#117 運命の地Ⅰ
「なぁジン」
「何でしょう」
「……なんで俺ここいんの?」
「家族だからに決まっているでしょう」
「ふっ、嬉しいこと言ってくれるぜ……ってこればっかはなんねーよ!?」
母上に連れられ、ゾロゾロと屯所から帰って来た来訪者たち。
まさかの組み合わせに驚かされてしまった訳だが、屯所から喚きながら帰って来た父上が全力で謝って来たことを鑑みればたどり着けない結果ではない。
聞けば会議に出ているはずの俺が家の裏で木刀を振っていた所を母上に目撃され、
―――女王陛下と姫君はお友達?
―――はい
という少ないやり取りと、俺が殺気立っていたのを感じ取り、この村で俺を怒らせられるのは父上だけという事で母上は会議に乱入したらしい。
―――許してくれねぇと、俺は死んだ事にされたままになっちまう!
―――哀れな。それで会議を放り出して泣いて帰って来られたのですか
―――なっ、泣いてねぇ!……けど泣きてぇわ!
全く訳が分からなかったが、俺とて立場を鑑みず物申してしまったという自覚はあるので、一言嫌味を言ってから許すことにした。
そして村と騎士団総出での歓待は母上に触発されたルーナが半ば力づくで断ってしまったとアイレが言い、その代わりにとリカルド家が中心となってささやかな祝いの席が設けられているという訳である。
まぁ、三人は俺に会いに来たのでこれに関しては当然と言える。
だが、男が俺と父上だけでは何とも心許ないという事でエドガーさんとオプトさんを呼び出して同席させたはいいが、エドガーさんはまだしも、貴人を苦手とするオプトさんにしてみれば地獄のような状況だろう。
ある意味、彼にとっては皇帝と同席しているようなもの。全力で帰りたがるのも無理はないというものだ。
「ほいでウチが魔物になってしもたときにジンはんがババンと登場! ズバッと解決っちゅう訳や! ほんまにズバッっといかれていっぺん死んでしもたけど! かーっかっかっか!」
「まものだぁ~? そりゃいけねぇ! さすが俺の息子だぜ! がーっはっはっは!」
久しぶりの酒とあってルーナは大いに煽り、同じく酔っ払ったエドガーさんを相手にくだを巻いている。
酔いに任せてとんでもない事を口走っているルーナに戦々恐々とするが、知らずに国家間の機密を酒の肴にさせられているエドガーさんもたまったもんじゃないだろう。
正気に戻った後が気になるところだが、楽し気な二人を邪魔するのも無粋。まずは勝手に盛り上がってくれるならそれに越したことは無い。
という感じで、見て見ぬふりをしている俺も罪深いのかもしれない。
「きょうは
「食いながら喋るな」
復興現場を見回るついでに手伝いを買って出たルーナとアイレの元に大勢の村人が押し寄せ、二人が家に戻る頃には酒と食材が両手に収まりきらない程になっていた。
三つ繋げられたテーブルにはその食材を使った料理と酒が所狭しと並び、シリュウとコハクが競うように食い散らかしているのは見ているだけで腹が膨れる。
ありがたい事に村の女衆が次から次へと料理を運んでくれるおかげで、テーブルが寂しくなることは無いようだ。
そして程なく仕事を終えたコーデリアさんとマティアスさん、シリュウに呼ばれたらしいエイルがソグンを伴って席に着くと、宴は最高潮の盛り上がりを見せた。
「あ゛ーっ! シロチビまたシィのたべたな!?」
「たべた」
「たべるな!? あほなのか!?」
実に相性のいい二人。
「ねぇねぇアイレ様! お姫さまって花束持った大勢の男が愛を叫んでくるってほんとですか!?」
「あー……私にそんなことしたら里の皆にズタズタにされる、かも?」
「抜け駆けは許さないってやつですか!? きゃーっ! さすがお姫さま!」
「エ、エイルちゃん。ちょっと止まろう?」
エイルの中にいる『姫』は日夜お花畑に佇んでいるのだろう。
「かかっ! おまはんらがジンはんの父親やったとはなぁ。どうりで気合入っとる訳やで!」
「あれは知らなかったという罪がなせる業! 無かったことにしてくれ!」
「がーっはっはっは! ったりめーよ!」
「うっ! 胃が痛くなってきた」
こう絡まれては胸襟も開かざるを得ない。よい傾向だ。
「マティアス殿、いつまで独り身を続けるのですか。ティムル村長も心配なさっています」
「いえ……あの……ほんと甲斐無しですみません……」
「ソグンは早くエイルを娶りなさい。折角愛し合っているのですから、早くしないと他の男が割り込んで来てどうなるか分かりませんよ」
「……え゛っ!?」
こっちに絡まれたらものすごく厄介なので全力で気配は消させてもらう。
各々が大いに食べて飲んで、宴の時は過ぎていった。互いを名で呼び合う仲になるのに、この面子であれば酒の席一つで十分。
王と姫、人間と亜人の垣根はすっかり崩れ、ついでにルーナの着物が崩れ切って皆に醜態を晒し始める頃に宴もたけなわとなった。
そして母上が食事を用意していた女衆にもう大丈夫だと感謝を告げて帰ってもらい、やり過ぎる前に場を収めようと席を立つ。
「え~っ、もっと呑もうやジェシカはーん。ウチはこっからやでぇ」
「そうさせて頂きたいのは山々なのですが、お一人欠けたままというのも気の毒でございます」
「……」
まだまだイケると駄々をこねるルーナだったが、母上の切り返しに時が止まったかのようにピタリと静止。
酔った頭で必死に考えているのが丸わかりだが、続いた言葉に俺とアイレは強烈に突っ込まざるを得なかった。
「完全に忘れとった」
「最っ低!」
「王失格だな」
その欠けた一人である、セツナさん。
怪我はマイルズ騎士団所属の治癒術師が完全に治したというが、いかんせん衰弱が激しく、
とにかく目が覚めるまで手の打ちようが無いわけだが、貴賓館で彼女を預かっているコーデリアさんがここで口を開く。
「一度目が覚めたと報告が入っています。ですが、やはり人間の村ということで混乱が大きかったのか、また気を失って倒れられたようです」
「……さよか。まぁ、しゃーないな。面倒みてもろてありがとうな、コーデリアはん」
「いえ」
掻い摘んで聞いていたものの、やはりセツナさんは人間をこの上なく恐れているということだ。
加えて話を聞く限り、ルーナは何も告げずにセツナさんをここまで連れて来たらしく、その意図は現状誰も知らない。
本人に聞いても彼女が目を覚ましてからとしか言わない中で、騎士団預かりになりそうになった所をコーデリアさんが買って出て今に至っているのだが、ルーナにとってそれ以上何も聞かずにいてくれているコーデリアさんには有難い以上の事はないだろう。
「そう言やドルムンド守ったんもあんさんと、あんさんの娘や言うてワジルのジジイが言うとったで。それにも感謝しとる」
「滅相もありません。私とてたかが一本の剣。娘に至っては剣ですらありませんでした」
「かかっ。さよか」
あの戦乱に関して村で話してこなかったらしいコーデリアさんだが、一瞬垣間見せたほころびを俺は見逃さなかった。
(やはり、娘が褒められるのは嬉しいと見える)
アリアの活躍はアイレから聞いていただけに、俺の方が嬉しさを隠せていないのかもしれない。
これ以上この場であの戦を語るのは良くないと思ったアイレが立ち上がり、その早い気の回しようはらしい一面だろう。
「セツナさんが目を覚ますまで傍に居るわ。いいよね?」
「それは助かるわ。ウチやと……な。また気ぃ失われたらかなんし」
これが合図となり、皆が帰り支度を始めた。
空いた皿を母上が一手に引き受けそうになった所を全力で止め、一番食ったシリュウとコハクに皿を、そして一番飲んだルーナに空の酒瓶を持たせてやる。
「酒瓶は溶かして造り直すから捨てるなよ。大事な資源だ」
「ほほん。わかったわかった」
「なーっはっはっは! シィより持てない……ってこおらせるのひきょうだぞ!?」
「おかたづけ」
ガタガタと揺れる皿の山とガチガチに凍らされた皿の山。
なんでも勝負にしようとするシリュウにことごとく土を付けるコハクに笑う俺と母上だったが、解散目前にアイレが不意に上げた声で皆の作業の手が止まった。
「あっ、みんな待って」
「ん?」
振り向かされると、ほどなくして闇の中から草履が擦れる音が聞こえ、二つの影が宴の場に現れた。
一つは使用人の恰好をした者で、明らかにティズウェル家の使用人である。懸命に前を走るその人の後ろを息を乱さず付いて来た事が伺え、コーデリアさんを見るや恭しく頭を下げた。
そしてもう一つ。
「かかっ。そない慌てんでも」
ルーナはそう言って前に出る。
「女王陛下っ!!」
セツナさんはルーナを目にするや即座に膝を折り、三つ指をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます