった」
「よし。じゃあね」
そう言い残してカルバニは席を立った。俺とメルリは店の外までお見送りに出ることにした。最後に恐ろしいことを言うなんて意地が悪いなと思いつつ、でも今日出会ったばかりの俺の身を案じて忠告してくれたのなら案外優しいじゃないかとも思えた。こちらを振り返り、手を上げて挨拶をするカルバニにメルリは店の店主代理として深く頭を下げていた。特に買い物をしてくれたわけではないけどな。
俺はカルバニと同じように手を上げて返したが、その際にもう一度彼女の数字を確認しておいた。謎の数字は『61』になっていた。さっきは『37』だったはずだが、その伸び率はなかなかに高いものだった。そのままメルリの数字も確認する。メルリは『76』だ。数日前までは『69』だったそれが増加していた。
どうして増加したのか。メルリのはなんとなく予想は付く。本当にこの数字が俺への好感度を表しているものだとするならば、今日の会話だけで俺はカルバニに気に入られたということになるんだろうな。そしてふと思ったんだ。わざと嫌われるような発言をした場合はどうなるんだろうかと。これまで減少はしていない以上、ちょっと試してみる価値はあるのかもしれないな。
この世界へ来る前から俺は女性に好かれやすかった。だからそれはこの世界で与えられたものではないはずだ。じゃあそれが数値化して見えるようになったは何故か。俺にはまだ知るべきことがある。それを解明しなければならないんだと思う。でなければ俺が生きている意味がない。生きると決意した以上はやるべきことはやらなければな。
「アイガさぁん」
「ん?」
「今日はありがとうございましたぁ。お店を守っていただけて、本当に嬉しかったですぅ」
「ああ。ようやくメルリの力になれたな。俺もちゃんと仕事ができて良かったと思ってる」
「はいぃ!」
「今日の一件でくすぶってた気持ちも晴れた。暴れて不安が解消されたのか、カルバニとも普通に話せてたしな。とんだ荒療治だったけど」
「ふふ、そうですねぇ」
「それに、ほんの少し可能性も感じた。今すぐに何ができるってこともないけど、立ち止まってたら何処にも辿り着けないからな」
「…………?」
「俺は寂しがり屋なんだと思う。他人の目は気になるし、自分に自信が持てないからいつも不安になる。自尊心が低いんだろうな。だから誰かに評価されたいとも思ってるし、褒められると調子にも乗る。そんな俺がこの異世界で生きていくのは難しいことだ。ここは一人では生きられない世界だ……」
「一人ではありませんよぉ。私ではお力になれませんかぁ? 確かにぃ、アイガさんの抱えている問題をお手伝いすることはできないかもしれませぇん。でもぉ、私がアイガさんを一人にはしませんからぁ!」
「メルリ……」
「一人だなんて言わないでくださぁい……」
「うん。ありがとう、メルリ。俺は一人じゃない。この異世界を一人で生き抜いてはいけない。だから、俺を支えてくれる人がいたら頑張れると思うんだ。メルリ……まだまだ雑用しかできない俺だけど、ここに置いてくれるか?」
「はぁい! もちろんですぅ!」
ごめんな、
怒ってるかな? そうだろうな。メルリは愛嬌があって男性客からは例外なく好かれるような子だ。でも、
――数日が経過し、俺のせいで途絶えかけていた客足も少しずつ戻ってきていた。それはやはり店主代理であるメルリの働きが大きい。使えない従業員を雇った見る目のない道具屋の娘だと噂を流すライバル店も現れた。それに関して俺は本当に頭を上げられないわけだけど、メルリはそんなことはまるで気にしておらず『マイペースでいいんですぅ。私はこのお店を大きくしたいわけではありませんしぃ。一つでも多くの道具たちをたくさんの人に知ってもらいたいだけですからぁ』と言っていた。
それだけじゃない。メルリの付き添いで商品の仕入れに出向いた時、俺は彼女の才能を目の当たりにしたんだ。メルリは店主である父親のように自分で道具を開発するような才能は確かになかった。でも、その目利きは並の商人とは比べ物にならないほどだった。小さい頃から良い物に触れてきたからだろうか? 同じ商品でもより良質のものが感覚で分かってしまうらしい。
どんな噂が流れても一流の商人、本物の目を持った店主がいる店に人は足を運んでしまうんだ。彼女の魅力も相まって以前よりも男性客が増える傾向にあった。俺がいるから一見客も断らずに済むことで売り上げはどんどん伸びていった。残念ながら、彼女の父親が作った道具の売れ行きは芳しくないけど。一風変わった物が多いし、ダンジョン内では扱いにくいものも多い。
メルリ曰く、父親はこの町の探検家だけではなく、人々の平和を脅かす存在と戦う世界中の人々に自身の作った道具を届けたいらしい。ドラゴンまでいる世界だ。さすがに何体もいるとは思えないけど、それに近いくらい力を持つ存在もいるんだろうな。でもそれはダンジョンに巣食う魔物とは違うのか? きっと俺には区別なんてつかないだろうな。
「ふぅ……」
「お疲れ様ですぅ、アイガさぁん」
「ああ。今日はちょっと忙しかったな」
「はいぃ。でも、アイガさんが頑張ってくれたからお客様には満足していただけたと思いますぅ」
「……そうか。それは良かった。ただ、俺のぎこちない接客よりも商品がちゃんとした物だったからだろうな。あれらはメルリが一つ一つ見て選び、買い集めて来た物だ。客にそれがちゃんと伝わってるってことは店員として誇らしいし、尊敬してるよ」
「そんなぁ……んふふ、ありがとうございますぅ」
メルリは嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔を見ていると俺も嬉しくなる。この気持ちはもう後戻りできないだろう。だから……また一歩足を踏み出す必要がある。しかしその前に、この場から前へと進み出すために、俺には向き合わなければならないことがあるんだよな。
「メルリ、明日は店を閉めないか?」
「え?」
「ちょっと行かなければならない場所があるんだ」
「行かなければならない場所?」
「これ以上は
「あ、分かりましたぁ。それでは明日ぁ、一緒に行きましょう?」
「ああ……」
「大丈夫ですよぉ。私が付いてますからぁ。それに、神様もきっとアイガさんを見守っていてくださいますぅ。きっと神父様も快くお出迎えしてくださいますからぁ」
「……そうだな。ありがとう、メルリ」
俺は明日……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます