#122 前程万里Ⅱ

■※セリフ読み飛ばし推奨

――――――――――――――――――――



 さすがに本人が目の前にいてその人が村の一員となった以上、ここにいる人らには伝えておかなければならない。


 あの戦争の最中、彼女が故郷で人間から受けた仕打ち。


 そしてホワイトリムで俺がしたこと。


 その後アイレ、コハクと共にリージュという町を訪れてセツナさんが悪徒と言った大元を叩き潰したこと。


 これはルーナも知らない事だったようで、神妙な顔をして俺とセツナさんの顛末を聞いていた。


「そうか」


 父上がそう短く言う。


 ここには自分の命を宙に放り投げ、綱渡りで生をつかみ取って来た人しかいない。


 守り手の三人然り、コーデリアさん然り。


 哀れだと涙して同情したところで、何も救えない事はよくわかっている。


 だが、皆はセツナさんがここまで来た理由、不釣り合いな剣を持つ理由を知るや否や、せめて彼女の心意気に応えねばならないと心を滾らせた。


「獣人国ではセツナさんをモノに出来ない理由があるという事なんだな?」


 父上がそう問うと、今まで言葉少なめに勢いと威厳だけで事を進めていたルーナが、ようやく論を持ってこれに答えた。


「セツナはんというか雪人は生来的に戦わん、争わん。腹立つっちゅう感情すら薄いし、消化するんも早すぎる。それはウチらからしたら良ぉいうて平和主義。はっきり言うて惰弱過ぎんねん」


「まぁ竜人程やないけどな、獣人かてやられたら地獄まで追いかけてやり返す。それがウチらにとっての戦士や」


 その竜人が傍に居るだけに、物凄くよく分かる。


「こないだシリュウに襲い掛かっとった悪ガキがおったんやけど、あれでもセツナはんじゃ何も出来んとボコられて終わりや」


「身体能力は人間以下。もっと言うたら、雪人一の腕力と根性もっとる男と、この村の若い娘が殴りおうても互角未満やろな」


 大前提として、ルーナは雪人という種族の在り様を語る。


 今言った悪ガキとやらは皆の知るところで、間違いなくカッツェを指している。


 その事はさておき、ゴブリンに殺されかけた者にすら手も足も出ない、大の男と村娘が互角未満というルーナの見立てに皆は流石に言葉を失った。


 雪人本人からすれば閉鎖された世界で生きて来ただけに、今の例え話はあまりピンと来ないだろう。


 だが、ここにいる者にとっては『ホワイトリムに一人で帰る事が出来るまで』というルーナの要望の難しさは瞬時に分かろうというものだ。


「せやけど人間が己らの争いで死人出しまくっとるのとは違ごうて、雪人は山奥で平和に暮らしとる。数百年な」


 ホワイトリムは人間の侵入を拒むかのような過酷な環境である。仮に人間が侵入したとしても得られる物は少なく、里での略奪もはっきり言って割に合わない。それこそ雪人を攫って売りさばくくらいしかないだろう。


 さらに強力な魔獣すらも近寄りがたく、稀に発生する魔物被害も最低限度ので済ませて来たという長い歴史は、ある意味種の存続という面では優れた種族なのだ。


「世の中がみんな雪人だったら、戦争なんか起こらねぇな……」

「かかっ、まぁな。せやけど、そうなったらみーんな魔獣に食われて全滅や」

「あ……で、ですよね!」


 そのつぶやきにルーナの耳が反応し、初めて女王と会話してしまったオプトさんは恐縮しまくっている。この調子で慣れていけばとも思うが、今はセツナさんが先だろう。


「でまぁ要するに、獣人には雪人を戦えるようにするんは不可能なんや」


 強力な雷を纏い、獣化し、膂力で敵を薙ぎ払う。


 これが獣人として備わる能力を最大限に生かした強さであり、逆にそれ以外の戦い方は誰も知らないし、知っている必要すらない。


 武器を使用して戦う者もいるにはいるが、それとて個々の能力を生かす為に戦いを経て学び取ったもの。


 他人に、あまつさえその者にとっては赤子同然の雪人に伝える事など出来ようもないのだ。


 これは他の亜人とて同様。


 亜人随一の身体能力を有する竜人は言うまでも無く、風と共に戦場へ降り立つ風人もその戦い方は唯一にして無二。それ以外の亜人との身体能力と属性も異なり、雪人に当てはめるなど出来るものではない。


「ってなるとやな、ウチらから見て弱弱しい人間の中にもジンはんみたいなヤツがおるっちゅーんは、それなりの理由があるやろ?」


 人間特有の強化魔法然り、武器術然り。


 生来備わる身体能力がひたすらにモノを言う亜人とは違い、先達の知識、経験を受け継ぐだけでなく、自身で考え、極限まで研ぎ澄ませようとするは時に生物として魔獣をも凌駕する。


「ウチが知る限り、ジンはんは世界最強の剣士や。しかも魔法もハンパない。せやけど、こん人かて最初からそうやなかったはず。最強をんが誰でどうやったかなんかわかりようもあらへんけど―――」


 だからこそルーナはセツナさんを人間に託した。


 自分たちには持ちえない、人間のあらゆる戦いの知識と技術があれば、雪人すら戦えるようにする事が出来るだろうと。


 そう、思ったのだ。


「セツナはんにこんなん言うたかて、ちょっとは理解できるやろけどホンマには伝わらん思てな。ウチこんな感じやん? ごちゃごちゃ言うの嫌いやしウチのやる事は変わらん」

「そう……だったのでございますね」


 セツナさんは俯き加減でルーナの言葉を聞き、その気持ちはよく分かると言わんばかりに困り顔で笑った。


 自分自身が同胞に伝えられなかったのと同様に、ルーナもルーナで同じ思いをしていたのだ。申し訳ないという気持ちと同じくらい、悔しいという感情がセツナの中で渦巻いた。


 自分が弱いと分かってはいても、どう弱いのか、どれほど弱いのかなど、その次元すら測る力が無いのが雪人なのである。


 しかし、今のを聞いて肩を落とす者はここにはいない。


「黙って連れて来たんは、せめてウチが必須や思てる力を本人に証明させたかったからなんやけど……言う必要はあらへんね」


 胡坐を掻き、膝の上で頬杖をついて大尾を振り回すルーナ。


 その通り。


 強くなるために必須な力を、セツナさんはもう皆に証明して見せたのだ。


「ジン」

「はい」


 セツナさんをと決めた父上は、彼女に火を付けた張本人である俺を見る。


「昨日話した通りだったな。やっぱり初めはお前が適任だ」

「承知」

「コーデリア、手伝ってもらえるか?」

「了」


 やり遂げる根性


 屈しない気骨


 受け止める覚悟

 

 これさえあれば、何とかなる。



 ◇



 セツナさんを戦えるようにするという難題。


 父上の一言でまずは俺とコーデリアさんが方針を決めるという事になった。


 セツナさんが村人である以上、駐屯隊の手を借りる訳にもいかないし、かといって守り手がこぞって手ほどきをするというのはあまりよろしくない。


 戦いに対する考え方や癖はそれぞれだし、向き不向きというのもある。


 つまり己以外との戦いに必要な知識と技をよく修めており、なおかつそれを論理的に伝える事が出来る俺とコーデリアさんに白羽の矢が立ったという事である。


 逆に、例えばエドガーさんとオプトさんは感性と経験で腕を磨き、積み上げて来た二人なので、全くの素人にそれを伝えるという事にはかなり不向きという事。


 その二人を師とする俺も二人の感覚的な解釈と説明には悪戦苦闘したものだが、それを上手く言語化してくれた父上とコーデリアさんが居てくれたのは運が良かったと言わざるを得ない。


 そしてそんな言語化上手な父上も、俺に剣を教える事はほとんどなかった。


 コーデリアさんは剣の名門レイムヘイト家の長子であり、ボルツさんはマイルズ騎士団の叩き上げ。どちらも師がおり、誰かに師事して強くなった。


 対して父上の剣は一から十まで我流であり、恰好を付けて言えば修羅の剣なのだ。


 父上の立場になって考えるならば、俺もコーデリアさんとボルツさんの二人に任せるだろう。


 師事する者は出来るだけ少ない方が、教えを乞う者が迷わずに済むという事もある。目的地に到達するには、一直線に向かうのが最も効率が良い。子供でも分かる理屈だろう。


「では、セツナさん。始めましょうか」


 ホワイトリムまで一人で帰れるようにする。


 実はルーナがこれを口にした時から可能であるか否かは関係なく、手を考えてしまっていた。


 別にこうなる展開を読んでいた訳ではないのだが、問題に対する解決策を自然に思い浮かべていた、というのが正しい。癖のようなものだ。


 今日ここに集まったのはそのお披露目と意見のすり合わせと言った所で、皆の意思を統一するためである。


「村人になるという事がどういう事か、大まかな事は聞いていますね?」

「はい、一通りご教示頂きました」


 村人となってからの二日間、セツナさんとて身体を戻すために食って寝てを繰り返していた訳ではない。人間の社会について学び、最低限の事を学ぶための期間だったのだ。


 帝国領は全て皇帝が所有しているという事。


 貴族は皇帝から領地を借り受け、対価として税を納める存在である事。


 帝国の民はその領主を通じて皇帝に税を納めているという事。


 領地を外敵から守り、民を守る為の騎士団と守り手という組織が存在する事。


 それら国を形作る大枠を一次産業が支え、続く二次産業が国を豊かにし、見知らぬ民が生み出したそれら生産物と数多の民を繋ぐのが商人と貨幣という存在であるという事。


 挙げればキリがないが、論立てて説明すればこの程度は大して難しくはない。


(シリュウは一番最初でつまづいたんだがな……)


 ―――こーてーじめん持てるです!? もしかして山も!? 川も!?

 ―――いや、物理的に持っているという事ではないぞ。所有権を有して……

 ―――しょゆーけん?


 こんな感じだったのだが、セツナさんの様子を見る限り大丈夫そうだ。


「帝国法の序文に、『民はその労を主たるアルバート皇家に奉じ、それをもって幸福を手にする権利を有する』とありました。これを前提としますと、あとに付随する数々の法はおのずと見えてくるように思いました」


(え、そうなのか?)

(じょぶん……?)

(帝国法とか知らねぇよ)

(法だと? まさかこの人、法から学んだのか?)


 つい興味が湧いてしまい、束の間で終わるかと自分で組み立てていた今日の予定を変更する。


「つ、続けて下さい」


 これが仇となったのか、僥倖ぎょうこうだったのかは、今は分からない。


(※)

「はい。労とは何か、幸福とは何かは書かれておりませんでしたが、通念上そうであると思われることを成そうとする民に対して、法が想定しうる障害が発生した場合の解決策、それに応じた処罰の項が様々にございました。特に障害の想定が膨大な項を占めており、これらを全て記憶するには恥ずかしながら私如きでは長い時を要するかと存じます」


(お、覚える!? 全部!?)


 ……―――


(※)

「驚いた事が、物の価値は皇帝ではなく、民が自ら作り出す市場というもので決まる事が前提とされている事でした。そうすることにより、生産物の最適配分が実現し、富の発展がもたらされる市場原理なる仕組みがあると。全ての民に自由な競争をさせるという環境を生み出すことで、経済の主体、つまり民が独りでに合理的に行動する。これにより生産者は徳と益の最大化が実現し、恩恵に預かるその他の民は目的の最大化が達成されると……この相互作用によって序文が示す幸福が生まれ、さらに別の幸福に繋がると考える事が出来ると思ったのですが、どうしても直結しないように思えてしまう……ですが、人それぞれの価値観を有する中で、明確に定義付けることの難しさに甘んじることなく、広く概念的に覆ってしまうという試みは、故郷の長老様でも到底考え付かない事だと存じます」


「あの―――」


「帝国の方々は凄いです……正直に申し上げますと、これほどの法の下で生きてゆけるのか……私如きが果たしてやっていけるのかととても不安で……自身の無知蒙昧さがここまで憎いのは初めてございます」


「いや――」


「で、ですが! 一生懸命頑張ります! どうか、お見捨てにならないで下さい!」




 ―――凄いのはあなたですけど!?




 朗々と語り、着地したのは見慣れてしまった、頭を下げるというまさかの結果。


 皆、同じ気持ちに違いない。


 興味の有無はあれど、幼少の頃から割と勉学に励んだつもりの俺とて半分程度しか分からなかった。


「だ、だだだだ大丈夫です! 頭を下げる必要は全くありません! 誰も見捨てようなど思っておりませんし、どころか大歓迎ですよ! はははっ!」

「その通り! それだけ分かっていれば十分だ!」

「お、おぅよ! 上等、上等! がはははは!」

「そ、そうだぜ! 頭上げなって!」

「ほ、本当でございますか!? ありがとうございます!!」


 俺を筆頭に慌ててそう取り繕ったが、それ以上の事は恥ずかしすぎる矜持のせいでセツナさんにかけられる言葉は見つけられない。


「ジンはともかく、本当に恥ずかしい人たちですね」


(((うるせぇ!!)))


 コーデリアさんの冷たい言葉と視線に、三人の心の叫びが同期する。


 俺は今のを聞いて未だ黙りこくっている二人に水を向け、なるべく小声で問いかけた。


「ル、ルーナ、ルーナっ! 本当に彼女に剣を持たせていいのかっ!?」

「(ニヤリ)」

「アイレ、君はどうだっ!」

「(ニコッ)」

「おいっ、二人とも何とか言えっ! 敵前逃亡は許さんぞっ!」


 セツナさんは学者か研究者か。


 俺には彼女に相応しい安直な将来像しか出て来ずそれ以外は見当もつかないが、ここで剣を振るべき人ではないという事だけは分かる。


「あ、あの……やはり頭の悪い私では……」


 ルーナとアイレが何も言わない……いや、何も言えずに笑顔を張り付かせているせいで、セツナさんが不安げに二人を見やった。


 俺がその罪深い笑みに再度苦情を入れようとすると、コーデリアさんがセツナさんの肩にそっと手を置く。


「セツナ。その市場原理のおかげで、あなたの故郷は襲われたのです」

「あっ!? そ、それは……っ!」

「もちろん帝国ではない未熟な亡国の仕業ですが……分かるでしょう? 万人を幸福にすることはできません。完全なる幸福など、それこそ神の御業。だからこそ人は己を鍛え上げ、不幸を払う力を得ようとするのです。力然り、知識然り。そこに人間や亜人と言った別は存在しないと私は思います」

「……っ」

「貴方が努力を怠らない限り、皆は協力を惜しみません。この村で多くを学び、いつの日かホワイトリムを導く存在となるのです。あなたなら出来る。ですよね、ルーナ様」

「……は!?」


(なんちゅーこと言いよるんや! コーデリアはん!)

(怖っ! コーデリア怖っ!!)


 あんぐりと口を開けたルーナとアイレの心持はよくわかる。


 もはや洗脳と言っても過言ではないコーデリアさんの見事な論調に皆が震えあがったが、セツナさんの瞳に蒼白の光が宿ってしまっている以上、その心意気に水を差す事などさしものルーナも出来ようも無かった。


「が、がんばりなはれっ……!」

「はい!」


 精一杯の激励と共に、ここにいる面子がセツナさんの前で昼寝が出来なくなった瞬間である。









――――――――――――

クソ長回すみません。

※セリフ読んだ強者は手を挙げて欲しいっっ。居なければ次回からやめます。

本作らしさの為に書きましたが、こういうのまとめてもっともらしく落とし込むの地味に大変だった……。


■限定公開 #122.5 セツナの特訓!

https://kakuyomu.jp/users/shi_yuki/news/16817330658749169401

本編さながらのボリューム(5,000文字)でご用意。

訓練内容、武器の選定ほか、呪われた剣の行く末なども盛り込みました。

セツナ、頑張りますっっ!!

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