和田紗愛 編 3
「貴殿方をこの世界へと招くことになった経緯からお話しましょう」
俺……重杉
そこは、マスノティ諸島と呼ばれるアイヴイザードという王家が治める島国の中にあるイザードパレスという城下町だった。俺たちの前に現れたキヤス・ニポフという神父に連れられてアメムガリミス教会へと連れてこられ、そこでこの世界へ招かれた経緯や目的なんかを聞かされることとなった。
「この国は以前まではもう少し落ち着いた、のんびりとした国でした。しかし今は、各国からダンジョンを探検する者たちが殺到している状態にあります」
「ダンジョン?」
「はい。マスノティ諸島にある島のいくつかには地下へと繋がる洞窟があるのですが、そこには特別な魔法がかけられているのか一定の間隔で地形が変化してしまうのです。その洞窟を我々はダンジョンと呼んでいるというわけです」
「なんかどっかで聞いたような話だよな?」
「そうなのですか? 貴殿方の世界でも同様のものがあるのだとすれば、やはりこの世界と繋がったことは当然だったとも言えますね」
「いえ、それはたぶん……はい」
「…………そのダンジョンなのですが、地形の変化に伴ってそこに眠る宝も復活し更新され続けることでも有名でして、それが理由で人が集まってくるわけですが……このところは内部に巣食う魔物たちの活動が活発化してきているのです」
「魔物……」
「はい。その魔物はダンジョン内だけに生息し、けして外へ出ることはありません。いえ、出ることはできないのです」
「どうしてですか? 何か理由が?」
「奴らは我ら人間とは違い、この世界に生きてはいないのです」
「……生きて、いない?」
「そうです。奴らは実体のある幻影。そこに存在してはいますが造られし者である為にダンジョンから出ることもできないのです」
「いいことじゃねーか! 魔物は人を襲うんだろ? そんな奴らがダンジョンから出てきたら町だって危険になるんだからなぁ?」
「それは……」
キヤス神父は少し言葉を濁らせた。なんだ? 今の
「魔物は造られし者……と言いましたよね? それはつまり、造った者もいる……ということになりますよね?」
「はい。確かに魔物を造った者はいます。その者はどこかのダンジョンの最深部におり、魔物の制御を行っていると言われております」
「言われている?」
「まだそこへたどり着けた者はいないのです。仮にたどり着けたとしても、その強大な力によって成すすべもなく返り討ちに遭うとも言われています」
「強えぇのか、そいつは」
「間違いなく。今はまだこの国も平和であり続けられておりますが、その者がいつ魔物を外へ解き放つとも分かりません。この国は確かにダンジョンという特殊な観光資源を所有してはいますが、それは常に危険と表裏一体なのです。我らに勇の者の召喚を命じられたお方はそれを案じております」
出たな。そのお方という人物が俺たちをここへ招くように命令を下した。この国を案じ、規律の厳しい教会に対してもそのように上から物を言える人物といえば……。
「アイヴイザードか」
「
「俺たちをここへ招くように言ったのはこの国の王家。おそらく国王だろう。そしてこの教会はそれに応じて魔法とかでそれを実行した。勇の者……と俺たちをそう呼ぶのは、この国の人間や他国から来た探検家ではダンジョンに巣食う魔物……それを造り出した者を倒すことができないと判断したからだろう。でも、何故それを俺たちが成せると思ったのか、それだけが分からない。その謎が……神の加護ってやつなのかもな」
「……ほう。貴殿はなかなかに鋭い目をお持ちのようですね」
「間違いはあったか?」
「いいえ。貴殿の仰った通りでございます。我らは王の勅命により召喚魔法を行いました。そして、我らの神の加護によって勇の者にはかの者を……魔物を統べ、ダンジョンを支配する魔王たる者を討ち果たす力が授けられるのです」
「魔王……」
「討ち果たす……力…………」
やはりそうなったか。この国の王は俺たちを戦わせる為に呼び寄せたんだ。しかし、神の加護なんて大層なものをどうして異世界者の俺たちに与えるんだ? 俺たちは戦争どころか、この世界の人たちに比べたらきっとまともに喧嘩すらもしたことがないような素人だ。何か訳があるとして……それを俺たちが受け入れるとどうして思えるのだろうか。
「やっぱな! 特別な力……だよなぁ! オレにはどんな力があるんだ!?」
「……
「
「うん。ありがとう
「……暑い?」
「おっさん! じゃなかった……神父さんよぉ、そこんとこどうなんだ?」
おっさん……て。確かに高校生たちにとってはおっさんに見えるかもしれないけど、キヤス神父はまだ三十代くらいだろ。むしろこの教会の代表なんだとしたら若い方だ。こういうのは老人だったりが任されるのが一般的じゃないのか? まぁ俺の勝手なイメージでしかないけどさ。
「異世界召喚によって招かれた者。それが勇の者。つまり、貴殿方六人全てが何らかの加護を受けているということになります。発現する力は分かりません。その者が欲する力を得られることもあれば、望まぬ力を得ることもあります」
「……どうして俺たちなんだ? あなたたちの神が加護を与えるなら、その教徒や信者の探検家たちに与えた方が得策だろ?」
「それは叶わないのです」
「叶わない?」
「はい。この世界では魔法というものが当たり前に存在します。誰もが体内に持つマナと呼ばれる魔法を使う為の力を消費して発動させるそれは、神がこの世界の者が生まれつく時に与える恩恵であり、既にその加護を受けているのです。しかし、魔法はあなたたちにとってはとても便利で素晴らしいものに見えるかもしれません。ですが、この世界の魔法はその力が徐々に弱まりつつあるのです」
「魔法が弱まる? それはいずれ、使えなくなるかもしれないと……そういうことですか?」
「はい。故に異世界から勇の者を召喚するしかなかったのです。それに、貴殿方は勘違いされているかもしれませんが……異世界召喚は強制ではありません。貴殿方の中にそれを望み受諾した方がいらっしゃるはずです。でなければ召喚魔法は完成しないのですから」
異世界召喚を望んだ? 俺たちの中にこちらへ来ることを望んでいた者がいて、それに応えるようにあの白い光の渦が出現したと。誰が望んだ? 俺か?
「僕かもしれない……」
「ごめん……もしかしたら、僕がみんなを巻き込んだ原因かもしれない……」
「
「気にすんなよ! オレはいいぜ! オレにも加護ってやつが与えられてんだろ? だったら構わねぇ! やってやろうぜ、魔王退治をよ!」
「
「あの……一つ、お聞きしても宜しいですか?」
今度は
「何なりとお聞きください」
「…………私たちは、元の世界に戻ることはできるのでしょうか?」
そうだよな。特別な力だとか魔王退治だとか、そんなことよりもまずはそれだ。俺たちはここで一生を過ごすのか、それとも彼らの期待に応えることで元の世界へと戻ることができるのか。その返答次第では俺たちの敵は魔王とやらだけではなくなるかもしれない。
「我らによる召喚魔法は一方通行でしかありません。転移魔法ではなく、あくまでも勇の者を呼び寄せる為の魔法であるからです」
その言葉には六人が全員揃って息を呑んだ。帰れない。俺たちはもう帰ることはできない……そう覚悟を迫られたのだと思っていた。しかし、キヤス神父はこう付け足した。
「ただし、貴殿方を招いておいて帰さないというわけにもございません。きちんとその方法は確認しております」
「……帰れる、のですか?」
「はい」
「な、なんだよ、驚かすなよな。ま、まぁ? オレはこの世界でも生きていけるだろうけどよ」
「その方法っていうのは?」
「はい。実は魔王のいる場所……その背後には扉があり、その先は開いた者が望む場所へと繋がると言われているのです」
「つまり、魔王を倒すことさえできれば、その扉を開く権利を得られる。それが俺たちの手で成されれば元の世界へ帰ることもできる……というわけか」
「はい、そういうことでございます」
なるほどな。何とも上手く出来た話だ。俺たちは勇の者として魔王と戦うことを望まれ、それを成さなければ元の世界へ戻ることは叶わない。単純だけど王道だ。まぁ実際のところ、どこまでが本当の話かなんて分からないが、この国の危機と異世界者に頼らざるをえない状況というのは本当なんだろうと思える。
魔王を倒せば勇の者は元の世界へと戻る。それは実質、無報酬で働く駒を得ることと同じだ。この世界へは自分たちが望んできたと……そう思い込ませることにも既に成功している。自己責任に命を懸けろってことだ。だったら答えはもう決まっている。問題があるとすればそれは……。
「それで? オレの力はどうやって使うんだ?」
「それはどのような力を手にしたのかによって異なりますね。念じれば発動するもの、特別な条件下でのみ発動するもの、常に発動し続けるもの……などなどです」
「わっかんねぇよ!」
「何か、この世界にいらしてからご自身に変化を感じたりはしませんでしたか?」
「いや、特に何が変わったってことはねぇな」
「そうですか……」
変わったこと。俺も特に何も感じてはいない。だけど、
いや、どれも違うな。
異世界に来たことによる力だとすれば、こちら側でしか意味の持たないものの数値か? たとえばゲームで例えるならばステータスパラメーターみたいなもの。HPや攻撃力のような身体的能力を数値化したもの? だとしても
「暑い……この世界はこんなにも暑いの? 今は夏だったりするのかな?」
「
「……
「うん」
「わたしも暑くない。どちらかといえば、過ごしやすい気温だと思うけど」
「え? これが?
「…………」
「おい
「は?」
気付いてないのか? ここにいる誰も
「
「…………何だか燃えるよう。胸の奥がメラメラと熱を帯びて焦がれてしまいそう」
「それが貴殿の力なのかもしれませんね。熱……いえ、炎であるならば魔法と同様に扱えるかもしれません」
「
「魔法って、こんなに苦しいものなの?」
「いえ、貴殿はまだ慣れていないだけですよ。元々この世界のマナを持たない貴殿方に神のご加護でその適性だけを得たのです。今は少しお辛いかもしれませんが、体内にマナが補充されると次第に楽になり落ち着いていくと思いますよ」
「……良かった」
「念のため、みなさんの魔法適性を調べてみましょうか。少々お待ちを……」
そう言ってキヤス神父は席を立った。高校生たちは苦しそうな
「
「
「まぁそれなりには」
「あたしは全然。ここが異世界だなんて……まだ信じられないくらいよ」
「
「うん、お願い」
「それから……」
「お待たせしました」
キヤス神父が意外と早く戻ってきた。椅子に腰掛け、どこかから持ってきたものをテーブルへと並べていく。それは六枚のカードのようだ。片面は真っ白で何も描かれてはいないが、もう片面には何やら複雑そうな魔法陣が描かれている。白い方は下に向け、魔法陣の方を表にして置かれている。
俺は
「これが魔法適性を調べる札です。それぞれにこの魔法陣に触れてください。すると、その者が持つ適性を自然と裏側へと映し出しくれます」
「ほーん、面白そうじゃねぇか!
「でも、何だか怖い……」
「やってみよう。自分の力を知っておくのは悪いことじゃないはずだから」
「
まずは
「これは……」
「やはり炎の暗示ですね。貴殿に与えられた力は炎熱。しかも、揺らぐ炎はその操作性の高さの表れ。そうですね……『
「
「今はまだその力を上手く制御できていない為に体内に補充されたマナに反応して力が誤作動しているのでしょう。しばらくすればそれにも慣れ、すぐにでも炎を自由自在に操れるようになるでしょう」
「おお! いいじゃねぇか!」
「暑さ、すぐに和らぐって。良かったね、
「うん」
「
「やってみようぜ! まずはオレからな!」
慌ただしく
「よっしゃ! オレは何の魔法が使えるんだろうな? オレに合いそうな属性は……やっぱオレも
「いいから早く捲りなって。
「いくぜ! オラァ!」
勢いよく札をひっくり返した
「なんだ!? 失敗か!?」
「いえ、この札に失敗はありませんよ」
「あ!? じゃあなんでだよ!」
「魔法適性がなかったってことじゃない?」
「はぁぁ!? ならオレには何の力も与えられてねぇってことかよ! ふざけんな!」
「落ち着け、
「はい。魔法だけが力の全てではありません。純粋に身体的な能力の向上を遂げる者もいれば、精神的支配によって他者を……いえ、魔物を弱体化させるような力もあるとされていますよ」
「なんだよ……焦ったじゃねぇか」
「イライラしすぎ。
「うっせぇよ!」
「まぁまぁ。僕は
「先に僕が試していたら
「だ、だよな! はははっ!
「そうみたいだ。でも、逆にどんな力が使えるのか楽しみでもあるな」
「おう!」
「……それじゃあ、次は
「うん……」
「なんだよ、
「ま、まぁね。みんなの能力が分かるまでは私が守ってあげるから。ね、
「……なんとなく、
「ごめんね?」
「いや、謝ることじゃないよ。魔法が使えないのは僕も同じだし」
「うん……」
「待ってください。これは……札の白とは違いますね。貴殿にも魔法の適性はありますよ」
「え?」
「白は光の暗示。他者を導き癒す者。そして……札にはきっと何かが浮かび上がっているはずです」
そう言われて
「あ……」
「なんだ? 何か見えたのかよ?」
「いや……それが……」
「どうしたの?
「貸してみろよ!」
「なんだぁ、こりゃあ!」
「貸して! 鎌を持った……黒いフードの骸骨? これってまるで……」
「死神じゃねぇか!」
死神。
「何かの……間違いなんじゃないかな?」
「おいおい、この札に失敗はねぇんだぞ?」
「それは……」
「…………
「大丈夫。別に……気にしてない」
そんなはずはない。自分の札に気味の悪いものが映り込んで気にならない人なんていないはずだ。しかもそれが自分の力……神の加護によるものなんだということ。不吉な力なんじゃないかと思うのは当然のことだ。
「失礼。私にも見せて頂けますか?」
「はい、どうぞ……」
キヤス神父は
「大丈夫ですよ。これは貴殿方が思うような意味を持ってはいません。むしろ、その反対でしょう」
「反対?」
「これは不浄を祓う、魔を絶やす、そして命の尊さを知る……といったような意味を持つものです。貴殿の力は言うなれば『
「なんだそりゃ?」
「つまり、魔物を祓う力と勇の者を癒す力が共に備わっている……ということです」
「わたしの……力……」
「不浄な心を持つ者は貴殿に対して触れることもままならないはずです。但し、魔法や武器に対しては効果はないでしょう。とても扱いにくい力ではありますが、きっと貴殿方の役に立つことでしょう」
「
「ううん。心配してくれてありがとう」
「………………」
「
「な、なんでもない……ちょっと悪寒がしただけ」
「なんだそりゃ。暑かったり寒かったり忙しいな」
これで高校生たちの魔法適性は調べ終わったことになる。
「では、貴殿方もどうぞ」
「ああ……」
返事をして手を伸ばそうとしたがソファーの後ろからではテーブルに届きそうになく、回り込もうと思った矢先のことだった。
「お、取るっスよ!」
それに気づいた
「あ、ちょっと!」
「あん?」
「魔法陣に触れたらダメじゃない?」
「やべ!」
「悪い! いや、悪いっス! 悪気はなくて……取ってやろうと思っただけなんスよ!」
「……キヤス神父、もう一枚ご用意して頂けますか?」
「すみません。今は予備がもうなくて。近いうちにまたご用意させて頂きますので、今回はどちらかお一人に」
「…………」
「すみません、
「ごめんなさい」
「いいよ、もう済んだことだ。
「いいの? あたしは数字が見えてるし、それが魔法かどうかは分からないけど……
「いや、俺も
「……そう? それじゃあ、あたしが先に調べさせてもらうわ」
「どうだった?」
そう聞けるのは俺だけだっただろう。
「…………キヤス神父。
「数字……ですか?」
「はい。誰にでも見えるわけではなく、一部の女性のみに重なって見えるみたいで。しかも、見える数字に規則性はないみたいなんです」
「魔法ではなさそうですね。そのような事例は聞いたこともないので一概には言えないのですが、彼女に与えられた力を発動するための条件に深く関わっているのでしょう。カウントが下がるようでしたら『0』で発動するでしょうが、カウントが上がるようでしたら……その単位、もしくは上限を知る必要がありますね」
単位がパーセントなら『100』、ステータスパラメーターの数値だとすると『99』や『255』などか? まぁゲームなどで使われる数値がここでの上限とも限らないが。なんにせよ、変動してみないことにはまだ分からないか。
「
「…………ないわ。さっきと同じ」
「私たちに?」
「ええ、見えるの。
「二人はその数字に何か心当たりはある?」
「…………いいえ、ありません」
「わたしも……ないです」
「そうか」
進展はなしだな。キヤス神父が言ったように変動してみないとこれ以上は分かりそうにない。とりあえず、魔法の効果ではないということだけでも分かったと思うようにしよう。
「……では、これで私からの説明は終わりとなります。最終確認となりますが、貴殿方には異世界から招かれた勇の者として、ダンジョンに巣食う魔物との戦い、そして、そのいずれかに潜む魔王の討伐に協力して頂くことを我々は望んでおります」
「僕は……是非とも協力させて頂きます!」
「おっしゃ! だったらオレもやるぜ!」
「
「……うん!」
「待ってくれ、みんな」
「なんだ?」
「この選択は命に関わる選択になるかもしれない。自分の意思で決めてほしい。返事だって今すぐじゃなくていいはず……ですよね?」
「はい、構いません。しっかりと考えて頂いてから返事をしてください」
「…………それでも、私はやる! 自分の授かった力を知って、それをまだ制御できないからこそ前線に立っていたい。勉強もスポーツも始める前から諦めたり逃げるのは好きじゃないのよ!」
「
「オレも変わらねぇぜ。元々こういうのが好きだからな。向こうじゃ法律だの規則だのでろくに喧嘩の一つもできなかった。決められたルールには飽き飽きしてたくらいだ。力を試してぇ!」
「……
「ったりめーよ!」
「
「わたしもやる」
「いいの? 危ないことに身を投じることになるよ?」
「うん。それでも、わたしにも出来ることはあると思うから。みんなみたいに強くないし、足を引っ張るかもしれないけど……連れて行ってくれる?」
「ああ、もちろんさ!」
やる気十分って感じだな。まるで物語の主人公のようだ。ここから魔王との戦いが始まっていく王道ファンタジーだ。微笑ましくて笑ってしまう。小さく吹き出した俺に
「
もちろん回答は決まっている。異世界に来て神とやらに御大層にも力を授けられ、元の世界へ帰るには魔王を倒し、そこにある扉を潜らなければならない。だったら迷うことなんてない。
「悪いな、俺たちは断固辞退させてもらうとするよ」
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