#110 来訪者Ⅱ

 翌朝。


 草むらで目を覚ました俺と父上は家で軽い朝食を取り、足らぬと文句を言いかけたシリュウを連れて屯所に向かった。


 途中コーデリアさんとも合流し、目に見えて増えている屯所の人員に圧倒されそうになりながら会合が行われるという扉を開く。


「おおっ、ジン君! 久しぶり! 大きくなったね、会えて嬉しいよ!」


 騎士鎧に身を包み、満面の笑みで迎えてくれたのはマイルズ騎士団のエドワード・ギムル団長。


 前騎士団長であり俺のもう一人の剣の師であるボルツさんの下で一番隊長を務め、当時二番隊長だったコーデリアさんの先輩に当たる人である。


 俺がマイルズに立ち寄った三年前、初対面にも拘わらず騎士団に入らぬかと誘ってくれたのが遠い昔のように感じる。


「お久しぶりです、エドワード団長。随分連れて来られたようですね」

「当り前だよ。スタンピードだよ? 全員五秒で鎧を着て十秒で馬に跨ったさ」

「ははっ。それは頼もしい」

「エドワード団長。無駄話はそれくらいにして下さい」

「っと、こわいこわい。久しぶりの再会だっていうのに相変わらずつまらないね、コーデリア」


 コーデリアさんに嫌味を言える数少ない人物だろう。隣に座るドイル隊長も苦笑いするしかなく、他の団員や隊員の背筋は伸びきっている。


 マイルズ騎士団員からすれば、コーデリア・レイムヘイトと言えばもはや伝説と化している人物である。


「再会を祝したいのは山々だけど、さすがに村の状況を考えるとのんびりもしていられない。明後日にアルバニアの三大隊が到着、その後ノースフォークからも騎士団が到着するのは知っているかな?」

「はい、聞き及んでおります」


 エドワード団長は話の前提を手短に話し、俺はそれに是と頷く。


 とにかくノースフォークの騎士団はさておき、このアルバニア隊への対応が当面の仕事なのだとエドワード団長は言った。


 戦いが終わった今、アルバニア隊は村の復興に手を貸す他に敵の正体を見極めて周辺に警戒網を敷くのが主な任務という。そしてこの場はアルバニア隊をどう動かせば最適なのか、ち密な指針を示す為のものだという事だ。


「コーデリアからはもう話は聞いているんだけどね。あの戦乱と今回の戦いで、かの存在と戦ったのはコーデリアとジン君。そして」


 と、エドワード団長は俺の隣に視線をやり、訳も分からず連れて来られ、出された茶をおかわりしまくっているシリュウに向かって胸に手を当てた。


「お初にお目に掛かります。私はマイルズ騎士団長のエドワード・ギムルと申します。名高きドラゴニアの戦士、シリュウ殿。先の戦乱、そして此度の戦にご助力頂いたこと、改めて感謝申し上げます。帝国はこの御恩を決して忘れる事はありません」

「……」

「おい」


 エドワード団長が恭しく礼を述べているにも拘わらず、シリュウはジッと団長を見つめたまま微動だにしない。


 このままではあまりに失礼なので、耐えかねて俺が一声かけるとシリュウはスッと立ち上がる。


 後を察して先に俺が頭を抱えると、思った通りにいつもの彼女を発揮した。


「お師のいくところにシリュウありっ!!」


 ダンッ!


 腰掛けていた椅子に足を乗せ、場に対するそぐわなさ、その唐突さにコーデリアさんまでもが目を見開き、皆は絶句した。


 そしてそんな空気を微塵も気にすることなくシリュウは続ける。


「だから団長様のありがとういらない! それにシィあいつにまけた! ぎゃくになんかムカつくからもうやめろっ!」


 騎士団長の謝意をこうも真正面からぶった斬る者が過去にいただろうか。


 失礼を通り越し、もはや清々しいとさえ言える。


「シ、シリュウさん……」

「はぁ」

「ははっ、こりゃたまらんな」


 俺のため息と父上の笑い声が重なると、ドイル隊長に続いてブルーノさんが肩を揺らし、フェルズさんも続いて笑った。


 シリュウと共に前線で戦った彼らは、この気性がわかっていたのであろう。


 さもありなんと言わんばかりに、驚くエドワード団長を見やり『こういう方なのです』と短く言葉を付け足した。


「なるほど……これこそかの竜人族という訳ですね」


 団長も全てを察し、うわさが独り歩きしている竜人族にまた一つの理解を得たと満足気な笑顔を浮かべた。


「シリュウ殿とジン君に伺いたい。戦いの最後に現れたという……魔人についてです」


 あまりに理外の存在ゆえに国家機密と化している魔人。


 その脅威度は語るまでもなく、圧倒的な魔力を備えた魔物が意思を持って動くこと自体が大災害とも言えるのだ。


 これが臣民に広まってはあらぬ恐怖を植え付ける事になりかねず、さらに騎士では敵わぬことが知られては混乱は炎のように伝播し、延焼が延焼を呼ぶ事になってはどう国が転ぶか分からない。


 そうなる事を事前に防ぎ、帝国騎士団は何かしらの手立てを考えなければならないのだ。


 俺に隠すことは何もないので、知っている事全てを話すつもりである。シリュウは俺以上の事は知らないはずなので、このまま静かに茶をすすってもらうだけで十分だ。


「魔人について話す前にまず、皆さんに知っておいて頂きたい魔物がいます」


 皆の注目を受け、俺はサントル大樹海でしか確認されていないはずの魔物の名を口にする。


「アロウロ。一年ほど前から大樹海で確認されている、新種の魔物です」

「ジン、まさかそれが」


 即座に察したコーデリアさんが予想を口にし、俺はすかさず頷いた。


「はい。前線の皆が見たという、子供の姿をした魔物です」

「アロウロとは初耳だが、あの大樹海の魔物がここに現れたという事かい!?」

「恐るべきことです」


(それであの時、シリュウさんは驚いていたんですね)


 驚く皆とは対照的に、コーデリアは今ジンが話したアロウロという魔物を目にした時のシリュウの様子を思い出していた。


 怒りよりも先に驚きが見えていたのも、いるはずのない魔物であることをシリュウが知っていたという事になればあの反応も納得がいく。


 一つ得心したコーデリアが続くジンの言葉に耳を傾け、そのアロウロと魔人のつながりについてジンの口から語られようとする中、静かにしていたシリュウがなんの前触れもなく、ガタリと立ち上がった。


「なっ、なんだこれ……っ!」


 話の腰を盛大に折られた格好だが、シリュウはギリリと歯を食いしばり、窓の外を睨みつけるその目つきにはこれまでに多くの心当たりがある。


 この様子は一貫して驚くに値するものであり、無視してよいものではないという事だ。


「どうした」


 俺は逸る気持ちを抑え、殊更に落ち着いて続きを促す。


「いち、にぃ、さん……よん? これは、よわい……? むぎぎぎ……ぬがーっ!」


 そして感じる反応を数えて苛立ち、最後は考える事をやめてバッと俺を見上げた。


「お師っ! ヤバいのがくる!」


 その様子に冗談の類ではない事を全員が察し、先程までとはまた違った緊張感が走る。


 だがここには戦い慣れた者しかいない事もあり、これをもって騒ぎ立てる者は一人もいない。


「コーデリアさん」

「ええ」


 ―――遠視魔法ディヴィジョン


 俺とコーデリアさんはシリュウの見る方角に魔力を伸ばし、彼女がヤバいと言った元を探る。


 すると程なく凄まじい魔力反応を感じ取り、遠方という距離を差し引いても人間の形ではない事だけははっきりと分かった。


「ば、馬鹿なっ!?」

「これはっ!?」


 絶句している暇もない。


 俺は腰の夜桜に手を添え、ここは任せたと窓からに飛び出した。


「いくぞシリュウ!」

「いくですっ!」


 俺達は窓から飛び降り、反応を示したブカの森の方角へ一目散に駆けた。魔物ではないにせよ、この反応が敵意を持っているのなら先のベルドゥと同等かそれ以上。


 なんにせよ、再び村が戦場になる事だけは絶対に阻止しなければならない。


「もうまけない! ぶっころす!」


 だが猛るシリュウを横目に、俺は冷や汗が止まらなかった。


(敵だった場合、俺たちだけでこれを止められるか?)



 ……―――



 ジンとシリュウが窓から出て行った後、屯所の会合も一時中断され、緊急事態であることがコーデリアの口から語られた。


 それと同時に騎士団員と駐屯隊の各連絡員が部屋の扉を勢いよく開け、また同時に守り手の一人が大急ぎでロンとフェルズに事をもたらした。


 コーデリアが感じた大きな魔力反応は三つ。


 仮にこれら三体が敵意を持って村を襲ったとしたら、被害は計り知れないものとなる。ともすれば魔物大行進スタンピードを超える脅威になりうるとの認識が共有され、各自素早く対応に出た。


 その中で報は続き、中でも守り手であるキースがもたらした情報はほぼ確信とも言える内容だった。


「ロンさん、フェルズさん!」

「キース! 誰が行ってるんだ!?」

「エドガーさんです!」

「はぁっ!? またあいつとんでもない貧乏くじ引いたな!?」

「そ、それは僕には何とも……と、とにかくですね! 来ているのは宙に浮く人型と、大尾を持つ魔獣型、それと、こ、子供だそうです!」


 子供と聞き、その脅威にさらされた者が大勢いるこの空間に激震が走った。


 ジンからアロウロと聞かされたその魔物の名を、全員が胸に刻んだばかりなのだ。


 唄声は決して聞いてはならぬ。


 その瞬間に敗北が決定する。


「人型と魔獣型の脅威はアロウロ以上と推定する! 小隊長以上は西門に集結! その他は全住民を速やかに東に避難させなさい!」

「はっ!」


 団長エドワードの指示がすかさず飛び、ロンを筆頭にコーデリア、ドイル、ブルーノ、フェルズは全速力でジンの後を追った。


 今回はマイルズ騎士団がいるとはいえ、圧倒的な敵の前に果たして戦力となるかは未知数である。


 ロンの目から見て、マイルズ騎士団でまともにアロウロと戦えそうなのはあの部屋にはエドワードの他に三、四人しかいなかった。


 それにあの魔人が三体だと仮定した場合、果たして。


「この村いつから呪われてたんだ」

「祓うまでです」


 コーデリアはロンの独り言にも強気に反応し、二人は肩を並べて疾走する。


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