#134 空想戦

 やはりというか、尻が痛くなると騎馬を拒んだシリュウ。六騎馬一徒歩の編成で淡々と道中を進み、村を出てから二十日が経った。


 その間気温がグングン上がって外套を収納魔法スクエアガーデンに放り込んでいる。こういった気候の変化も旅の醍醐味なのだが、暑さ寒さに良くも悪くも鈍感なシリュウには多少の同情を禁じ得ない。


 そんな相変わらず人間の文明と一人戦うも惨敗続きなシリュウはさておき、俺たちはノーステイル地方の領都、港湾都市として栄えるノースフォークを遠く一望できる丘上の小さな砦に到着した。


「おお、これは壮観だ……な?」

「すげーなー……あぁっ! すごくないっ!」


 監視塔としての役割が強いこの砦からの眺望は見事というべきで、都市の形がはっきりと見える。


 しかし、感嘆と同時に引っかかるものがある。それは建物の屋根。目を強化して凝視した限り、全てが鈍色にびいろに見えるのである。


 統一している、あるいはさせられているのだとしたら何かしらの理由があるのは間違いない。少し考えてみるが、同じ沿岸沿いのマラボの街村には無かった特徴なので海は関係ないだろう。さらに帝国は八神教を国教とし、全土に信仰が強制されていると言っても過言ではないだけに地場信仰でもありえない。


 だがそれとは逆に壁は白や水色、茶や黄、他には朱の色も見えたりと、都市民に景観やら建物に執着がないという訳でもないのだろう。


(異様、とまでは言わんが……まぁここで考えてても仕方がない)


 このような大きな都市は高い外壁のおかげで外縁は暗くなりがちなのだが、海からの光のおかげでその弊害は軽減されているように映る。


 遠く沖合には漁船だろうか、多数の船が海面に揺れているのが見て取れ、港では船に荷を積むための起重機が忙しなく動き、積み終わったのであろう船が西へ西へと出航している。


 これまで見てきた沿岸沿いの街村とは規模が全く違う。


「ともかく、楽しみだ」

「はやくいこうお師!」


 強敵と遭遇した時の笑みと、こういう時の笑みに違いがあることに最近気がついた。俺も師としての自覚が出てきたという事なのかは定かではないが、早く街入りしたい心持は同じ。


 強化魔法越しで見る街並みを堪能し、詰めていた騎士団員らの挨拶は済んでいる。諸手続きが終わればもうここに用はない。


 そう思った矢先、ラインハルト氏が準備が出来たと石造りの階段をコツコツと上がってきた。この間の良さは見計らっていたのかと勘繰りたくなるが、それは詮無い事だろう。


「行きましょう」

「はい」

「おっしゃーっ」


 ここから馬は他の団員に預け、徒歩に切り替えて街へと向かう。屋根の事を聞いてしまおうとの道すがら、先にラインハルト氏が面白い遊びを提案してきたので一旦お預けだ。


「空想戦などいかがでしょう。ルールなどはご存じで?」

「いいですね。もちろん存じております」

「結構。では殿はこの都市をどう攻略しますかな?」


 俺が街と地形を一望し、盤面は把握しているだろうという前提である。確かに先ほど砦の屋上から十分に見ているし、何なら砦の大まかな内部構造まで把握している。暇つぶし程度の戦いは出来るだろう。


「条件はいかに」

「防衛側戦力は一万。期限は三十日。壁内、壁外共に西、南、東の三区画としましょう。勝敗は東にある大きな建物、領主の館なのですがあれを包囲ということで」


 実際に建っている建物を指さし、ラインハルト氏はこの遊戯の最低限の条件を告げる。


 これは帝国騎士が暇つぶしにとよくやる遊びで、一日一手で進む。三十日という事は三十手以内に領主館包囲の成否で勝敗が決まるが、所詮は遊びなので他の細かい条件は戦の常識の範囲で察するのが基本だ。


 その『戦の常識』という知識、経験があるか否かも試される訳だが、一応の知識は押さえてあるつもりなので支障はないだろう。


「ふむ……」


 攻城戦の攻撃側戦力は防衛側の三倍までを限度とし、それ以上を投入した時点で負けとなる。野戦はまたルールが違うのだが今はいいとして、つまり攻撃側である俺は三万を超えないように計算しながらこの遊戯を進めていくことになる。


 ここで三万という兵力はあくまで最大であって、二万でもいいし一万でもいい。より少ない兵力で勝利すれば、それだけ相手に悔しい思いをさせられる、という優越感だけ得られる。


 だが今回に関しては最大まで使う事にする。初めてここに来たよそ者の俺が枷を負っては氏の矜持に礼を失するというものだ。


 実戦と同じく、戦はまず得るべき成果は何かと考えるのが正しい。


 民間人を巻き込まず、建物も出来るだけ破壊せずに、速やかに都市機能を麻痺させる。そのためには条件にある通り、領主を捕らえて降伏させるのが最も手っ取り早い。


 例えばここで少数、もっと言えば一人忍び込んで闇討ちという手段は非現実的なので通用しない。


 因みに兵を動かし続けて局面を分散し、相手の計算間違いを誘うという盤外戦術もあるというのがこの遊戯の面白い一面ともいえる。


 とは言っても相手が熟達者であればあるほど酒酔いでもしない限り兵数計算を間違う事はない。つまり団長という肩書を持つラインハルト氏がそのような誤りを犯すとは到底考えられないのでここは正々堂々壁外戦、壁内戦を経て旗を打ち立てる以外にないだろう。


 戦の幕がここに上がる。



 ◇



 一手目攻撃側「兵一万ずつ南壁、西壁へ。四千を東壁へ展開」

 一手目防衛側「南壁、西壁へ三千ずつ、東壁に二千展開」


「(お手柔らかに……っと)」

「(早速偏らせましたか)」


 二手目攻撃側「南壁攻撃開始」

 二手目防衛側「不動」


「(攻めるが勝ちよ)」

「(迷いがないですな)」


 一方が攻撃し、一方が動かなかった場合、攻撃側は無傷で最小単位である一千の損害を与えることが出来る。


 しかしここに壁がある場合はこの立場が逆転する。つまり南壁の攻撃側が一千減り、防衛側は無傷という事だが、防衛側の要である壁は二手応戦しないと三手目で壁を破壊されてしまい野戦状態となって優位性を失う。


 加えて、壁を有する防衛側が攻撃し、攻撃側がこれに応じなかった場合、攻撃側に防衛側の人数と同数の損害が一方的に発生する。


 三手目攻撃側「西壁攻撃開始」

 三手目防衛側「南壁防衛開始」


「(まずはこちらの兵をまずは削りますか。ふむ)」

「(三十日という期限は実は幻という事くらいは知ってて当然か)」


 戦闘開始となれば壁のある防衛側は一手で一千ずつ、攻撃側は防衛側の三倍の速度、三千ずつ減ってゆく。


 四手目攻撃側「西壁へさらに五千展開」

 四手目防衛側「……西壁へさらに一千展開」


「(ふっ、答えを言ったようなものですよ?)」

「(大きく偏らせましたか……これは……)」


 五手目攻撃側「西壁追加五千、攻撃開始」

 五手目防衛側「西壁防衛開始」


 五手目終了現在、二手目に攻撃を開始した南壁の兵は攻撃側が七千減って三千、防衛側は二千減って一千。三手目に攻撃を開始した西壁は攻撃側残一万一千、防衛側残三千。東壁は未だ膠着している。


「(次で勝敗もこの方の人となりもわかろう)」

「(敵陣営にはまだ一千の余剰兵があるが、東壁に配するは論外。即応すればこちらに五百残る。南壁に配したとしても六手終了時点で両陣営は壊滅。南壁を破壊するにはあと一千の犠牲が必要なだけに配する意味はない。問題は西壁。このままでは三手で敵は残二千の状態でこちらは壊滅……壁の破壊はそこから一手、一千の損害を与えるとしても余剰兵一千と合流して二千となり、さらに敵東壁四千に崩れた西壁に移動されて計六千となってしまう。これを止める術はないだけに、こちらが次手で余剰兵一千を西壁に配すれば七手目終了時点で敵四千、こちらは二千。こうなれば防衛側に一千以上の兵が残る。既に私の勝ちなのだが……お分かりかな?)」


 そして、勝敗が決する六手目。


 六手目攻撃側「残りの一千を……砦の地下通路へ展開」


 まさかのジンの一手に、勝ちを確信していたゼノンは二つの意味で驚いた。一つは館に通ずる隠し通路が砦に存在することが露見していたこと、二つ目は当然、その一手で負けが確定してしまった事である。


「なっ!? ど、どこでそれを!」

「私は探知魔法サーチ使いですよ?」

「ぬぅ……っ!」


 砦の通路は館へ直通だった。ここから一千の敵兵を迎え撃つには残余兵で迎撃、もしくはいずれかの戦場から最低一千の兵を退いて館に展開する必要がある。


 六手目防衛側「残り一千を……通路へ展開」


「やはり直通でしたか。正直なお方だ」

「嘘は……つけますまい」


 だが、残余兵を使えば通路の敵は相打ちにできるが、ゼノンの考え通り、残余兵が無ければ西壁が破壊されて敵二千がなだれ込んでくる。


 この遊戯の特徴として、負けが確定した時点で降参することも出来るし、最後まで戦い抜いて敵兵をどれだけ削るかまで続けることも出来る。


 結局、ゼノンは後者を選択し、剰余兵一千を通路に配して相打ちに、西壁を破壊してなだれ込んだ一千を東壁に展開していた二千の内一千で相打ちに持ち込んだ。


 最後は東壁に残っていた攻撃側の四千が西壁に回り込んで防衛側東壁残一千と野戦となり、結果は攻撃側残三千、防衛側壊滅で勝敗は決した。


(早すぎる! 二人とも頭ん中どうなってんだよ!)

(くっ……ジン殿に一千残ってたのか)

(隠し通路……あったの?)


 団員らは困惑の表情を浮かべながら、静かな拍手を二人に送っている。



 ◇



 今回俺は、攻城兵器や土竜戦術など数え切れぬほどの戦術がある中で最短決着を選んだ。


 当然通路の存在を知っていたからというのがその選択をした理由だが、二手でラインハルト氏が先に通路を破壊していれば勝負の行方は分からなかった。


 しかしその手段は俺に隠し通路を露見する事と同義。そんな手は取らぬだろうと予想するのが普通だ。一千を手元に残した時点でラインハルト氏の責任感が分かるというもので、実際に万が一に備え、領主館を速やかに守護するための一千を戦場に投入しなかった事が勝敗を分けたのだ。


「勝たせてもらえませんでしたが、後学になりました」

「負けが嫌いなもので。ですが、この性分せいでよく嫌われます」

「はっはっは。確かに組織で成り上がるには可愛げに欠けますが、今時流行りませぬ。そのままでよろしいかと」

「ふふっ、恐縮です」

「さぁ参りましょう」


 こうして、俺たちはノースフォークの門をくぐった。



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