#114 王たる所以Ⅰ
今話からお得意の箱会話。
みんな、少しの間でいい。耐えてくれっ!
―――――――――――――――――――
屯所の広間。
先に会合が行われていた場所ではその趣旨が大きく変わり、今はルーナらの対応が最優先事項となっている。
まず最初に口を開いたのは駐屯隊のドイル隊長。
全ての責任は自分あると言わんばかりに、重々しく口を開いた。
「このドイル・オーガスタス、一生の不覚。速やかにアルバニアに報告し、処分が出るまで謹慎させて頂きます」
「わかりました。相手はかの女王です。恐らくこの件は陛下の御裁断となるでしょう。ハック、ドイル隊長殿をご案内しなさい」
「はっ。こちらへ」
ルーナに剣を向ける事、それすなわち皇帝に剣を向ける事と同義と言い、ドイル隊長はマイルズ騎士団一番隊長に連れられて静かに部屋を後にした。
俺が村に帰る前の事で、知る由も無かった帝都からの報せ。
それは、ある貴人が二人の従者を伴って近々スルト村に巡礼に来るというものだった。本人の希望で歓待は無用、護衛も無用、気遣いも無用という、何とも手の掛からない内容だというのだ。
この事は駐屯隊と村長のマティアスさん、加えて一部の守り手のみに知らされていたが、名どころかどこから来るのかも知らされていなかったという。
「お待ちを」
俺は誰も何も言わない事に違和感を覚え、ドイル隊長の決断とエドワード団長の処断に異を唱える。
「なぜ隊長殿が責めを負うのです。皆さん、私が言わんとしている事はお分かりですよね」
誰がどこから来るのかも分からず、時期も近々などと明示されていない挙句にいつまで経っても来ないとなれば、警戒が緩んで誰が責められようものか。
しかも
俺が疑問なのは、そんな事は分かり切っているはずのエドワード団長を筆頭にマイルズ騎士団の面々、果てやコーデリアさんや父上までもが黙っている事だ。
「ジン君の言いたいことは分かる。しかし、
「くっ」
つまり、全くのお咎め無しなどあり得ないという事だろう。
如何に理不尽とはいえ、女王に剣を向けてしまった事、この一点だけは覆せぬ事実だという事だ。
エドワード団長の卑怯ともいえる言葉選びに、俺は大いに顔をしかめた。
「ちなみに剣を向けた私や隊長もアルバニア隊が到着次第、謹慎に入るよ。そうだろう? コーデリア」
「はい」
「……は!? なぜコーデリアさんが処分を受けるのです!」
コーデリアさんは目を瞑ったままコクリと頷き、同席しているティズウェル男爵までもが黙って受け入れている。
あまりの成り行きに怒りが爆発し、ガタリと椅子を蹴って立ち上がる。
「落ち着け、ジン」
「なぜ父上はそう落ち着いておられるのかっ!」
広間に俺の声が響き渡り、父上はため息をついてギロリと俺を睨みつけた。
「お前にとって女王ルーナはなんだ」
「ゆ、友人です」
「なら、ここにいる村の住人や騎士団にとっての女王ルーナはなんだ」
「そ、それは……っ」
「感情だけで喚きやがって馬鹿が。出ていけ」
「っ!……御免っ!!」
ダンッ!
(確かに皆にとっては同盟国の王だっ! 俺も浅はかだったのは認める! しかし皆囚われ過ぎではないかっ!?)
俺は父上の言い様に頭が沸騰し、怒り心頭で屯所を後にした。
……―――
ジンが広間を去った後、女王ルーナ来訪の報せとその扱いに関する奏聞の草案が直ちに組まれていった。
ルーナの希望は歓待も護衛も気遣いも無用とのことだが、それを真に受ける程帝国は馬鹿ではない。
騎士団が目的ではなく村に来ること自体が目的である以上、相応しいと思われる予算を村からひねり出さなければならないし、不足分を領主である皇帝に伺いを立てなければならない。
また護衛や滞在場所の用意、村周辺の警備なども厳重に行わなければならず、折よく二日後に到着するアルバニア隊とも連携を取る必要が出てくる。
それに従者と言うには重すぎる帯同者、エーデルタクトの姫までいるのだ。
「ロンさん……ちゃんとジン君と仲直りして下さいね?」
ふと、ハッシュが手を動かしながら口を開き、ロンのあの言い草をやんわりと咎めた。
相手は貴族ながら、長年の付き合いであるロンはこれに小さく舌打ちする。
「ふん、あの調子で居られちゃ何も進まねぇ。追い出して正解だ」
「ええ。分かりますよ。ですけど、僕は妻の為に怒ってくれたジン君の味方ですよ。だよね、コーデリアさん」
「私がジンの味方でなかったことは一瞬たりともありません」
コーデリアはテーブルに肘をついて頭を抱えながらはっきりと言い切った。
だが、自分のしたことを考えれば考える程、頭が重くなっていくコーデリアの様を見て、ロンは到底からかいの言葉など出てこない。
「ですが……あの場では同調できなかった……もう泣きそうです……私だけならまだしも……本当にごめんなさい、あなた」
「はっはっは! コーデリアさんらしくもない。気にすることはないよ。そろそろ甥に譲ってもいいと思ってたからね。アリアの学院の事もあるし、奪爵にならないようがんばろう!」
「ううっ……」
貴族夫人が同盟国の王に剣を向けた。
これは当然、爵位を持つ配偶者にまでその累は及ぶ。
実は騎士以上にその罪は重いのだが、ジンはそこにまで頭が回っていなかったのだ。貴族故の事なので仕方ないことではあるのだが、そこを分かってくれなどと夫がいる手前、コーデリアは口が裂けても言えなかった。
ある意味、ロンがジンを追い出してくれた事に安堵していた部分もあったのだ。
ルーナもアイレも、そしてジンも。
気軽に村を訪れ、気さくに迎え入れたつもりでいる当事者らだったが、事は想像の十倍は大変な事なのである。
しかし、この
◇
「ここだぁ!」
バンッ!
皆が集まる広間の扉を勢いよく開け、シリュウはここぞとばかりに後ろを振り返った。
「シィがあんないするなんてきせきだぞ! かんしゃしろ!」
「五回も部屋間違えといてよぉ言うわ」
「探知魔法でわかってたけど」
「いっぱい」
―――ル、ルーナ様っ!?
ザッ!
ノックも何もなく開かれた扉の向こうに立つ女王と姫を見て、広間の者は一瞬で立ち上がり、騎士は無言で胸に手を当て一番奥の席への道を空けた。
(案内の者は何をやっているんです!)
(わ、わかりませんっ!)
エドワードの怒りの視線に団員は冷や汗を流して打ち震えたが、事は単純。『勝手に行くよってついて来んでええ』とプラプラと片手で案内を断ったルーナが原因である。
国賓に二度同じことを言わせる訳にはいかないと案内の者は引き下がり、会議中の闖入と言う事態が出来上がってしまった。
明らかにそこに座れとの導きにルーナは何も言わずに進み出で、この堅苦しい空間に目的の人物がいない事に違和感を覚えた。
「ジンはんは?」
「いないの?」
「じん いない」
ドガッと椅子に腰掛け、大尾をふらふらと彷徨わせているだけのルーナに皆は戦々恐々としながら、この問いを誤魔化せるのはこの男しかいない。
「ご存じの通り、ジンは堅苦しい場を苦手にしております。
ロンは緊張の面持ちながら口巧者を発揮し、皆が余計な事に気を回さなくて済むよう間を置かずに答えた。
「確かにあん人はそうやなぁ……かかっ、ほなしゃーないな」
(だ、駄目だ……っ! この人には通用しないっ! 早く進めろっ!)
ロンは引きつった顔のままエドワードに視線を送り、このやり取りだけで一筋縄ではいかない相手だと察知した者らはゴクリと唾をのむ。
隣に座ったアイレもすぐさま自分の出る幕は無いと感じ取り、ジン以外で知る人物を風で読み取った。
「コーデリア、いる?」
「はい。ここに」
「よかった、じゃあ私こっちー♪ あっ、コハクもおいで。こっちお菓子の匂いするよ」
「いく」
「ず、ずるいぞ! シィにもくれ!」
「ふふっ。慌てなくてもシリュウさんの分もありますから、ゆっくりしてください」
これも何とか穏やかに済ませて欲しいというアイレなりのメッセージであり、ルーナは尾を揺らすのを止めて生まれかけた毒気を引っ込めた。
全くこの場にそぐわないシリュウとコハクをまとめて大人しくさせたアイレに感心しつつ、ルーナは小さく溜息をつく。
《 それ食べたかっただけやろ! 》
《 そうかもね~♪ 》
《 かなんなぁ……わかったわかった。ジンはんを追い出したこいつ等は一旦許しとく 》
この二人は扉を開けた瞬間に気付いていた。
殺気立った空気と自分たちを見る目に恐れが混じっていた事。それには何も言わないし言えないが、ルーナはウィンザルフに伝えた要望がまったくここに伝わっていなかった事が残念だった。
散乱した書類一枚の中身を持ち前の動体視力で目にした瞬間に、これは重傷だと気が重くなっている。
ここは人間の地。
歓待も、気遣いも、人間達のやり方に沿うべきだという理解はあるが、されるがままというのはどうにも居心地が悪いし、性に合わない。
(か~っ、オッタル並みにメンドクサなりそうやわ……)
椅子の上で胡坐を組みなおし、話を聞く体勢を見せたところでエドワードとマティアスが前に出て自己紹介をし、立ったままの皆にルーナが座るよう勧める。
「ルーナ女王陛下、アイレ姫様ならびにコハク様。改めて剣を向けたこと、スルト村を代表し改めて謝罪申し上げます。誠に、誠に申し訳ありませんでした」
「ええよ」
「いいよー」
「まこと まこと」
「我々はいかなる処罰もお受けする覚悟であります! 陛下の御裁断を拝命し……えっ?」
「せやからええて」
「(これ美味しいね)」
「みずみず うまい」
「どこがみずみずだ!? カラッカラだろ! ……なんであやまってる?」
一瞬で許されてしまったエドワードを筆頭にする騎士団員ら。守り手の代表として場に臨んでいたロンは先のルーナの振る舞いから、もしかしたらという極々わずかな希望が一瞬で実を結んだことに呆気にとられた。
「そ、それはどういった……」
なぜこうも簡単に許されるのかという質問の言葉がうまく出て来ず、エドワードが目を見開いたまま固まったところでルーナは仕方なく場を進める。
「最近やろ。
「はっ……? はっ! 仰せの通りです!」
「そんならおたくらがピリついてたんもしゃーないし、むしろウチらがもっと早よぉ来とったら手伝えとった。遅なってすまんかった」
「私からも、こんな大変な時期に来てしまってごめんなさい。エーデルタクトも大変だったから、よくわかるの」
―――!?
「
「からから うまい」
「よーし二人とも。ちょっと静かにしようね?」
シリュウの合いの手にも一切反応できずに固まる場。
これが狂獣と恐れられている女王なのか
先の戦争で人間に同胞を大勢殺された王の振る舞いなのか
エーデルタクトの姫とて同じ
本当に人間の狂気に触れたはずの方々なのか
さらに皇帝と肩を並べる存在とはこうである、と思い込んでいた皆の女王像がガラガラと音を立てて崩れていった。
(かの地でのお噂通りでした)
その中で、コーデリアだけは静かに微笑んでいる。
――――――――――――
■近況ノート
GW更新がんばったと思ってる
https://kakuyomu.jp/users/shi_yuki/news/16817330656998274915
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