最強の異能を持つ機械人形
「…………」
気がつけば、ドライヤーで髪を乾かされていた。ごおお、と控えめな音と共に温かい風が頭に当たっている。数分ほど、温かい風に吹かれた後、どこかの令嬢かと思うかのような服に着替えさせられて、髪も整えられた。鏡に映った私は、数分前の私ではなかった。
『きれいだ』
その言葉は、なぜかすとんと心に落ちた。否定も反論もなく。なぜなのかはわからない。もしかしたらこれも”異能”なのかも。
機械人形は、片膝をついて、私の手を握る。さらりと長くて綺麗な銀の髪が、私の手をくすぐった。
『僕の名前は、リンドウ。小さな主、あなたの名前は?』
「……カエデ」
『異能持ちの機械人形は、名前でより強く縛ることができる。カエデはきっと僕をうまく使ってくれるはずだ』
「私には、そんなこと」
『カエデは誰よりも何よりも強い欲を持っている。それは僕をさらに強くするから』
大丈夫、と言って、手を握る力が少しだけ強くなる。小さく私が頷くと、リンドウは満足そうに笑った。青い瞳はまっすぐ私を捉えている。
綺麗な服を着たまま、応接間へと戻ると、家族は穏やかに談笑していた。その様は、久しく見ていなかったため、ゾッとする。私がリンドウを連れてきても、穏やかなままで、明らかにいつもの様子と違う。
「カエデ、その機械人形はおまえにやろう」
父が穏やかに笑ってそう言った。本当は兄に渡すつもりだったこと、この最強の異能を持つ機械人形は主人を選ぶということ、近いうちにコンテストがあるからそれに兄の代わりに私が出ることを終始穏やかな表情で伝えられる。兄も大人しくそれを聞いているのが不気味だった。
「お兄ちゃんの代わりにカエデが頑張るのよ。コンテストで優勝すればこの家は安泰だから」
いつもヒステリックな母が、静かに言う。
没落しかかっているこの家は、兄で保たれていた。優秀な兄のおかげで、なんとか威厳を保てていたのだ。その役目が、急に私に振られて、兄がいい気分なわけがない。本来なら、その場で殴られて蹴られていてもおかしくないはずなのに。兄は、微笑ましいといった顔で笑っている。
『洗脳だから』
リンドウが私にだけ聞こえるくらいの声で答えた。この場、すべてが気持ち悪いもので構成されている。耐えられなくなって、階段下の自室へと逃げ込んだ。
「なんなの、なんなのあれ」
『カエデが望んだものだ』
「優しい両親に、優しい兄。確かに望んでたけど、いざ目の前にすると気持ち悪くて仕方ないわ」
『そうだろうな』
「私が兄の代わりに出るの?」
リンドウに問う。リンドウは幼子に教えるかのように、事細かに両親が兄の代わりに出ろと言うコンテストの概要を喋った。
リンドウの他にも、異能持ちの機械人形がいて、それらを戦わせて最強を決めるのがそのコンテストの目的だという。要するに誰がどれだけ強いモノを持っているのかを競うだけの娯楽だ。優勝すれば、凡人では一生使い切れないほどの賞金が手に入る。没落しかけのこの家からすれば、喉から手が出るほど欲しいものだ。だから、そのコンテストで優勝しなければならない。
概要を聞けば聞くほど、私が兄の代わりに出る必要性はないように思えた。
『ここにずっといるつもりかい?』
リンドウは静かに言う。母とは違うトーンで。
今のままなら、家族は私のことを愚図とは言わない。兄も、私に暴力は振るわないだろう。でも、このままの見せかけだけのハリボテのような家族と一緒に暮らしていくのは、苦痛で何かがすり減っていくに違いない。優しい言葉が毒に聞こえることだろう。優しく触られるたびに、気持ち悪さを感じるだろう。それをずっと?
―――耐えられるわけがない。
『そう、それでこそ僕の主だよ』
リンドウは満足そうに笑った。
□□□
コンテストの日まで、階段下の自室に引きこもって過ごした。変わりきった家族と過ごすことは、不快でしかなかったからだ。お風呂とトイレ以外は、リンドウに任せて食事を持ってきてもらったりしていた。生まれてはじめて、自分の責務から逃げているようで、それもこの家にいること自体の居心地の悪さを加速させている。一刻も早くこの家を出たい。そのためには、リンドウと共にコンテストに出るほかないのだ。私の思考はそれでいっぱいだった。
そして、コンテストの日になった。必要な書類だけもって、早朝に家を出る。もうここに戻らなくてもいいと思うと、少しだけ心が落ち着いていく。
日が高くなるころに、私たちは闘技場についた。受付で、必要な書類を渡し、入場する。後は、呼ばれるのを待つばかりだ。
思ったよりも早く、順番がやってきた。
『小さな主よ、見ててね』
広い闘技場にぽつんとリンドウが立っている。それに対するように立っている大きな機械人形。リンドウのような細くて脆そうな身体をいとも簡単にボロボロにしてしまえるような大きなモノだった。
一瞬の不安を覚えたが、最強の異能を持つとされる機械人形ということを思い出して、リンドウに手を振る。リンドウは、ゆっくりとこちらに手を振り返すのだった。
闘技場に戦いの開始を告げるゴングが鳴り響く。ビリビリと身体がしびれていくようだった。
開始と同時にリンドウは手のひらから、青い燃えさかる炎で相手を包み込む。包み込まれた相手は、何をすることもなく、ただ倒れていった。そして、ボロボロに砕けたのだった。
闘技場にどよめく声と歓声が入り交じる。どうやらこういったことは、あまり前例のあることではないのかもしれない。スタッフがバタバタとしながら、崩れきった機械人形を回収していく。そうして、次の機械人形がリンドウと対峙する。
結果は、先ほどの機械人形と同じだった。
リンドウは、手のひらから青い燃えさかる炎で次々と機械人形を粉々にしていった。前回優勝していたと言われていた機械人形でさえも、まるで作業をするかのように、崩れさせていく。これが最強なのだと証明できてしまうような試合の数々。いいや、試合ともいえない、ただの圧倒的な力の証明だった。
あれよあれよという間に、優勝が決まった。手元には、大量の賞金がある。
『さ、主はどこに行きたい?』
「寒くなくて、適度に暖かい場所に行きたい」
『さすがだね』
リンドウと賞金を手にしたまま、闘技場を後にする。近くを通っていた馬車に乗り込んで、そのまま街の外へ向かう。小さくなっていく街を見ても、悲しいだとか寂しいだとかそういった感情が一切湧き上がることがなかった。ああ、ようやく自由になれたのだと、嬉しさがこみ上げてくる。
不思議と、不安なんて、もうどこにも存在していなかった。あるのは、嬉しさと喜びだけだ。
『どこまでもそのままでいてよ、僕の主』
リンドウがつぶやいた言葉すら、私の耳には入っていなかった。いいや、聞き取ろうとすらしていなかった。こんなにも胸が高鳴ることがなかったから。
迷いや不安もなく、こんなにも心が満たされているのは初めてではないだろうか。もう怖いものなんて、ひとつだって、ありやしないのだ。
ここには、最強の異能を持つ機械人形がいるのだから。
―――私たちはどこまでだって、いける。
少女と機械人形 武田修一 @syu00123
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