#116 王たる所以Ⅲ

 この時点でシリュウの言った呼び方を前提としてルーナは気付き、アイレにももしかしたらという思いがよぎっている。


 だが、それを指摘するのは後回し。


 欲しかった言葉が思いもよらぬ形で投げかけられた事に、二人は喜びを隠せなかった。


「かかっ。ここ来て初めてそれ言うてもらえたわ」

「村のみんなに……迷惑じゃなかった?」


 ルーナは大尾をブンブンと振り回し、アイレが遠慮がちに尋ねると女性は不思議そうな顔をしながらそれを否定。


 そのまま雑談に入りかけたところで、


「ゴホン」


 エドワードは咳払いをしてこの輪に入った。


「場を温めて頂き感謝します。ご歓談のところ心苦しい限りですが、女王陛下にはお伝えすべき事がまだ」


 ここまで言われれば気付いて場を後にするのが普通だろう。


 だが、女性はスッとエドワードに向き直り、エドワードは勿論、ルーナとアイレさえ驚くべき事を口にする。


「かなりのお時間を頂戴しておられるようですが、あとどのくらいでしょうか」

「っ!? え、ええ……こちらの不手際もあり、まだ少々お時間を頂く事になるかと」

「少々……ですか」


 痛い所を突いてくるとエドワードは顔に出そうになったがグッと堪え、分からぬ者には分からぬとのを入れたくなったが、皇帝直轄領の民にそんな嫌味ったらしい事は絶対に言えない。


「女王陛下は我々帝国にとって最上の国賓であり―――」


 なんとか引かせようと試みるが、女性の手は緩まない。


「女王陛下は村にいらしたお客様と伺っております」

「如何にも。ですので我々騎士団で丁重に」

「では私共、村の者がお世話をさせて頂くのが当然ではありませんか?」

「なっ!?」 


 エドワードに最後まで話させる事無く切り返す女性。


 彼とて騎士団長である。一平民に過ぎない村人が抗議するのはかなり勇気のいる相手なのだが、それを知ってか知らずか。


 本来ならここで団員が進み出て女性に退室を促す場面なのだが、女性のえも言えぬ迫力に足は前に出ず、口も出せずにいる。


 なお、マイルズ騎士団以外の面子はと言えば―――


(もう無理です。エドワード団長)


 予想だに出来ないが、この後の展開を受け入れる準備は何とか整いつつある。


 思いもよらない女性の言葉と態度にエドワードが襟を正して反論しようとしたところで、広間に高笑いが響き渡った。


「かーっかっかっか! おもろい人やで。茶もうまかったし、気に入った!」

「女王陛下!?」


 さらに加速した大尾が、場にそよ風を生み出して皆の髪が揺れる。


 自分たちが知る王なら、大事な会議を暗にと言い出した者を許すはずはない。


 だが、先程崩れていた女王像が証明されていくように、事は騎士団を置き去りにして早々と進んでいった。


「よろしければ、もう一度お立てします」

「いんや、もうええ。それよかおたく何ちゅーの?」

「勿体なきお言葉。僭越ながら、ジェシカ・リカルドと申します」


 これにルーナとアイレは目を合わせ、自分たちの予想通りだったと二人して肩を揺らした。


 そしてルーナの高笑いで目を覚ましていたコハクがアイレの膝から起き上がり、リンと鈴を鳴らして小さくつぶやく。


「じん」


 不思議そうにジェシカを見上げるコハクに『ええ鼻しとるな』と声を掛け、ルーナは振り回していた大尾で抱え上げて肩の上定位置にちょんと乗せた。


「ウチはルーナ。こっちはコハク」

「アイレです、よろしく!」

「はい、ルーナ様、アイレ様―――」


 ジェシカはルーナの肩に乗っかるコハクに顔を寄せた。


「コハクさん。よろしくお願いします」



 ……―――



 完全に場がジェシカに乗っ取られ、騎士団他そっちのけで繰り広げられる会話も佳境に入っている。


 女王より先に広間を後にする訳にもいかない皆は、その会話からルーナとアイレ、二人の人となりを知ろうと必死に筆を走らせていた。


「姉ちゃんとちゃうんか?」

「い、いえ……私めは」

「あっ、妹さんね。ふ~ん……アイツったらそんな事一言も」

「ルーナ様、アイレ様。あまり辱めないで下さいませ」

「ん?」

「どういうこと?」


 ごくごく真面目に聞き返されたジェシカは恥ずかし気に顔を伏せながら、誤りを訂正する。


「……ジンは私の息子です」

「なんやて!?」

「う、ううう嘘よ! あいつ私と二つしか違わないのよ!? お母さんがこんなに若いはずが無いわっ!!」

「くぉらクソエルフ! ははうえウソつくわけないだろ!」

「シリュウ。そのような呼び方をしてはなりません」

「ごめんなさいエルフ」

「もっそい手のひら返し!」

「ねじ切れるわよ!?」


 前のめりになるシリュウにではなく、コハクがおもむろに伸ばした手を慣れた手つきで取り、抱き上げたジェシカに二人はたじろいだ。


「ま、まじ……なんですね?」

「はい」

「かーっ、ジンはんの豪胆さはこっから来とったかぁ……」


 ジェシカは笑顔で頷き、この重要な会議に乱入しただけの事はあると、改めて二人は見る目を変えた。


 ならばとルーナは頼まなければいられない事を口にする。


「ほなら旦那にも会わしてーな。恩人の親父はんにも礼いわんと」


 これにアイレも目を輝かせて同調したが、意外にもジェシカは俯き、ようやく出てきた言葉に二人は大いに慌てた。


「恥ずかしながら……夫は」

「「っ!?」」


(待て待て! 何が恥ずかしいんだ!?)


 親を亡くした大勢の子供たちを知るルーナ、先の戦いで父を失ったアイレ。


 まさかジンもそうだったのかと察した二人は慌ててとりなす言葉を探したが、さすがに次の言葉は予想できず、一人の男の慌てっぷりを見るまで理解が及ばなかったのは仕方が無いと言える。


 ジェシカは、ここまでするつもりでこの会議の場に来ていたのである。


「なき者となりました」

「い゛ぃぃっっっ!?」


 ガタタッ!


 突然悲鳴のようなうめき声を上げて立ち上がった男の方を見、皆がその男に注目する中、シリュウだけが不思議そうに首をかしげる。


「ははうえ、ははうえ。ちちうえなきものなのか?」

「そうですね」

「ちょっ、え、あの、ジェシカ……さん?」


 それまで成り行きを気楽に眺めていたロンはあらぬ角度から強烈な一太刀を入れられ、この降って湧いた緊急事態に助けを乞うように周囲を見回すが、二人を夫婦だと知る者は逃げるように目を逸らしている。


「くっ……」


 ここでジェシカと言い合うなど以ての外。


 まさかの流れ弾、いや、狙いすまされたであろう必中弾にロンの脳は急速回転し、程なくたどり着いた唯一の解決策の前に気が付けば窓から飛び降りていた。


「ぐおぉぉぉっ! 俺は悪くねぇけど悪かったーっ! 許してくれジーンっ!!」


 走り去ったロンに呆気にとられて開いた口が塞がらないマイルズ騎士団員を除き、大事な会議に夫婦喧嘩を持ち込んだジェシカを見て皆は震え上がる。


 分からないのはシリュウとコハクだけとなる中でルーナは大笑いし、一瞬勘違いしたとアイレがジェシカに詰め寄ったところで、王と姫、平民の壁は崩れ去った。


「私ジェシカのとこに居たい!」

「あ〜あ……そっちのなき者かいなぁ……こないに笑ろたんひっさしぶりや。ウチも世話んなろ。こっちはもうテコでも動かんやろし」

「じぇしか」

「おいシロチビ。ははうえだ! あといいかげんおりろっ!」

「ははうえ」

「てな訳で団長はん、村長はん」

「……え……は、はっ!!」

「はいぃぃっ!」

「ウチらに構わんでええからね。ウィンザルフはんにはようしてもろたて言うとくわ」

「はっ!? お、恐れながら! 我々は何のお役にも立てておらぬどころかご慈悲まで! そのような事を為されてはっ!」

「なされては?」

「っ!」


 揃って部屋を出ようとするルーナにエドワードが何とか食らいつこうとするが、ルーナは予定がびっしりと書かれた紙をつまみ上げる。


 バチン!


 そして一瞬の雷光が広間を照らし、灰になった紙を空いた窓から風に乗せた。


「ありがとさん、色々気ぃ使こてもろて。ウチは人間やのぉて獣人。みんなに守ってもろた瓦礫の山の方が好っきゃねん。覚えたってや」

「は、え……それは……?」

「ちょっと、今の脅しよ!? それに瓦礫とか失礼!」

「っと、そんなつもりはあらへんって。ウチの悪いクセや」


 さすがに分からないと目を点にするエドワードだったが、聞き返すことも出来ず、大人しくルーナの背を見送る以外になかった。


「コーデリア。その……ごめんなさい。お願いできるかしら」

「ええ。後は任せてジェシカ」

「ありがとう」


 騒がしく出ていく五人の声が窓から聞こえ、広間には男どものため息が充満した。


 パンッ!


 そこへ脱力し、へなへなと崩れ落ちる皆の気を取り戻させるコーデリアのかしわ手が響く。


「さぁ、皆さん。ジェシカが入って来た瞬間に、こうなる事は分かっていたでしょう」



 ―――貴方だけですが!?



 皆は心の叫びを、何も言わずに明日への力に変える。


 そしてコーデリアはこの日番目の苦労人を労った。


「団長。まさか顔に泥を塗られたなどと仰りませんよね」

「これも王たる所以、か……ははっ、こんな泥程度、ここのお茶ほどじゃないよ」

「さすが私の先輩。美味いですね」

「……君はそのお茶より苦いよ」









――――――――――

主人公不在はここまでです。

色々伝わればいいのですが……暴走気味ですね.。

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