#112 繚乱
まさかの来訪者に驚きの余り固まる。
一人は未だに分からないが、三者三様に魔力の形や大きさが俺の知るそれと大きく変わっており、久しく視ていなかったというのもあって
アロウロを感じ取り、ベルドゥに変貌した時と同様の次元で驚いていると、殺気立ち、熱の上がった場を冷ますように冷気の尾を引きながらそれは駆け寄ってくる。
「はっ!? えっ!?」
ボフッ
腰を落として構え、丁度よい高さになっていた胸元へ無造作に飛び込んで来た少女。
耳触りの良い下駄の音と軽やかな鈴の音も何だか懐かしい。
そう、最初にシリュウが気が付き、俺たちが全力で警戒した相手は正真正銘、コハクだった。
「コ、コハクっ!?」
俺がその名を呼ぶと回り切っていない腕をほどき、目の前でコクリと頷く。
それを見た途端、沸き立っていた血が一気に冷めていくような、頭に上っていた血が全身に巡るような感覚に襲われ、それと同時に込み上げたものは俺に周りを忘れさせた。
「よく来たっ! 一年、いや二年ぶりか!? まさかコハクだとは思わなかったぞ!」
「きた」
「そうかそうか、よくここが分かったな。ふむ、若干背も伸びている気がする。息災だったか?」
「そくさい」
「それは何よりだ。よもや一人という事はあるまい。あ奴らも一緒なんだな?」
「いっしょ」
「やはりか。全く、来るなら来ると先に報せ……っとコハクはいいんだぞ。微塵も気にする事はない。いつでも歓迎……はっ!?」
色々まくし立てられてコハクは佇んだままコクコクと頷き続け、その都度声量の上がる俺。
だがここで、ようやく俺と周囲の格差に気が付いた。
皆武器を取り、依然固まったまま。殺気こそ収められているが、ただただ怪訝な顔を俺に向けている。
当然の反応だ。感じ取っている圧倒的な魔力と存在感は確実にこの少女から発せられていたものであり、現状何の説明も無いまま俺が無邪気さを露呈しているだけなのだから。
「あー……えー……」
再会を喜ぶ前にやるべきことがあった。
「ゴホンっ!」
そこにエドガーさんがわざとらしい咳払いをしてどう言ったものかと思案する俺に助け舟を出してくれた。
明らかに俺の知り合いであろうことはわかってはいるものの、バケモノ呼ばわりしてしまった事への罪悪感からなのか、若干顔が引きつっている。
しかしそれを振り払い、エドガーさんはこの場の皆を、いや、村を代表して最優先で聞かなければならない事を皆に知らしめた。
「ジン……っ! こ、これも! あっちも!」
コハクを指さし、森の方角を指さし、
「敵じゃないんだな!?」
馬鹿デカい声で、それこそ村中に響き渡るような声で叫ぶ。
これに俺は折っていた膝を伸ばし、放置していた申し訳なさを塗り潰すように答えた。
「はい。敵ではありませぬ。私の友です」
場に高々と宣言し、皆を見渡しながら力強く頷く。
それを見るや皆ガラガラと武器を落とし、ある者は天を見上げ、またある者は呪縛から解き放たれたかのようにその場にへたり込んだ。
「ぶはーっ! カンベンしてくれ!」
エドガーさんは腹の底からため息を吐き出し、それに呼応するかのようにため息が連鎖してゆく。
そしてため息は次第に乾いた笑い声に変わり、皆の視線は傍に居るコハクに一斉に向けられた。
大勢の視線を感じたコハクは途端に恥ずかしくなったのか、俺に助けを求めるように無言で両手を上げる。
「……」
「大丈夫だ。ここには敵はいないし、怖い人もいない。皆優しいぞ」
そう言って頭を撫でてやるが、コハクは頭に置かれた手の袖をクィと引き、今はそうじゃないと言いたげに口を開閉させた。
「どうした? 腹が減ったのか? さもありなん、長旅だったろう。それにしてもコハクだけ先に行かせるとは……あ奴らは何をやってるんだ」
「―――こ」
さすがに聞き取れなかったので、保護者に苦情を入れつつ少し頭を下げて耳を傾ける。
「――っこ」
「え」
「だっこ」
「っ!?」
「だっこ おねがい」
初めてのお願いはホワイトリムの山中でだった。それが縁となって今に至る訳だが、二度目のお願いは何とも得難いものになったものだ。俺の知る限りされるがまま、言われるがままだったのが、自分からこういう事が言えるようになったのもコハクが成長した証なのかもしれない。
「ぃよーしよし、いくらでもしてやるぞ」
しかし不覚にも目頭が熱くなり、上げられたままの両手を迎えるべく再びしゃがんで抱きかかえようとしたところで、不意な地鳴りに動きを止められた。
ズンッ!
「っ!」
地を踏んだのはただ一人今の状況に納得がいかないままの者。
このおかげで、コハクの二度目のお願いが叶うのは少々後になる。
「おいこらまてあれか? あまえんぼーか? シロチビニセ獣人。そんなにだっこしてほしいならシィがしてやる」
白とチビについては見たままだとしても、言い方はアレだが純然たる獣人ではないと気が付いている辺りはさすがである。
ギョロリと見開かれた目は真紅の魔力光を湛え、コハクを物珍しそうに囲んでいた守り手や騎士団員らはその迫力に押されて道を空ける。
ザクッと地面を踏み固めてコハクの背に立ち、上げられたままの両腕の脇を掴んで宣言通りに軽々とコハクを抱き上げた。
「おー」
「待て待てシリュウ。殺気が消えとらん。気持ちは分からんでもないが乱暴はいかんぞ」
「なははっ。お師のともにシィがらんぼーするわけ―――」
深竜化したままの獰猛な姿で浮かべられた笑顔が、どれほど恐ろしいかを伝えるのは中々に難しい。
そして案の定、シリュウの腕と脚、背の筋肉がビキリと音を立て、抱え上げられていたコハクが
「っと、手ぇすべったぁぁぁぁぁーーーーっっ!!!!!」
「うおい゛っ!?」
ギュオンッ!!
―――あああああああっっっ!!
投げ飛ばされ、物凄い速さでコハクは彼方へ飛んで行った。
「な、な、何という事をするんだシリュウ! コハクーっっ!!」
いきなりの暴挙に出たシリュウを怒鳴り付けながら、彼方へと消えたコハクに手を伸ばす俺。
同じく皆の悲鳴が一斉に木霊する中、大砲シリュウは緩やかに深竜化を解きながら出てもいない汗を拭っている。
「ふーっ、あぶないあぶない。だまされたお師たすけるのも弟子のやくめーです」
「ば、馬鹿者が! 騙されてなんぞおらんわ! 早く助けに行かなければ!」
コハクが飛んで行った方向に駆けようと踏み込むが、そうはさせまいと万力が俺の腕を掴む。
「放さんかっ!」
「むぎぎぎ……っ、ばかはお師です! あれはふつーじゃないです!」
「そうだ! 普通の獣人ではない! 説明するから今はとにかく」
と、俺とシリュウがいがみ合う中、
「お、おい! あれっ!」
カンッ カンッ カンッ!
エドガーさんが空に向かって指を差した先、甲高い下駄の音を響かせ、遥か彼方から空を駆けてこちらに向かって来る人影がある。
それは空中に造られた何枚もの丸い氷の板を足場にして、屈曲しながら舞い戻って来るコハクだった。
「げげっ! ほ、ほら見るです! 獣人が氷つかうとかおかしい! おかしいのはぜんぶてきです!」
「そんな理屈教えた覚えはないぞ!? コハクは特別なんだっ!」
しかし凄いもので、慌てふためいた自分が恥ずかしくなるほどだ。コハクは飛んでいる最中に止まらないと思って氷を壁にして止まり、飛んで来た空の道を戻って来たのだ。
足場にした後の氷の足場をすかさず解除し、三歩先までの足場を同時に創り出していた。さすが氷魔法の申し子なだけはある。
俺も氷魔法を使い始めて久しいが、あの速度では展開出来ない上に、あれほど燃費の良い使い方は出来る気がしない。足場が創られるタイミングと位置は完璧で、コハクはあれよあれよという間にここ西門前に迫って来ていた。
だが、俺がついその力に感心してしまった隙を突き、シリュウは前に出てそれを一切の容赦なく迎え撃ってしまっていた。
「させるかぁっ!―――
ゴッ!
出来ていた氷の足場に火の槍が命中し、足場は音を立てて瓦解。コハクの氷は原素魔法であり、人間の火魔法では弾かれてしまうのでこうはいかない。
竜の火だからこそ成せる芸当なのを知ってか知らずか、その様に周りからは歓声が上がった。
対するコハクは砕かれた足場にピクリとも反応せず、すぐさま足場を再生して引き続き迫る。これを見て負けじとシリュウも次から次に槍を撃ち出した。
カカカカカカカカンッ!!
ドドドドドドドドドッ!!
「うおぉぉぉっ! さっさとおちろこのやろーっ!」
「おちない」
下駄の音と火の槍が氷を貫く音が急激に密度を増し、パラパラと落ちる氷片が陽光を反射して煌めき、散る火炎が砕かれた氷塊に映り込むその光景と音の共演はもはや美しいとさえ言えた。
コハクが並大抵の強さではない事は知っている。
だが俺が見た事があるのは白虎の姿で猛然と牙を剥くコハクであり、少女の姿で戦闘と言える動きを目にするのは初めてだった。
コハクの目にも止まらぬ動きの先を読んで強烈な火の槍を繰り出すシリュウもさすがだが、それをギリギリのところで避け続けているコハクが今のところ一枚上手だと言えるだろう。
「な、なぁジンよ……これは止めなくていいやつなんだよな?」
「……」
止める?
勿体ない。
エドガーさんの問いに俺は無言で首を縦に振り、この至極の攻防に神経を尖らせる。どちらかが周囲を巻き込むほどの魔法を展開しようものなら即座に止めなければならない。
何度足場を破壊され、狙われても次から次へと氷を生み出して落ちぬコハクと、撃っても撃っても落とせないシリュウの戦いはすぐさま熱を帯び、歓声もひときわ大きくなっていった。
「おいっ! 一体何がどうなってんだ!?」
「なんでシィちゃんだけ戦ってるの!?」
「ジ、ジンさん! 加勢しなくていいんですか!?」
程なくして北の森から西門に駆け付けたオプトさん、エイルとソグンも加わり、段々に手が付けられない状況になっていきそうなのには目を瞑る。
「三人とも……いいんだ、もう」
「は!?」
事の次第をつぶさに見ていたエドガーさんはさすがに察しがいい。俺と同じ気持ちなのだろう。全てを悟ったような、いや、諦めた顔で三人に力なく言った。
「ジ、ジン兄ぃ?」
「ああ見えてじゃれ合っているだけなんだ」
「そう……なの? あたしにはシィちゃん本気に見えるんだけど?」
「そうなのかもしれん」
「あの……もしかして手が付けられないという事なのでは……?」
「そんなことはないのかもしれん」
「何言ってるの!?」
唖然としながら戦闘を見守るしかなくなった三人を加え、しばらく続いた攻防だったが、決着の時は案外あっさりとやってきた。
コハクが氷の足場を創る事を止め、ヒュンと森に落ちてしまったのだ。
「はぁ、はぁ……ふざけやがってあんのシロチビ……だがしかーし! シィの勝ちだっ!!」
「……」
確かにコハクを落とすという目的ならシリュウに軍配が上がった事になるだろう。
だがそうなれば―――
ガサガサッ
コハクは普通に地面を歩いて戻ってくるだけだ。
「あ゛ーっ!? ひきょうだぞシロチビ!!」
「何がだ」
何はともあれ、再度姿を現したコハクは無傷。
物騒な歓迎の宴だったと思えば俺のシリュウの暴挙に対する怒りも何とか収められるし、矛先を失っていたシリュウの
周囲が堪能したかのような嘆息を漏らしたところで、俺は頃合いだと場を納めるべく前に出る。
「もういいだろう。これで一件落……っ!?」
ゾワッ
だが、そう思ったのは俺たちだけだった。
「てき」
一瞬で凄まじい冷気と殺気を纏い、コハクが小さくつぶやいた。
パキパキと音を立て、だらりと垂れたコハクの指先に十本の氷の刃が形成されている。問いかけるように少し首をかしげ、流れた前髪の奥から蒼白の魔力光が漏れ出すとこの場の誰もに悪寒が走った。
「うおっ!?」
「なっ!?」
「や、やばいぞっ!」
皆は本能的に身の危険を感じて武器を取って身構え、とびっきりの殺気を浴びせられた当人はガキリと犬歯を剥きだして再度闘争心を滾らせる。
「キャハッ! ほんしょーでたなシロチビ! かかってコイ! ズタボロにしてヤルッ!」
(いかんいかんいかんっ! これはいかんっ!!)
俺は慌てて両者の間に入って止めようとするが、間が悪いとはこの事だろう。
遠方から超速で飛んできた九つの尾を持つ獣人を皮切りに、事態はとんでもない方向へ流れ出す。
ドンッ!
「なんやこの殺気は! コハク! やっとんのかっ!?」
「ル、ルーナ!?」
「ジン! 竜娘! 一旦下がれ! 態勢を整える! フェルズ、S級三体だ! すぐに人員見直せっ!」
「はいっ!」
「父上!? フェルズさん!?」
ゴオッ!
「この感じは……まさか竜人!? な、なんてことすんの!? よりによって人間の里で暴れるなんてっ……森を焼いたのもあんたね!?
「アイレ!?」
「エドワード団長! 隊長クラスだけを前へ! この力……っ、他は持ちません! ブルーノ、続きなさい!」
「御意!」
「コーデリアさん!? ブルーノさん!?」
「分かっている!
「「「はっ!」」」
「エドワードさん!? イワン隊長お久しぶりです!」
「続けぇーっ!
「「「おうっ!」」」
「ドイル隊長!?」
なぜこうなった?
俺のせいか?
なんにせよ、もうだめだ。
俺は夜桜を抜き、ありったけの強化魔法を周囲に解き放つ。
「各々方! ―――
――――――――――――
一番しんどかった回かもしれない
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