#121 前程万里Ⅰ

 アルバニア騎士団が到着してからというもの、村は騎士らがひしめき、どこへ行っても騎士に遭遇する。


 村の人口の三倍を軽く超えているのだから仕方のないことだが、歩けば直立不動で大声で挨拶され、それが何回、何十回と続くものものだから、俺とルーナ、アイレはほとほと困り果てて気軽に村を歩けなくなっているのが現状だ。


 ついには家の前の広間の片隅、皆が集まる定位置までも危うくなり、たまったものではないと村が落ち着くまでの避難先に選ばれたのが、ここ貴賓館の中庭である。


 大層な扱いはいらぬと言い張ってきたさしものルーナも、村の現状を鑑みてティズウェル家が使っているフロア以外の貸し切りに折れたのが今朝。


 ロの字形に建てられた貴賓館の中庭は本来、宿泊する貴族や大商人、司祭以上の聖堂関係者が村の喧騒から離れて静かに過ごす場所であり、景観も含めて貴賓館を貴賓館足らしめている場所でもある。


 背の低い樹木や草花が左右対称に植栽され、茶を嗜むための白石しろいしで造られた東屋あずまやとそれに続く石畳がとくに趣があるのだが、この汗水とは縁遠い場所でコーデリアさんとスウィンズウェル騎士団十名が訓練に使用しているのはよくよく考えれば笑えてしまう。


 その、貴賓館中庭。


 付き人となっているティズウェル家使用人のユーリカの傍で、村人の平服に身を包んだセツナは緊張の面持ちで約束の時を待っていた。


「お、体調はもういいのか?」

「は、はい! 問題ありません!」

「こう見るとすっかり村娘だな」

「き、恐縮です!」

「いいな、その服。似合ってるぜセツナさん」

「あ、ありがとうございます!」


 アルバニア騎士団に仕事を奪われたロン、エドガー、オプトの暇人三人は約束通り中庭に集合し、先に待っていたセツナを見るなり各々が挨拶代わりに言葉を交わす。


「うぃ~」

「こんにちはー」

「ういー」

「ルーナの挨拶は真似しちゃだめ。こんにちは、よ」

「こんにちわ」

「細かいのぉ」


 そしてルーナとアイレ、コハクが入場し、ほどなくして休職中のコーデリアが加わる。


 皆が集まる間忙しく頭を上下するセツナだったが、最後に黒髪、黒鞘の青年が入場するや、自身の目を疑った。


「遅れてすみませぬ」

「……!?」


 俺は自分が最後と知って挨拶がてらに軽く謝罪するが、いつもならこういう集まりにはさっさと顔を出す型の人間だ。今日に限って我が弟妹を可愛がり過ぎ、時を忘れて準備が遅れたとは情けないので言わないでおく。


 時間に遅れた訳ではないので皆は軽く聞き流したようだが、セツナさんは俺の顔を見るなり視線を止めたまま、全く動かなくなってしまった。


(……怒らせた? もしかして時間には厳しい方か?)


 と思ってみたものの、遅刻はしていないので取り繕う理由もない。


 よもや顔にメシの食べかすでもついているのかとガラスの窓を見やるが、そこには母上そっくりの俺の顔が映っているだけでその様子はなかった。


(うむ。俺に限ってそんな間抜けはありえん)


「大丈夫ですか? もしかして体調が……」

「あっ、い、いえっ! 申し訳ありません! 大変失礼いたしましたっ!」

「……?」


 何が何やらさっぱり分からないと、俺が来るまでに何かあったのかと皆に順に視線を送るが、父上ら、コーデリアさんも分からないと首を傾げる。


 しかし、ルーナとアイレが謎の会話を経て思いもよらない核心を突いた。


「アイレはん。これは間違いないんちゃう?」

「そうね……セツナさん。その人がジン・リカルドだよ」

「っ!?」

「確かにまだ名は」


 告げていないと言って振り返ると、セツナさんが途端に後ずさり、額に土が付きそうなほどの勢いで、もはや象徴となってしまいつつある三つ指をついた。


「お会いしとうございました! ジン・リカルド様っ!!」

「え゛っ」

「まさか再びお会い出来ようとは! 悪徒にかどわかされた折、貴方様に救って頂いた雪人のセツナでございます!」

「っ……か、かどわかされた?」

「はい!」


 いきなりそう言われ、思い出そうと記憶の引き出しを探るが、少なくとも村に来る前の過去、名に思い当たる節は無い。


(雪人……つまりホワイトリム……人攫い……)


 言葉の一片を拾い上げてあの雪国での日々に思いを巡らせると、さほど時間を要せず答えに辿り着いた。


「あの腐り切った奴隷商かっ! リージュでアイレが吹き飛ばしたっ!」

「そうそう。バ、バ……なんとか商会」

《 ムバチェフですよ 》

《 あーあー言わないで。考えたら口に出すのも気分悪いから 》

《 そういうものですか 》


 思い出したくもない腹の立つ出来事だったが、徐々に鮮明になっていく記憶にあの時の女性が映る。


 俺は何もかもを思い出し、汚れた抜身の剣が彼女の足元に横たわっている理由がようやくわかった。


「あの時、剣を取ったのがセツナさんだったんですね」

「はいっ」


 夜の闇の中、俺はあの時皆の顔などよく見えていなかった。


 これまで気が付かなかったのは当然だと言えるが、あれは世話になっていたギンジさん一家が襲われそうになったからこそ遭遇した出来事であり、俺が攫われた人らを助けられたのは偶然に過ぎない。


 だからこそ過剰な礼は不本意だったし、俺が下手人と同じ人間である以上早々に消えるべきだと名は聞かずに立ち去ったのだ。


「どうか顔を上げて楽に。私が一度名乗りを断ったのは、まさにからなのです」

「あっ!」


 そう言うとセツナさんは即座に立ち上がり、俺が感謝も謝罪も求めていない事を察して言葉を詰まらせ、裾を掴んで小刻みに震えながら俯いた。


「そ……の……っ」


 どう考えても俺が切り出さなければならない局面だ。


 しかし、今のセツナさんに何を言っても一方通行になってしまい、俺の言った事を飲み込む以外に出来ない気がしたのでここはあえて標的を変える事にした。


「ルーナ、もしかして此度の来訪はセツナさんを俺に引き合わせる為か?」


 雪人の女性と言えば俺はフクジュ村のツクヨさんしか知らない。仮に雪人の女性が皆あの人のような律儀者であるとするならば、セツナさんがルーナに頼んで『ジン・リカルドに改めて礼を』などとという展開が頭をよぎった。


 だが、ルーナは目を丸くしながら芝草に胡坐を掻いた。


「ほんまにそれでウチが動く思う?」

「聞いておいて何だが……微塵も思わん」

「かかっ、せやろ? ウチが来たんはジンはん目当てや。コハク連れて行こか言う時に、たまたまイシスのギルドで拾っただけ。さすがに軽く事情は聞いたけどな」


 ルーナの視線を受けたセツナさんは目を伏せたままコクリと頷いた。


「偶然って事か……そんな事があるのか……」

「私もまさかって思ったわ。でも―――」



 ―――遠からず その人はきっとフクジュ村にも訪れる



「やっぱりあの時ジンが言ってた人がセツナさんだったんだね」


 アイレがそう言葉を漏らすと、驚いたセツナさんはようやく顔を上げてくれた。



 ―――国を周り 多くの同胞達にその事を伝えようと思います


 ―――そして 夫の分も精一杯 生き抜いて参ります



 夫を目の前で殺され、絶望にしたにも関わらず、前を見据えて種族の在り方を案じていた女性。


 あの炎の誓いが巡り巡って女王までも動かしたと思うと、込み上げてくるものがあるというものだ。


「なんや細かい事は知らんけど、ジンはん。あんさんはそーゆー星の下に生まれとるんや。ウチらも、あのやかましいヤツも巻き込んでな」

「むぅ……そんなつもりは毛頭ないんだがな。何と言うか……迷惑だったか?」

「うーわ、それ聞いてまうんか?」

「刺してみるのって、ほんとにアリかも」


 俺はポリポリと頭を掻いてセツナさんに向き直った。


 相応しい言葉などわからない。


 正直に思った事を言おうと思う。


「よくぞここまで参られました。お見事です、セツナさん」

「ぁ……」




 想いが同胞に届かなかった現実は


 一度壊れかけた心を深く抉った


 ただただ


 自分と同じ思いだけはもう誰にもしてほしくなかった


 力に怯え


 力に屈し


 降りかかる脅威を運命だと受け入れる


 絶望が過ぎ去るのを待つことが唯一の救いだというのなら


 正面からそれを否定したかった


 英雄になりたい訳じゃない


 救いたい訳じゃない


 あの冒険者様のようになれる訳もない


 全てを失った自分には何もない


 何にもなれない


 それでも


 せめて自分は否定し続けると言い聞かせ


 気が付けば呪われた剣を求めて風雪をかき分けていた


 故郷を出て身の程を弁えず偉大な王に縋り


 出来る事は王を信じる事だけだと必死にその背を追った


 終わりの見えない導きの中


 草履が


 り物が


 意識さえ擦り切れていた事にも気づかずに追った


 そしてようやくたどり着いた先で


 王が告げた入口で


 私はあの絶望以来の涙を流す



「は……い……ありがとう……ございます……っ」










―――――――――――――――

セツナ話変に長くなりそうなんで、一話だけ限定話にしていいですか……?

(;・∀・)アイヤー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る