#127 暗き瞳に映すのは

 皇城が魔物大行進スタンピードについて箝口令を敷いた事もまた特筆すべき事だろう。


 情報が他の町村に漏れぬよう、南と西をアルバニア騎士団、北と東をノースフォーク騎士団で包囲し、人荷じんかの出入りに厳しい規制を敷いたのだ。


 つまり村から一定距離を取って人海戦術でぐるりと包囲し、街道では厳しい検問を行っているという。


 当初ノースフォーク騎士団は遅れて何をしに来るのかと甚だ疑問だったが、皇城は魔物大行進スタンピードの報を受けた時点でこの絵を描いていたのだ。


 人荷の流れは全て皇城が管理し、これが解かれる日は未定。なんとも不便になったように思えるが、実はそうでもなく、豊富な物資が次々と入ってくるおかげで村人が不便を感じる事は無いと言える。


 最初にこれを聞かされた時は妙な窮屈感がぬぐえなかったが、別に村中を監視されている訳ではないので早々に慣れてしまった。


 この事に関連して、駐屯隊を倍増する準備が進んでいる事も捨て置けない。


 現在スルト駐屯隊は百名で構成されているが、ここにさらに百人を加えて二百余名の組織にするらしい。


 魔物大行進の影響で村の魔素濃度が上がってしまっている現状、これが元に戻るのかは不明なので皇城としては当然の対処だろう。


 さらに村の拡張を考慮しつつ外縁に大規模な防壁を築くことも決定されており、そのための人足にんそくも徐々に増えつつある。


 また、マイルズ冒険者ギルドが村に支部を設置するという噂も入っており、ギルドも此度の魔物大行進は看過できないと判断したのかもしれない。


 何にせよ、村が大きな変化を遂げつつある。


 村を後にし、再び舞い戻る数年後には俺の知る故郷では無くなっているのかも知れないと思うと幾分物悲しい。


(これも時代の移ろいよ)


 世の中は何か常なる故郷よ昨日の静か今日は砦に ※


「……真っすぐな良い駄句だ」


 久しぶりに良い句出来そうな気がして引き続き言葉を遊ばせていると、そよ風を纏ったアイレがニヤニヤとしながらやってきた。


 この風がないとアイレはそこかしこにぶつかってしまうので常に共にあると思っておく必要がある。


「やほ。今のなに?」

「おぅ。今のとは?」

「世の中はって」

「良すぎる耳も考え物だな……歌だ」

「うた? どこが? 喋ってただけじゃない」


 バッサリと切り捨てられて若干腹が立ったが、駄句なだけに強く出ることは出来ない。


「なんという事を言うんだ。限られた言葉数で情景と心情を……いや、ただの言葉遊びだ……」

「?」


 もう説明する気も失せたので雑に誤魔化すと、アイレも大して興味もないと言わんばかりに切り替えてテーブルで仰向けになっているセキを抱き上げる。


「明日だな」

「そうね」


 俺の短い問いかけに短くそう答え、笑みを浮かべながら暗い瞳にセキを映した。


「心配?」

「多少な」

「多少かぁ」


 村全体が忙しない時期に慣れ、皆に余裕が生まれ始めたつい先日。


 この会話もそろそろ黙ったままでは居られないと、アイレが魔人ニーナの顛末をシリュウへ告げた事に端を発する。


 魔人ニーナはシリュウの兄、ガリュウの仇。


 穏便に済むとは到底思えなかったこの告白の前に、俺とルーナは腹を括って立ち会った訳だが意外にもシリュウは冷静だった。


「兄様がまけたてきにかったやつとたたかいたい」


 そう言ったシリュウの眼差しを受け、こうなる事は予想していたのであろうアイレは快諾。


 マティアスさんには俺から説明して村に迷惑はかけないと言っておき、駐屯隊にはシリュウとアイレの模擬試合ということで話はつけてある。


 場所は屯所の訓練場では狭すぎると判断し、シリュウが焼き払ったブカの森にするという事になっている。


 準備に抜かりはないのだが、俺はどこか寂し気に映るアイレの様子が気になっていた。


「心配ないわ。シルフィの力は借りないし、私だけでも十分戦える」


 本来、竜人と風人は非常に相性が悪く、圧倒的な力で押せるシリュウを相手にしては分が悪い。


 しかし、アイレは極上の風使いでありながら無属性魔法までも使いこなし、今となっては亜人の中でルーナに次ぐ強者であることは揺るぎない。


 そこに聖霊の力が加わろうものなら、ルーナとて絶対ではなくなる次元にいるのだ。


 アイレはふわりとセキを宙に浮かせて頬に触れながら不敵に笑ったが、俺が心配しているのは戦いの事ではない。


「さぞ、有難られているんだろうな」

「……何のことかしら」

「ヴェリーンさんもなんだから、今更その事を気にかけているわけじゃない」


 そろそろ俺にも話してくれていいだろうと、直球で聞いた。


 するとアイレは浮かせていたセキを抱き、椅子に座って観念したように口を開く。


「ジェシカにも診てもらったの」

「母上はなんと?」

「駄目だって。傷は治ってて何の支障もないはずなのに、瞳が役割を果たそうとしてないっていうか……止まってる、っていうのかな」

「止まる……」


 聞けばエーデルタクトに帰ってほどなくして、アイレはガーランド騎士団を訪れて目が見えないことを相談したのだという。


 そこの二番隊長が治癒魔法師らしく、先の戦時下では回復部隊の隊長も務めていた優秀な能力者であり、知り合った縁で診てもらったらしい。


 だが、その者もアイレの目を治すことはできず、母上と同様になぜ見えないのかもわからなかったと言った。


「おそらく聖霊のだな」

「なーんだ。やっぱり知ってたの」

「なに、当然の帰結というやつだ」


 神の眷属をその身に宿した者。


 その者は宿したその時をもって時が止まる。


 この事は竜の狂宴ドラゴンソディアのリーダーで獣従師、クロード・ドレイクが聖獣リンブルムを宿した時の話で知れているし、帝都の学院で邂逅したリアムとて同じ。


 聖獣と聖霊という違いはあれど、目を潰され、視界を失ったアイレがシルフィードを顕現させた時をもって宿したと考えれば辻褄は合わせられる。


 その理屈で言えばその時に受けていた怪我も治りそうになさそうなものだが、事実傷は治っている。それに見えないことが傷だとは言えない部分もあるので、現状にこじつけてしまえるのは否めない。


「歳を取らないか。よかったな、のままで居られるじゃないか」

「うわっ、ムカつく!……でもまぁ、そのおかげで私は里で神様みたいになっちゃってるけどねぇ」


 俺の戯言にアイレも続くが、これが時折見せる彼女の翳の正体だろう。


 皆から憧れと好意を向けられていた風人の姫とて、風人の一員に変わりはない。


 だが、聖霊を顕現させたアイレはもうただの風人ではなく、神の眷属であるとして、超越的な存在として崇拝されている立場に寂しさを覚えているのだ。


 それがこの村に来て多少は薄まっているとはいえ、ふと村人から寄せられるそれに近しい感情に思うところがあるのだろう。


 聖獣と聖霊。


 世界の守護者と解放者。


 俺がこれまでの旅で見聞きしてきたものの中でも一級の謎めいた存在だが、対極に位置しているという二つの存在は、古くから何かしらの役割をもっていることは間違いない。


 その運命とやらを背負う者たちに対し、一人間に過ぎない俺ができることなどほとんど無いのだろう。


 アイレにしてもルーナにしても、良き友として俺が生きている限りはよろしくやっていくつもりだ。


「不老不死に嫌気が差しても自害はするなよ」

「そんな事しなくてもシルフィにお願いすればお別れできるもん」

「なんだと? それを早く言え」


 それは初耳である。


 割と踏み込んだことを気軽に言ったような気がするが、当の本人はさっぱりしたもの。そういう事については散々考えたのだろう。


 クロードさんからも、マーナと共にいたクリスさんからもそんな情報は聞いていないが、聖霊がそんな着脱可能な存在なのだとしたら何とも便利ではないか。


「その瞬間に死んじゃうけど」

「それは……自害と変わらんな」


 全然便利じゃなかった。


 この世はそう簡単に出来ていないという事か。


 思えば、聖獣シュリイクサを宿したリアムは共にいた記憶と時を犠牲に今も生きている。


 これを聖霊に置き換えた場合、シルフィードがアイレから離れればアイレは死に、アイレを生かせばシルフィードは死ぬという事。


 聖霊に死の概念が当てはまるのかは疑問だが、シュリイクサ同様に魔素に還るのなら人の視点からは死と捉えられるだろう。


 あの時シュリイクサがリアムを生かしたのかは定かではないが、俺の黒王竜の炎閃ティアマト・フレアとシリュウの火竜炎星ドラゴ・ノヴァをまともに受け、シュリイクサの体内にいたリアムが無事なはずがない。


 やはりシュリイクサはマーナがルイにやったように、己の存在を犠牲にしてリアムの存在を繋げたとしか思えないのだ。


 大勢の人間を手にかけていたというシュリイクサに同情の余地など微塵もないが、最後に主人の命を繋げたことだけは贖罪として思ってやれる。


 相変わらずアイレの中にいるシルフィードは顔を出さない。


 アイレという存在を大きく変えてしまった張本人は、今は黙する事がせめてもの出来る事だと思っているのかもしれない。


「ていうか、そーゆー事はっきり言われたの初めてなんだけど」

「わ、悪い……つい」

「そのついので割と泣きそう。ねぇセキ? あ、この子泣かないんだった」

「セ、セキはともかく、そう簡単に泣くな。俺も色々考えてある」

「っ……ふ、ふーん」


 やはり踏み込み過ぎていたらしい。


 アイレが相手だとつい思った事が口を突いてしまうのは何故なのか。


 一応色々考えていたことは本当なので、そっぽを向いたアイレに俺はまるで言い訳するかのように続けた。


「先の事は二人の問題なのは分かっているつもりだ。それに目は何とかなる可能性はまだあると思っている」

「えっ?」


 この言葉できょとんとするアイレから、シルフィードがようやく姿を現す。


 やはり自身が原因なだけに、新たな可能性の存在には黙ってはいられなかったか。


《 どういうことでしょうかジン・リカルド。早く教えて下さい。ほら早く、さぁ早く 》

「シ、シルフィ落ち着いて」


 そう急き立てるのも分からなくはない。


 俺はアイレの目が治っていないと知ってから何とかならないかと考えていた。


 まず浮かんだのがシルフィードをアイレから切り離すことだったが、早々にこれは出来ないと悟った。


 物理的にではない。両者は互いを思いやり、精神的に深く繋がってしまっているのでアイレ自身がこの手段を良しとする訳がなかったのだ。


 その次が母上なら何とか出来るかもと思ったのだが、結局はそれも叶わなかった。


 他にももう一度目を潰して治してみるだとか、ルーナの万物の選別エレクシオンを駆使すればだとか、強化魔法で目を覆うだとか、場当たり的な事が頭に浮かんだ。


 結局、どれもこれもアイレなら既に思いついていて然りという事で却下したのだが、たった今聖霊を宿したことに起因している事の裏が取れたことで、一つだけ光明が見えた。


 聖霊とは意志をもつ理。


 意志があるだけに随分と分かりにくいが、つまりはアイレに宿る魔力そのものという事である。


 極論、聖霊は魔法という事になり、さらに言えば原素魔法なのだ。


 であるなら、聖霊というに侵されたアイレの目は通常の治癒魔法では治らない。


 ならば―――


「帝都に居るノルン・サファシュルト魔法師団長。その人が俺の知る中で唯一、原素治癒魔法を扱える」

「えっ、と……?」

《 …… 》

「ああ。原素に関しては難しいことはない。アイレだけじゃない、聖獣ルーナ古代種コハク竜人シリュウも、要するに人間以外が使う魔法は全て原素魔法だと考えてくれ」

「そう、なんだ」


 こんな区別をしているはごく限られた人間だけなので、アイレが首をかしげるのは無理もない。


 しかし今その事は大して重要ではない。そもそも治る確証などない事を前提として、ノルン団長にその治癒魔法を施してもらうには大きな障害があるのだ。


 シュリイクサ戦でノルン団長が見せた治癒魔法も星刻石が埋め込まれたあの特別製の杖があってこそ。


 あの杖は皇帝の持ち物であり、ノルン団長が常に持っている訳でない。それを皇帝に頼まなければならないのが一つの障害となる。


 その頼みもルーナならなんなく引き受けると思うが、仮にルーナの頼みで皇帝が首を縦に振ったとしても、獣人国、並びに風人の里は帝国に大きな借りを作ることになるだろう。


 これが二つ目の障害。風人の里はともかく、獣人国にまでしわ寄せが行くことをアイレが良しとするか否かは聞くまでもない。


 そして最後が、この頼みをするにはアイレが聖霊を宿す者という事を皇帝に知らさなければならないという事だろう。


 間違いなく帝国の上層部には広く知られてしまうことになるし、この村でさえアイレは俺と近しい人間にしか話していない。


 シルフィードを含め、果たしてそれを許すかどうかは甚だ疑問である。


《 却下です。あの獣に借りを作るなどありえません 》

「こら。そんな言い方しない」


 しかし、予想していなかった角度から即却下され、俺はついのけぞってしまった。


「な、仲が悪いのか君らは」

《 それに皇帝とは私の知る限り人間の長でしょう。そのような者に私の存在が知られ、その上で借りが出来るとなればアイレシアを巻き込む不穏な歯車が回ってしまうかもしれません 》


 次いで俺が思っていた危うさを即座に見抜いたシルフィード。


 この的確な指摘に反論の余地はない。


「むぅ、やはり難しいか……すまないが、他は今のところ」


 試してみるという事が出来ない以上、成功が確定でない限り冒す危険に見合わないのは明らか。


 可能性ばかりに目を向けて、俺はアイレとルーナが背負わされるものを軽視し過ぎていた。


 だが、波のように押し寄せてくる後悔に俺が胸元のシキに沈んだ顔を晒しかけたその時、


「やめて、謝らないで」


 アイレは力強く俺にきっぱりと言った。


「考えてくれてただけで私はとっても嬉しい。だから謝らないで」

「そ、そうか」

「シルフィ」

《 ……ジン・リカルドのいう原素というものがよくわかりませんが、私と近しいものならあるいは。教えて頂き感謝します 》

「お、おぅ」


 アイレの声音を敏感に察したシルフィードは即座にそう付け足してこの話は一旦ここで区切り、ついでに弟妹の日光浴もそろそろ終わる時間になったので二人を家へ帰した。


「珍しくシキが泣かなかったな。幼くして出来る妹をもったものだ」

「出た、兄バカ。たまたまでしょ」

「いや、君が風であやしていただろう」

「……そこは気づいてないフリしときなさいよ」

「なぜだ」

「はぁ」


 未だルーナとコハクは木の上で熟睡中。


 起こしても詮無いので今日はアイレと過ごすことにしたが、


「明日に備えて軽く相手になるぞ? シリュウは屯所で暴れまわっているだろうしな」

「やだ」

「なぜだ!? 俺では不足か!?」

「はぁ」


 一日中、事あるごとにため息をつかれたのは何故なのか……―――


《 おのれジン・リカルド。こうもアイレシアの心を弄ぶとは許せません 》

「違うわ」

《 ? 》

「馬鹿なのよ」

《 なるほど。それなら納…… 》

「私が」

《 ……え? 》










――――――――――――

※世の中には何が変わらないものとしてあろうか。(いや、ない。)(あれほど)静かだったふるさとでさえ(もうすぐ)砦になろうとしているのだから。


日常回もそろそろ終わる予定です。

今話もやたら長くなったし更新空いたし、ダブルでごめんなさい。

お詫びに一つ遊びを入れたいと思います。

貴方ならこの異世界スマホ並みハーレムで誰を瞳に映す?

1 母上

2 コーデリア

3 アリア

4 ノーラ

5 ミコト

6 レオ

7 アイレ

8 コハク

9 ルーナ

10 シリュウ

11 システィナ

12 全スルー

13 ご自由にどうぞ

なお、如何なる結果でも物語に影響はありませんw

誰だっけは禁句で。気が向いたら読み専さまも数字投げて遊んでってね。

HRダービー並みにフルスイングで返します。


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