#106 ここから
ニヤついて近づいて来たエドガーさんとオプトさんを前にし、八つ当たりしてやろうと目論んだ性根を改めた。
この二人とて村の為に命を張った二人なのだ。今は仄暗い感情を捨てて互いに無事だったことを称え合うべきだろう。
拳を突き出してきた二人に俺も両の拳を突き出してゴツと合わせた。
「元気そうじゃねぇか」
「ったり前だっての。なっ、ジン?」
「おかげさまで。エドガーさんは五体満足、とはいきませんでしたか」
「まぁな。しかし命あっての物種だ。それを考えりゃこんくらい屁でもねぇ」
そう言って空になった右袖を揺らし、いつもは両腰に刺されていたのが右腰だけになっている
「恰好が良すぎですよ」
あれほどの脅威にさらされながらも折れず曲がらず、守り手を引退する気などさらさら無いと言わんばかりの振る舞いに俺もこうでありたいと強く思った。
「がーっはっはっは! これが生きる道ってもんよ!」
「何の役にも立ってねぇお前と違って俺は無傷だけどな?」
「う、うるせぇ! ばっちし聞こえてんじゃねーか!」
そして片や
聞けばアロウロの唄声で気付かぬ間に森の中で倒れ、その間に行き掛けの駄賃のように魔獣に腕を食われて目を覚ましたエドガーさんに腕を取り戻す手段は無く、オプトさんも唄声で狂った器官が元に戻らないらしい。
オプトさんに限って言えば治癒魔法で治る余地があるというが、限られた治癒魔法師らの手を若手や騎士を優先するようにと治癒魔法を拒否しているのだそうだ。
「ならば母上にお頼みしておきます」
「そ、それだけはやめてくれっ!」
まだまだ怪我人が多くいる中で子を産んで間もない母上の厄介になるくらいならこのままでいいと言い張り、その男気を超えた頑固さもオプトさんの意外な一面と言えるだろう。
ここで今更ながら立ち話も何だと逆に家に入ろうとエドガーさんに言われるが、首を振って今の状況を話した。
「馬鹿野郎。ったく、そりゃコーデリアなら怒るな。お前が悪い」
「俺、千個くらい候補あるけど聞くか?」
事情を話すやエドガーさんにはため息をつかれ、オプトさんから何の参考にもならなそうな提案を受けたところで俺は覚悟を決めた。
この世界では赤子が名無しのまま七日を迎えてしまうと別の何かが入ってしまうとされており、生まれた日を一日目として今日で三日目。
つまり四日後の夜までに名付けを行わなければ、我が弟妹は魔物の類となってしまうくらいの覚悟で考えなければならないということだ。
「わかりました。魔物すら恐れる名を考えて見せまする」
「いや……それはどうなんだ?」
「くっ、はっはっは! そーゆーとこジンだよな」
そういって二人は俺を置いて意気揚々と家の中に入っていった。
どうやら俺が目を覚ましたと聞いて二人は急いで身を拭ってきたらしく、弟妹を抱く事を殊更に楽しみにしていたようだ。
それもこれもスルト村一番の助産師であるサブリナさんが赤子が一日で接触してもよい人数をかなり絞っており、外部の人間は一日二人まで。
明日以降も村長のマティアスさんや商店主のニットさん、鍛冶師のアンテロッダさんと果てやティズウェル卿と続き、他にも親しくしている村人らが祝いの言葉と共に控えているという。
コーデリアさんがその一人に入っていない事をさておくと、ある意味親族以外の人間として一番槍の権利を有するエドガーさんとオプトさんは特別だと言えるだろう。
「まぁ、あのお二人なら当然だな」
俺の育ての父とも言える二人なのだ。全く異論は無い。
「さて……」
ポツリと一人家の前にいても何にもならないと、コーデリアさんに報せに行ったきり帰ってこないシリュウを探すついでに村の様子を見ておくことにした。
「おっ、ジンだ! 目ぇ覚めたんだな!」
「村を守ってくれてありがとう!」
「じんさーん! これおかーさんがもっていけって!」
方々から労いと感謝の言葉が飛び交い、皆が笑顔を向けてくれる。野菜売りの店の前を通れば大量の野菜を手渡され、解体屋の前を通ればこれでもかと言わんばかりの肉を押し付けられる。
「大忙しですね」
「おぅさ! まだまだ裏に積み上がってんだよ! 腐っちまう前に処理しねーとな!」
食うために綺麗に狩った獣ならともかく、ただ倒すために無造作に仕留められた魔獣の処理は一手間も二手間も増える。
加えてあれほどの数が押し寄せてきたことを鑑みれば、解体屋の裏手は悲惨な事になっているのが容易に想像できた。
「有難く」
タダで肉をもらっておくのも、ある意味では解体屋の手助けになるのかもなと素直に受け取っておく。
食器や家財を売っている店の前に差し掛かると主人から新しいベッドを届けると気前の良い事を言われたが、さすがにこれは遠慮しておいた。
その後も女衆からの差し入れや、包帯まみれの俺を見て慌てて傷薬と替えの包帯を用意してくれた老婆に感謝を告げつつ、ぐるりと村中を歩き回った。
手一杯になる前に次々と
そう、俺が壁で押し壊し、更地と化していた村の中央付近である。
「皆、申し訳ない……」
自室からの光景で何となく察しはついていたが、建材が所狭しと並べられ、うず高く積み上がっていた。
建物はなく、殺風景なはずの一帯は大勢の村人が職を問わず集まって皆いそいそと働いている。
基礎を組むためにために穴を掘っている者、太い柱をえいやと立てている者、露になっている梁の上で軽快に釘を打つ者。
挙げればキリがないのだが、その熱気に当てられた俺は気が付けば腕を捲り、夜桜を背に回して脚を伸縮させていた。
「俺がやらねば誰がやる!」
打ち壊した張本人である俺がここで見ているだけなど我慢ならない。
誰よりも働いてやると、気合十分に指示を出している棟梁と思われる人に声を掛けようとすると、背後からの呼び声に脚を止められた。
「ジンさん!」
(せ、折角の気合が……)
「おお、ソグンか。……と、君は確か」
「……」
「ほら、挨拶」
体の大きさに見合わぬ石材をドスンと地面に置き、ソグンは傍らで気まずそうにしている少年の肩に手を置いた。
「どうした。怪我が痛むのか?」
「ち、ちが……っ!」
俺の問いかけを否定しようと勢いよく顔を上げるが、少年は目が合うなりまたもや顔を伏せてしまった。正面切ってではないが一度は顔を見合っているし、緊張するような性分ではないであろうことも俺は知っている。
特に急かす理由も無いので少し待ってやると、少年は意を決して顔を上げた。
「え、」
「?」
「英雄ジン!」
「う」
見開かれた目は、いつぞやシリュウに向けていたものとは全く異なっていた。
面と向かって英雄などと言われて即座に否定したいところではあるものの、それはそれで将来有望な戦士に何かを諦めさせることになるかもしれない。
だが、露見してしまった事は致し方ないとしても、その所は声高に言わぬよう話すくらいはしてもいいはずだ。
「カッツェだったな」
「お、おれのなまえ知ってるの!?」
「まぁ、な」
「すげーすげー! あ、あのっ、英雄ジン! おれ―――」
「待て待て落ち着け。それなんだがな」
俺はかがんでキラキラと目を輝かせるカッツェと視線を合わせ、せめて俺のいる間だけは英雄などと呼ばぬよう優しく丁寧に言い聞かせた。
これに『はいっ』と元気に背筋を伸ばしたカッツェを見る限り、あの時シリュウに悪態をついていた面影は見られない。
(なんだ。存外素直な子ではないか)
俺がうんうんと満足げに頷くと、横でソグンはため息をついている。
「あの……ジンさんだけですからね? カッツェがこんなに素直にいう事聞くの」
「そうなのか?」
「そうです!」
「こら」
ポカリと頭を小突かれ、不服そうなカッツェを横目にソグンは改まって深々と頭を下げた。
「今回の事で僕は改めて自分の未熟さに気が付きました。ジンさんがいなければ村はどうなっていた事か。これを言うのは違うと仰ると思いますが……それでも言わせて下さい! 本当にありがとうございました!」
「ま、ましたっ!」
ソグンに釣られて頭を下げたカッツェもまた、戦ったのだと知っている。あの時ソグンの背で眠りながら、今も背負う歪な木剣は共にあったのだ。
ここは故郷だから
人間として抗うのは当然だから
俺もまだまだ未熟だ
そういった言葉をあえて飲み込んで顔を上げさせ、
「ソグン、カッツェ」
「はい」
「はいっ」
二人の目を見てこう言った。
「上って来い。お前達ならきっとやれる」
青年と少年の雄叫びが復興現場に響き渡り、俺の背中越しに大人たちの皆が皆、眩しそうに目を細めていたのは知る由もない事だ。
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