四章 大航海編
#132 いざノースフォークへ
「出ってこいまもの くってやる~ ほーねまでばりばりくってやる~」
(何を言っているんだこ奴は)
魔物は倒した時点で魔力核を残して消えるので食えない、などとは突っ込まず、ゴキゲンなシリュウの謎の唄を聞き流しながらスルト村を出て北上。村の管轄路の北端となっている三叉路に差し掛かり、ここを超えれば本格的に旅の再開となる。
ちなみにこれを北西へ進めばコーデリアさん、もといその夫であるハッシュ・ティズウェル卿が治めるスウィンズウェルへと向かい、北へ進めばスルト村や交易都市マイルズの台所を支える港町シーモイに行きつく。
俺たちの目的地は北東、ノーステイル地方の領都である港湾都市ノースフォーク。シリュウには聞こえぬようフッと息を吐き、改めてその一歩を踏み出した。
その、ノーステイル地方。
元々はバイスリー家という有力者が支配していてそのままバイスリーと呼ばれた地だったが、アルバート帝国に併合されて間もなく現地名となった経緯がある。
海に面した領都ノースフォークは豊富な漁場に加え、オルロワス大火山の恩恵を受けている数少ない都市である。長い年月をかけてできた火山灰を主とする土壌は保水性と通気性の両面に優れており、その肥沃な土地は食を支える農業に大きな恩恵をもたらしているらしい。
このような有利地には人が集まるというのは古くからの常だろう。人が集まることで集落が町に、町が都市に、悪政さえなければ富の分配が起こって都市はさらなる進化を遂げる。現にノースフォークは今も昔も西大陸北部では古都ディオスに次ぐ大都市として広く認知されている。
特筆すべきなのはそれだけではない。ノーステイル地方は先の戦乱で併合されたジオルディーネ王国を除けば、最後に帝国領となった地だという事だ。
併合する以前から既に広大な版図を有していたアルバート帝国だったが、最後の最後までバイスリーを併合できなかった理由も、オルロワス大火山、そしてそのオルロワス大火山を抱える魔境クテシフォン山脈にあると言える。
クテシフォン山脈は武器防具に欠かせない鉱山資源を豊富に蓄えているというものあるが、その武器防具が活躍する機会がこの地には非常に多いのだ。
クテシフォン山脈で生まれた魔物はそうでない魔物と比べ、段違いに強い。分かりやすくサイズからして違う上に、有する魔力も段違い。既に同じく魔境と呼ばれるサントル大樹海の魔物や魔獣とやり合っている俺にとって驚きは少ないのかもしれないが、少なくともスルト村の周辺で発生する魔物らとは一線を画すと聞く。
この事からノースフォークには強力な魔物から民を守り切れるだけの戦力があることは自明の理。バイスリー時代でも軍やそこに住まう冒険者、時代的に傭兵も盛んだったことを考えれば、アルバート帝国が慎重だったことも納得がいくというものだろう。
しかし、最終的には時の帝国による経済封鎖にあって無血併合が果たされたというのだから、当時のバイスリー為政者にはそれから半世紀経った今でも称賛を送らせて頂きたい。この英断があったからこそ帝国はバイスリー家を厚遇し、伯爵位を与えて今なおノーステイル地方を治めさせている。
保身の為に領土を売ったと見る向きもあるが、民からすれば戦で血を流さずに済んだという事の方が大きかったはず。以降戦がなく、平和に過ごせているならそれに越したことはないだろう。
文化や思想までをも食らいかねない併合ではなく、共存の道は無かったのかと
そのような事にならないように水面下のやり取りがあったのは定かではないが、あえて言おう。手段はさておき、皇家の大いなる野心は嫌いではない。
さて、そんなノーステイル地方へと続く三叉路を北東に進んで丸二日が経った訳だが、ここまで長々とこの地ついて述べたのには訳がある。
それは、ここまでノースフォーク騎士団によるスルト村包囲網を簡単に通ってこれたのにもかかわらず、ここへ来て突然待ったが掛かったからである。
「貴殿はジン・リカルド殿で相違ありませんか」
「いかにも」
「お連れの方はシリュウ殿で相違ありませんか」
「い~か~に~も~」
最初こそ包囲網にかかる度に名を確認されて足止めされる事に
しかし、今回ばかりはただの確認作業で終わらせる事は出来ない。
各地の騎士団はそれぞれ鎧の姿形は違うものの、帝国騎士であることを証する紋章は共通だ。そんな中、俺は今目の前に立つ騎士ら……いや、紋章の入っていない、騎士鎧によく似た別の鎧を纏う者たちを逆に
「さすが、もうお気づきのようで」
俺の
我々はノースフォーク騎士団の者ではない、そう言外に含んだ言葉だったが腰の舶刀に手を伸ばすまでには至らず、相手は早々に正体を告げる。
「我々は帝国騎士ではありませんが、正式にノースフォークに所属する軍であります。このスルト村監視網の一翼としてご領主の命を賜っておる次第」
「(軍……だと?)そうですか。我らはここを通してもらえれば何もいう事はありませぬ」
「ええ。騎士団を通じて貴殿らの事は聞いております。我々としてもお通ししない理由はありません」
ならば話は早い。騎士でもないのに軍を名乗るなど帝国ではあってはならないはずだが、敵対行為がないのならノースフォークに着いてから信頼できる筋で確認すればいいだけの話。その当てがある以上、ここで初対面のこの者らと問答することの意義を見出せない。
道を開けろとは言わない。では、とシリュウともども横を通り抜けようとしたところでやはりというか、ズシリと空気が重くなる。
幸いな事に殺気ではない。
これは気迫の類だ。
「ノースフォークには皇帝陛下に仕える騎士団とは別に、古くからバイスリー家にのみ仕える者たちがおります……それが我々、領都守護戦団」
つまるところ、バイスリー家の私兵ということだろう。
「して、どうされるおつもりか」
傲慢な態度で来ようものなら無視して進むのだが、身を明かした鎧の者は部下らしき取り巻きを退かせ、無礼を承知でと丁寧に頭を下げた。
「冒険者でありながら、アルバニア騎士団隊長であられるジン・リカルド殿にしかお頼み出来ぬこと。ぜひとも戦団の長を任されているこのゼノン・ラインハルトとお手合わせ願いたい」
「……ふぅ」
まぁ、この展開は早々に予想できていた。
村滞在中は駐屯隊にもアルバニア騎士団にも、さらにマイルズ騎士団にもこの手の者は多くいた。皆が皆腕試しにと迫って来たのだが、それら全てに応えていては一日がそれだけで終わってしまう。
役目ではないと角の立たぬ程度に付き合いつつ大体は断っていたのだが、事これに至っては愛想でやんわりと切り抜けるとはいかなそうである。
しかし、そうなると肩を落とす者がいる。こちらの後始末の方がよほど手がかかるだけに、ため息が込みあがるというものだ。
俺の横でグイグイと四肢を伸ばして戦闘準備に余念がない様子だが―――
「……シィは?」
「お呼びじゃないな」
「そん……な……」
皆まで言う必要はないだろう。
ノーステイルの歴史を知っていれば領都守護戦団などという戦力が存在するのもある程度は理解できる。ラインハルト氏はただの強者ではなく、アルバニア騎士団の隊長という肩書を持つ者、つまり俺でなければ意味がないのだ。
気迫を当てられた段階で犬歯をのぞかせていたシリュウは気もそぞろに俺たちの会話を話半分しか聞いておらず、ようやく自分の出る幕がなさそうな事を察して俺に確認するが、それが事実であると分かるとがっくりとうなだれていじけてしまった。
「お師だけずるい!」
他人ならともかく、さすがに俺を名指しする相手との間に割り込むような事はしないようだ。街道
シリュウがその場から離れ、俺が一定距離を取った段階で受けてもらえると察したラインハルト氏。
もう一度静かに頭を下げ、つらりと剣を抜いた。
対する俺は舶刀の柄に手を添えて腰を落とし、手合わせの承諾と開始の合図、両方を示す言葉を投げかけた。
「互いに遠慮なくいきましょう」
「願ってもない……望むところっ!」
―――――――――
■近況ノート【1年ぶり】
https://kakuyomu.jp/users/shi_yuki/news/16818093090610310957
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