#119 風霊の呼人Ⅰ
セツナさんがスルト村の住人となってから二日の時が過ぎた。
あの夜は未だ回復の途上にあったセツナさんを貴賓館に帰した後解散となり、昨日はルーナとアイレ、コハクの三人に村をひとしきり案内。
―――待て待て二人とも この調子ではキリがないぞ
―――はぁ? テキトーに済ませろっていうの?
―――まーまーそう言わんと 付き合ったってーな
途中こういうやり取り経て俺と二人の立場の違いに唸りつつ、その後も方々からの好奇の目に二人がことごとく
そして疲れの抜けきらぬまま今朝方、予定通りに到着したアルバニア騎士団の隊長格が次々とルーナの元を訪れ、名ばかり名誉隊長である俺の元にも挨拶に来るので息つく暇もなく、解放される頃には日も沈み始めて今に至っている。
斜陽の眩しさに目を細めていると、コハクを伴ったアイレも帰ってきたようだ。
「ぐったりしちゃって。ずいぶんお疲れみたいね」
「おつかれ」
「ああ……逃げるに逃げられんかった……」
「しんどいわ~しょうもないわ~代わってや~アイレは~ん」
「残念。私は女王陛下のオマケでただの側付き」
「姫さんやん! そばおらんやん!」
俺とルーナは二人してコクコクと首を鳴らし、定位置となりつつある家の前の広場の片隅に置かれた椅子に座って凝り固まった上半身を解きほぐしてゆく。
「そっちは?」
「ん~……現場のお手伝いしたり、セツナさんのお見舞したり? お店も見て回ったわ。あとはおばあちゃんとお話したりかな。ねっ、コハク」
「おばば たべた」
「……え」
慌ててアイレが『貰ったお菓子』と付け加え、胸を撫でおろしたところで続々と帰路についた人らが顔を見せた。
父上、エドガーさんにオプトさん、そこに屯所勤めのシリュウとコーデリアさんも加わり、いつもの面子が揃う。
「おーしー! きょうもしごとーしてきた!」
「うむ。偉いぞ」
「にっしっし」
毎度報告を欠かさないシリュウをいつものように褒めてやると、家に上がり込んで中にいる母上から貰った果実水をゴクゴクと一気飲みし、盛大に一息入れて口元をグィと拭った。
わざわざ外でやる意味が分からなかったが、拭った口元がニヤリと上がった途端にコハクが家に駆け込んでいったので、『うまいぞ、羨ましいか』といった具合に見せつけたといったところだろう。
(子供かっ!)
と思いつつ、家に入っていったコハクを追ったシリュウについても後は母上に任せるのが吉と判断。
ここで、コーデリアさんの違和感に気が付いた。
「コーデリアさん、剣は如何しました」
村にいる時は村人と変わらぬ平服を好んで着ているだけに、剣が無いと今一つらしく無いというか、締まらない。
俺の問いにコーデリアさんは空の腰に手をやり、些か残念そうに眉尻を下げる。
「アルバニア隊が到着したので今日から謹慎です。一月、帯剣してはならないという事になりました」
「謹慎……とはそういうものでしたっけ?」
「ルーナ様のおかげですよ」
そういってコーデリアさんの視線を受けると、本人はポリポリと頭を掻く。
「ほんま、騎士っちゅーんは融通きかんなぁ」
「それが仕事ですから」
聞けば、自分に剣を向けた面々がそろって謹慎処分を受けると聞いたルーナが、そんな下らない事で罰を受けるなら自分が皇帝に直接掛け合うと豪語したらしい。
そして女王の気質をある程度把握しているアルバニア騎士団は本当にされてはたまったものではないと大いに慌て、何とか落し所を探った結果が謹慎並という聞いたことも無い処分だった。
帯剣を禁止し、その間仕事をしてはならないというものらしく、要するに休みを強制するというもの。
「ゆるりと過ごす良い機会ではありませんか」
俺が一安心といった風にそういうと、コーデリアさんはズィと顔を寄せる。
「一月も剣から離れるなんて生まれて初めてですよ。それに、仮に魔物が現れても私は戦ってはならないという事なのです。割と最悪です」
「そ、そう言われればそうなるのですね……」
生まれた瞬間から剣を持っていたとはさすがとしか言いようがないのはさておき、これはコーデリアさんだけでなく騎士らも堪えるものだろう。
軟禁されるより遥かにマシと言えるが、目の前の戦闘に加われず、手助けも出来ないと考えると俺も歯痒い。
「まぁ、仕方がありません。出歩けるだけでもルーナ様に感謝です」
腕を組んでため息を漏らしたコーデリアさんだったが、これに『俺らも大して変わらない』と続いたのが父上ら守り手の三人だった。
「
「明日からどうすっかなぁ。大工仕事でも手伝うか」
「コーデリアじゃねぇが、俺らも鈍っちまうぜ」
「あー……今村人より騎士の方が多いですもんね。この村」
アルバニア隊は二番から四番隊の一部を加えた総勢六千。
元居た駐屯隊が百、そこにマイルズ隊の千を加えると、下手をすれば戦争すら可能な戦力がスルト村に集まっているのだ。
彼らも出向いて早々
スルト村はアルバニア隊からすれば自領に当たるのでその士気は異様に高く、俺に挨拶に来た隊長格の人らもかなり気合が入っていた。
近々マイルズ隊は村を後にするというが、それを差し引いても過剰戦力なのは言うまでもない。
「言うて、ウチらおったら
「……そうだった」
長椅子を占領して立膝をしつつ事も無げにそう言うと、父上らが不思議そうな顔をしている。
説明する気のないルーナに代わって事情を話すと、殊更に驚いた様子で父上が俺の言葉を反芻した。
「魔獣がビビって逃げてくってことか」
「ええ。実際私もこの三人と行動を共にしましたが、野に出ても魔獣とは全く遭遇しませんでした」
「言うなれば、ルーナ様とコハクさんは上位捕食者だと」
「はい。ただし王種は別、だったな?」
「せや。皆も気ぃつけや? ドラゴニアの黒とミルガルズの銀はそこら縄張り近寄っただけで派手に威嚇してきよるけど、こいつらは頭ええだけマシ。それに
(笑えんのだが?)
「「「「「……」」」」」
黒王竜ティアマット
銀王獅子バロン
緋王熊カリスト
それらは咆哮が聞こえてしまっただけで死を覚悟しなければならないとされ、個々人が気を付けたところでどうにもならない事は揺るぎない。誰もが知る魔獣の王が次々とルーナの口から出ると、俺を含めて皆愛想笑いが精一杯である。
これをもってしてルーナの戦闘遍歴が伺えようものだが、さりとてこれは魔獣に限った話。
事魔物に関してはそうではないと俺が付け加えようとしたところで、ルーナがチラリとアイレに視線をやった。
「こん人らやったらええんちゃうの。アイレはん」
「ん……そうね。皆あんまり驚かないでもらえると嬉しいかな」
その言葉で察した俺は頷き、今の話を聞いた後で怖いものは無いと皆が言うと、アイレは右手を前にかざした。
「出ておいで、シルフィ」
―――!?
その声と共にアイレの身体が鮮緑の光に包まれ、こぶし大の光の玉が出現。
ヒュンヒュンと身体を二、三周し、かざされた手のひらにふわりと止まった。
「聖霊シルフィード。聖霊にも火とか水とか色々いるみたいだけど、この子は風の聖霊で、風霊っていう……種? になるのかな」
《 ごきげんよう。ジン・リカルド 》
《 ああ、久方ぶりだ。会えて嬉しい 》
《 ……やはりよく分かっているようですね 》
《 なんのことだ 》
《 さぁ。なんのことでしょう 》
頭の中に響くシルフィードの声に応えていると、相変わらず要領を得ない風霊サマにはマーナを思い出さずにはいられない。
どうしてこう、聖獣やら聖霊やらは含みのある言い方を好むのか、いつまで経っても疑問である。
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