和田紗愛 編 7
「おめでとう、
宿屋にある俺と
「
「ううん。
「そのほんの少しの気持ちが俺に勇気をくれたんだ」
「そう。それなら良かったわ。これでようやく
「異世界で……だけどな」
「いいじゃない。ここで出来たんだもの、きっと向こうに戻っても同じように出来るようになるわ」
「うん。そうなるといいな」
「簡単に辞めたりしないでね?」
「もちろん、分かってるよ。店の人も良い人そうだったし、ここからだとちょっと遠いけど……ま、歩くのは運動になっていいかもな」
「そうね」
夕方は少しごたごたして、危うく折角のチャンスが泡となって消える寸前にまで陥ったりもしたけど、ちょっとした偶然によってそれも免れた。神様なんて信じてなかったけど、祈ってみるものだなとあの時は本気で思ってしまった。道具屋の看板娘だったあの娘とのやり取りはまたそのうち思い出すとして、今の俺はとある感情が欲望に支配されつつある為に、それを解放するか否かを悩んでいた。
「ねぇ、お店の人はどんな人なの? あたしはマスターから聞いただけだし、店主が古くからの友人だってことぐらいしか知らないんだけど」
「あー、うん。それがさ、何かその店主はいなくてさ」
「いない?」
「島の外……他国で商売もしてるからよく留守にするらしいんだけど、少し前に船に乗って出港したらしいんだよね」
「へぇ……。それじゃあ、お店はどうなってるの?」
「奥さんも亡くなってて、今は娘さんが一人で何とか頑張ってるみたい」
「………………」
「あの辺りは行けば分かるけどちょっと治安が悪そうっていうか、
「………………」
「
「その娘さんって……若いの?」
「そ、そうだな。俺たちよりは年下だと思う……かな」
「そうなんだ……」
「でも、心配は要らない。その子は俺を見ても態度が変わらなかったし、俺に恋人がいることも既に話してある」
「別に心配なんてしてないけど?」
「…………うん」
「
「もちろん! 俺の彼女は
「……信じるわ」
そう頷いてくれた
「なぁ……
「うん?」
「覚えてるか? こっちに来る前に話してたこと……」
「話?」
「
「……あー」
「俺、頑張っただろ? それに、
「だから疑ってないってば」
「それは嬉しいけど……
「………………」
「ダメか?」
「…………ダメじゃない……けど」
「それじゃあ!」
「待って」
飛びかかろうとする勢いの俺を
「…………何?」
「もう少しだけ待って」
「これ以上待てない」
「
「辞めないって」
「そんなの、分からないじゃない!」
「………………」
まぁそうだよな。俺は今の今まで
「……
「ああ。自分で働いた金で
「うん。だから、それまではお預け。ちゃんと
「いい?」
「うん……」
「分かった。それまでは我慢する。だから
「当然でしょ。あたしが
「
その言葉だけで頑張れると思ってしまった。単純すぎるかもしれないけど、俺はこれまでその単純なことにすら気付けないでいたからな。好きな人の為なら頑張れる。向こうにいた頃とは違う。周囲の視線だってそうだ。誰も俺を蔑みの目で見ることはない。スーツを着ているサラリーマンもいなければ、朝の通勤ラッシュもないからな。
もちろん、俺の勝手な思い込みだったりする面もあったことは承知してるけど、やっぱり生きやすい世界っていうのはあるのかもしれないな。年下の女の子に雇われることにはなったけど、おっさんにこき使われるよりは断然良いしな。改めて、ここから始めていこうと思う。
――数日後の朝、俺と
今朝は少し肌寒く、港に吹く潮風がそれを後押しするように体温を奪っていく。それに反して辺りは騒がしく白いテントや荷車で商いをしている人たちは以前よりも忙しそうだ。それも当然なんだろう。やけに人が多い。船の積み荷を運搬している作業員、入国してきた人たちとそれを出迎える人たち、そして、俺たちと同じように噂話を聞き付けて勇の者を一目見ようと集まった野次馬たち。歓声も一際大きく、その熱気もなかなかに凄まじいものがある。
「
「分かってるわ。
「ああ、ほら!」
俺は
「下がれ! これより先は許可の無い者を通すことはできない!」
やはり探検家ではなさそうだ。相手は野次馬たちだとしても、あんなに偉そうな態度がまかり通るはずがない。町の人たちもそれに反発することなく従っていることから、あの鎧の集団はそれなりの地位や権力を持っている……もしくは彼らを従える人物があの態度を認めさせるだけの力を持っているかだ。
答えは簡単だ。彼らの鎧は色から形から全てが統一されている。つまりはどこかの組織に組み込まれている存在であり、それは間違いなくこの国を治めている者の力が関与している。つまりはアイヴイザード……王家に仕える兵士たちだということだ。絶対王政。この国で暮らしていく以上は誰も王の命令には逆らえないんだろうな。
しかし……。
「見つけた。行こう、
「え? でも……」
「きっと大丈夫だから」
俺たちは人混みを抜けて兵士たちの前へと出た。向こうは当然のように手に持った槍のようなものを構えて道を塞ぐ。そして鋭い眼球で睨み付けてくる。なんとも威圧的な警備体制だな。この国ではこれが普通なのかもしれない。だけど、異世界から来た俺たちにしてみれば横暴な態度であると感じてしまうわけで。
俺は目の前にいる兵士の槍へと手を伸ばして掴むと、邪魔だと言わんばかりにそれを押し退けようとした。その行為に兵士はムッとした様子で俺の方へと体重をかけて押し返そうとする。その瞬間に俺はスッと力を抜いて体を翻した。すると、その兵士は体勢を崩し前屈みになって地面に手を付いた。辺りは騒然とする。それに気づいた周りの兵士たちが俺を取り押さえようと集まってくる。
「待ってください! その人は僕たちの知り合いです!」
俺を組伏せようとする兵士たちを若い男の声が静止させる。兵士たちの後方、船着き場の方から数人の男女がやってくる。服装が学生服から派手な衣服へと変わっていて見違えてしまいそうなほど探検家らしくなっている。彼らの登場によって俺は兵士たちから解放された。掴まれてヨレヨレになった服を叩いて直し、
「
「よう、
「久しぶりに会って第一声がそれっスか」
「それが俺なんだよ、
「はははは、お久しぶりです。元気そうで何よりですね」
「まぁな。だが、俺たちよりもお前たちだ。まだこっちに来て一ヶ月も経ってないってのに……いけるのか?」
「はい。その為の訓練も行ってきましたし、他の探検家の人たちも同行してくれます。まずはダンジョンの雰囲気に慣れるところから始めていくつもりです」
「そうか。ま、無理はするなよ? この世界はゲームじゃないんだ。失敗したからってやり直しはできない。全員もれなく残機は無しなんだからな?」
「肝に銘じています」
「
「……使えるようになったのか?」
俺は
「
「……そう、ですか? ありがとうございます。お城の方が用意してくださったものでローブ……というものみたいです」
「そうなんだ。あたしなんて町で買える一番安いものだから一緒にいるのが恥ずかしくなるわね」
「そんなことは……」
「そう思うなら町で待っていれば良かったんじゃないですか? こんな所までわざわざ来て……見送りのつもりですか?」
「……
なんだ?
「私たちは戦うことを選んだ。でも、あなたたちは逃げ出したじゃないですか。それなのにまだ上から目線で話をするんですか? いい加減、迷惑です!」
「………………」
「
「私は嫌なのよ! なんで
「だって
「でも、この人たちは逃げたでしょ? 嫌なことは私たちに押し付けて、自分たちは安全な町で待ってるだけ。そんな人たちに
「別にペコペコなんてしてないだろ」
「オレも
「おい、
「ホントのことだろ!!」
ま、いつかはこうなるだろうとは思っていたけどな。予想よりもずっと早くて驚かされた。分かっていたことにいちいち腹を立てたりはしない。何を言われても俺の最優先事項は
「ちょっと、あんたたち! 好き勝手に吠えるんじゃないわよ!」
待て待て。何で
「
「
「離してよ、まだ言い足りないわ! こんなんじゃ収まりがつかないもの!」
「もう十分だって!」
俺は
「面白ぇじゃねぇか。アンタがオレより強いかどうか……試してやろうか?」
「よせ、
「
「別に私はいつも通りだし。間違ってるって言うことは悪いことなの?」
「そういうことじゃ……なくて」
「
「もういいだろ!
「すみません。せっかく見送りに来てくれたのにこんな風になってしまって」
「……いや、それはいい。でも何でだ?
「それは……。信じたいからです」
「信じる? 俺たちを?」
「はい」
「どういう意味だ?」
「根拠はありません。ただそう思ったんです。
「……まぁな」
「僕にはお二人を巻き込んでしまった責任もありますし。それに、
「………………」
そういうことか。信じているのは俺たちではなく
「イサムくん、何を騒いでるの? そろそろ出発するわよ?」
船着き場の方から声がした。そちらに視線を向けると青いローブを着た女性がゆっくりと歩いて来ていた。あれは確か、この世界へ来た日に怪我人を魔法で治療していた女性探検家だ。同行するのはこの人か。もしかしたらその仲間たちも一緒か?
「いえ、なんでもありません。すぐに乗船します」
「ええ。初陣で緊張してるかもしれないけど、安心して。私たちがいれば王家のダンジョンだって攻略できるわ」
「……王家のダンジョン?」
「あら? そちらはお友達?」
「あ、えっと……」
「まぁそんなところだ。王家のダンジョンは特別な許可がなければ入れないって話だったな」
「
「ああ。ま、そんなに詳しくはないけどな」
「王家のダンジョンとは、アイヴイザードが代々引き継いできた王家の宝が眠るダンジョンのことよ。その数は七つ。本来ならば王家の者とその側近くらいしか踏み入ることはできないということだけど、ダンジョンに魔物が巣食うようになってからはずっと放置されていたのよ」
何も知らない
「全てのダンジョンは繋がっているのか?」
「……いいえ。そんな話は聞いたこともないわ。どうしてそう思ったのかしら?」
「いや、なんとなく。でも王家のダンジョンとやらに入るということは、そのどれかに魔物を生み出す存在がいるってことだな?」
「魔王……だったわね」
「あら、そこまで知っているのね? あなたたち何者? 探検家の中にも魔王の存在を知る者は少ないのに」
「俺たちは
「
「いいだろ、それくらい教えてくれても。魔物の出現を停止させて安全を確保する為か? しかし、それをするとダンジョンの観光資源としての価値は下がるんじゃないか?」
「そうね。表向きにはそういう風に捉えられているでしょうね。だからこそこれだけの人が集まってくるの。賛成派も反対派もいるわ。だけど、誰もアイヴイザードには逆らえない。彼らの本当の目的はそこに眠る財宝そのものだと思うわ」
「財宝……か。
「ええ。でもそれは金銭で支払われるのでしょうね。財宝を譲り受けられるとは考えてないわ。それだけアイヴイザードは財宝というものに執着してるもの」
「そうか……」
目の前に不安そうな
「
「……はい」
「今はやれることをやれ。お前たちの不安を解消する方法は俺が探りを入れてみる」
「しかし……」
「信じてくれるんだろ?
「はい……」
「分かりました。よろしくお願いします」
「ああ。それから
「はい!」
「あなたたち、友達というには対等な感じには見えないわね? むしろ兄弟だとか兄弟子と言う方がしっくりくるわ」
「そうか? ま、なんでもいいさ」
「アイガ……と言ったわね。あなた面白いわ。不思議な感じがするもの。どう? 戻ったら一緒に食事でも」
「俺と? 悪いけど最愛の恋人がいてな。そんなことをしたら怒鳴られるだけじゃ済まない」
「そう……残念だわ。私の名前はルータ・ヲーブよ、せめて仲良くしましょ?」
「そうだな。探検家の知り合いがいると俺も助かるしな。友達としてなら……いいよな、
「え? ああ……うん」
「
「ああ、気をつけてな。それから
「分かりました。必ず、四人で戻って来ます」
「……
「え? あ、大丈夫よ。
「はい!」
そのまま俺と
「ねぇ
「何を?」
「あのルータって人のこと」
「最初に魔法を見た時の人だろ?」
「うん。その時にあたし言ったわよね?」
「何を?」
「あの人のは見えなかったって」
「見えなかった? ああ、もしかして
「そう。あの時は確かに見えなかったの。ここに
「俺を見た瞬間に?」
「そう。しかも、話してるうちにその数字がどんどん大きくなっていった。最終的に船に戻っていく頃には『82』くらいまでは見えてた。もしかしたらまだ変化していたかも」
「……数字は変動する。しかもそれは増加するもの。数字以外にはやっぱり何も見えなかった?」
「うん。何なんだろう……いったい」
「まだ分からないな。
「
「今回は途中で増えなかった?」
「うん」
変動のタイミングは俺との接触なのか?
「やっぱりまだ分からないな。でも、もうしばらくすれば分かるようになる気がする。気味が悪いかもしれないけど、もう少しだけ我慢してくれ」
「大丈夫……。普段は意識しないようにしてるし。でも、町の人の中にも数字が見えるようになってきている人が増えてきている気がするのよね。自分でも何か分からないのに不安になるのよ。胸が締め付けられるような……寂しい気持ちに」
「寂しい……か。極力は
「うん。ありがと、
勇の者たち。探検家ルータ。アイヴイザード王家。魔王と魔物。七つのダンジョン。
とりあえずは
――俺と
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