#125 虎の矢と春夏秋冬Ⅲ
「お~い、ジンはー……」
「……え、魔力? これってコハクの魔力だよね。ジンが居て、あと三人? 子供? 囲まれてる?」
目の前の光景を探るアイレは状況を次々と言い当てていくが、何が起こっているかまでは分からない。
村の中でコハクが氷魔法を展開している事自体が由々しき事だが、それで周りが騒いでいる様子は無い。
だが、目の当たりにしているはずのルーナが横で唸っているので、何もないとは思えない。
「ねぇ、なんか起こってるの?」
「えっとやな……氷のなんや、花? みたいなんが咲いとって、そん中でコハクとコハクくらいの子供がキャッキャしとって、その側でジンはんが絶望しとって、悪ガキがジンはんの肩叩いとる」
《 いいえ、逆です。ジン・リカルドは感極まっているのでしょう 》
「……ごめん。わかんないや」
俺はこれほどまでに未熟だったのか。
背後でコハクは怯えながらも友を得ようとしていた事に気づかず、身勝手に振る舞ってハナを怯えさせ、コハクのやろうとした事を罰と決めつけ、気の利いた事も言えずに、ただ目の前の光景に打ちひしがれるのみ。
皆に見せたい、
「みみ」
「わっ、うごかせるの!?」
尊い光景。
「しっぽ」
「くすぐったいよー!」
こんなものが繰り広げられては、
「おひげ」
「あははっ、コハクちゃんのしっぽはじゆうじざいだね!」
「じゆうじざい」
俺は邪魔でしかない。
「くぉぉぉぉ……情けなしっ!」
「ジン兄ちゃん、よくわかんねーけどそうおちこむなって……イルねぇも言ってたしさ、女はなんたらかんたらって」
「全然覚えてないな」
「し、しかたないだろ……おれ男だし」
「……違いない」
子供に慰められている時点で情けない事この上ないが、そんな事は些事である。
そろそろ立ち直らなければと思った矢先、背後に近寄って来た人物を見てまずはカッツェが驚いた。
「おわっ! 白ネコのつぎは白ギツネ!?」
「おぅ、狐や。あっちは猫やのぉて虎や」
「こっちは……ちょーぜつびじん!? 男のてきってやつ!?」
「君はとてもいい子ね~、半分だけ」
「ちょうど良い所に来たな」
俺はすっくと立ちあがり、ルーナとアイレを振り返る。
二人はコハクの氷花を意にも介さず飛び越え、村人が遠目で見守る中、氷の円の中にズケズケと入って来た。
「なんや、立ち直ったんかいな」
「ああ。無力感と尊さに押しつぶされていたが……なんとか持ち直した」
「二人とも当たってるじゃん」
とりあえず俺の状態に関しては粗方予想は付いたとルーナが言うと、ハナと夢中になって遊んでいたコハクが二人の存在に気が付いた。
「はな るーな」
「はな あいれおねえちゃん」
コハクは順に指を差しながら、ハナに二人を紹介する。
普段と比べて若干声量が上がっている気がするので、コハク的には得意げなのだろうか。
そしてどうやらハナの耳にも獣人国の王の来訪の噂は耳に入っていたようで、つぎはぎだらけのスカートに付いた土埃をあわててはたき、二人の前に進み出た。
「は、は、はじめまして! じょおうさま! ひめぎみさま! わたしはハナといいます! あ、あの、その……こ、こはくちゃんとおともだちになりましたっ!」
(っ! な、なるほど……ジンはんはこれにやられたか)
(た、たしかに効くわね……)
見た目はコハクと大して変わらぬ年齢にも拘わらず、自分たちをそれと認識しつつしっかりとした挨拶。
二人はぐらりと揺らぎそうになりながらも、不自然さが出ないように冷静な対応を見せた。
「礼儀正しいのぉ。よろしゅうな、お嬢ちゃん」
「コハクと仲良くしてくれてありがとう。私達ともお友達になってくれると嬉しいな」
「え、あ、あの……いいん、ですか? わたしなんか―――」
「お願いしてるのはこっちなんだけどな~」
唇を尖らせ、イジケる素ぶりをした後のイタズラっぽい笑み。
これにハナは手をブンブンと振り、慌ててその提案に同意した。
「あのあの、えっと、な、なります!」
「やった、ありがとー! じゃあさっそく一緒にあそびましょ♪」
そう言って、アイレはコハクとハナの手を引いて遊び始めてしまった。
「バ、バケモノか……」
「かかっ、こればっかりはウチらの出る幕はあらへんて」
ひねくれ者の俺でさえ、今のやり取りがあざとく見えないのが一番恐ろしい。
アイレは計算ずくでやっているのは間違いない。だが、それが悪いのかと問われれば微塵も悪くないし、現に風に浮かされているハナとコハクは実に楽しそうである。
「じ、ジン兄ちゃん……おれ……」
そんな光景を横目に居心地悪くしているカッツェは俺を見上げ、どうすればいいのかと戸惑いながら話しかけてくる。
気持ちはわかるぞと頭をグシグシと掻いてやると、意外にもルーナが腕を組みつつ進み出た。
「悪ガキ。ヒマなんやったらウチがもんだろ。剣抜きや」
「おいおい、シリュウじゃあるまいし」
そう言って一旦は止めてみるが、言われたカッツェは嬉々として木剣を抜いた。
「ガキじゃない! カッツェだ!」
「
「うおぉぉぉっ!」
ボフッ
「ぶふぉっ」
木剣を振り上げて飛び掛かるや否や、ルーナの大尾にうずもれたカッツェ。
もがいて振り払ったはいいものの、すかさず次の尾が視界を覆う。
「こ、こんにゃろ―――」
ボフッ
「おれの―――」
ボフッ
「ま―――」
ボフッ
ボフッボフッボフッボフッ―――
優しく尾で撫でているだけに見えるが、自分よりも大きい尾の前にカッツェは何もできずにボフられ続けている。
「名ぁ決まっとらんらしいな」
いい勝負をしてやろうなどの優しさなど持ち合わせないまま、ルーナはここへ来た目的を告げた。
「うっ……確かに決めかねている。だが先ほどコハクに太鼓判をもらってな。今なら良いものが浮かびそうなんだが……参考までにルーナの勘どころを聞かせてもらえないか」
弟妹の誕生間もなく現れた、ルーナ、アイレ、コハクの三人。
これも何かの縁なんだろう。いつの間にか己で何とかしなければと意地になっていたが、コハクのおかげで俺の心は凍るどころか溶かされていた。
「おぅ。ジンはんのそーゆーとこ好っきゃわ」
「なっ、何の話だ」
「べつにー」
唐突な宣告にギョッと身を強張らせて引き気味に真意を問うが、この答えは返って来ない。
「ウチは顔見て最初の印象で決めてまう。それが一番濁ってないっちゅーか……そいつに相応しいとか、なーんも考えてへんわ。すまんなぁ、あんま参考にならんくて」
「いや……有難く」
申し訳なさそうに苦笑いするルーナだが、俺にとってはそうではなかった。
ガシャリとまた一本、
「ちなみにアイレはんも名付けたまにしとるけど、ウチと違ぉて分かりやすいで。どうあって欲しいか、それだけらしい」
恐らくここに来るまでの途中、そういう話になっていたのだろう。
まるで事前に言い含められていたかのように間断なく告げられ、俺はその考えが欠如していた事を気付かされた。
父上と母上の子に相応しい名を
皆に良いと言ってもらえる名を
人に誇れる名を―――
これとて間違っている訳ではないはずだ。
だが、果たしてそこに俺が入っているのかと問われれば、それは否。
父上と母上が俺に名付けを任せた意味を、随分とはき違えていたのかもしれない。
(ふっ……最初から決まっていたようなものではないか)
「アイレ! 感謝する!」
「えーっ? なにー?」
照れ隠しか、あるいは礼など不要と言う事か。
いずれにしても今ので十分伝わっただろう。
「行ってくる。後は任せた」
「はいよ。あとでウチらにも教えてや?」
「当たり前だ」
俺はその場を後にする。
途中、若手の守り手相手に講釈を垂れていた父上を引きずり、母上と弟妹が待つ家へと足早に向かった。
……―――
あん人誰かに相談しとるんやろか
してないから時間かかってるんじゃないの
頼ってくれへんかな
頼って欲しいな
かかっ
あははっ
◇
日の本には、
とある武将が己が力を誇示すべく、虎を狩りに旅に出た。
百の山河を越え、百の夜を越え。
ある時は咲き乱れる山花を嬉々と愛で、
またある時は青々と生い茂る草木を怒声を上げてかき分ける。
見上げる
初めて目にする綿雪に心を躍らせた。
そうして長い旅路の末に、ようやく見つけた勇猛な雄虎。
男は万感の思いで矢を射るが、既にかの姿はなく。
しかし、男は雄虎を追う事はしなかった。
気付かぬ内に、力を示すという心が移ろいでいたのだ。
大岩に刺さった矢を見て笑い、男は故郷へと脚を向ける。
矢はいつしか石竹となり、男の旅の終着点となったという。
後の世に石竹は武道の精神を表すとして多くの武家に好まれ、四つの季節は人の感情を成すものとして広く知られるようになった。
我が弟、セキ
我が妹、シキ
君たちに、この名を贈りたいと思う。
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