#101 烈戦再び

 終わりが見え始めた壮絶な戦い。


 皆が皆拳を握り締め、破裂音の鳴り響く前線を見つめていた。


 頑張れ、頑張れ、と心の中で叫びながら。


 シリュウが撃ち落とした死肉蝶イツマデの死骸が足元でチリチリと焼かれ、ロン、コーデリア、ドイル、ブルーノ、フェルズの五人はそれを踏みしだきながら各々修羅の如く武器を振るう。


 ザシュンッ!


 そしてとうとうその時がやって来る。


 空中を泳いでいた二千匹の蝶は急速にまばらになっていき、コーデリアの探知魔法サーチにかかっていた最後の一匹をロンが両断すると同時に視線を合わせる二人。


 コーデリアがこれにコクリと頷くと、ロンはすぐさま長剣ロングソードを持つ手を突き上げ、あらんばかりの声でときを上げるや待望の歓喜が渦巻いた。


「俺達の勝ちだっ!」


 ―――お゛ぉぉぉっ!!!


「なはっ! うおー!」


 共に戦い抜いた六人は円陣を組み、互いを称え合い拳を合わせる。


 この一体感にシリュウは戦争で死んでしまった故郷の戦士たちを重ね、弱い弱いとばかり思ってきた人間達とのこの一年の出会いに犬歯をのぞかせる。


「シリュウ殿、帝国騎士を代表してまずはお礼を言わせて頂きたい。ありがとう。貴殿のおかげで我らの聖地は守られた」


 ドイルはスルト駐屯隊長として、そしてアルバニア騎士団中隊長として胸に手を当て、帝国騎士らしく直立で礼を述べた。


 聖地防衛の要となった竜人の少女の功績はのちに皇帝に耳に入る事となり、先に起こった聖獣討伐の件も併せて故郷ドラゴニアに感状が贈られる事となるが、それはまた別の話。


「せーち? わかんない! けど……シィはお師のたのみーをたっせーしたっっ! これでやくにたつシィをはもんできない! なーっはっはっは!!」

「ふふっ、そうですね」


 あくまでジンに頼まれたからという体である。いずれにせよ魔物が襲来したと分かれば嬉々として参戦していたのは明らかなのだが、それを知るコーデリアは言わずにただ微笑んだ。


 そして戦いは終わったと一部の者が村人らが待つ神獣の足跡へ報せに走る中、オプトが戦った六人を労いつつもまだ終わっていないと事を説明する。


 戦いの最中にエドガーから無事を知らせる通信魔法トランスミヨンが入った事、その話した内容をそのまま伝えると五人は眉をひそめた。


「逃げろ、か……そりゃ三獣が揃って動いたと分かればそう言いたくなるのはわからんでもないが」

「死肉蝶の大群を見れば心折れるのはわかります。ですが顔の無いガ……子供が森にいるとはさすがに思えませんね」

「だろ? 怪我の痛み和らげるのにアルシナ草食ったんじゃねぇかって思う」


 アルシナ草とはブカの森に生える薬草で傷薬の材料として使われることもあり、煎じて薄めて患部に塗れば多少の痛みの軽減になる。だが、そのまま食したり、焼いて出た煙を吸えば酷い幻覚に見舞われるという代物である。


 実際、エドガーはこの煙を使って戦いにくい場所に隠れる魔獣をおびき出すのに使ったりするので、オプトのこの予想は的を射ていた。


 それを知るロンとフェルズはオプトの予想に頷き、側で聞くドイルもまたあり得るなと相槌を打つ。


「唄に関しても幻聴か、あるいは鳥獣の鳴き声や葉の擦れる音がたまたまそのように聞こえたのでしょう」


 コーデリアもエドガーの残した言葉の意味する所を探り、未だ脅威はあるのかと探知魔法サーチを広げているがかかるモノは何もない。


 そうこうしている内にもエドガーの容態が悪化して手遅れになっては元も子もないと、オプトは先行する捜索隊に合流しようと動きだす。


「皆は休んでてくれ。さっさと見つけてくるからよ」

「頼むぞ。あいつはそう簡単にはくたばらねぇ」

「任せとけ」


 全くの無傷なシリュウはさておき、戦いで大きく疲労しながらも捜索隊に加わろうとした五人を制したオプト。


「シ、シリュウちゃんは……」

「あ゛?」

「い、いや、大丈夫! 休んでてくれ!」


 先ほどまでの上機嫌はどこへ行ったのか、不意に声をかけられ、シリュウは鋭い視線をオプトに向ける。


 あわよくば探知魔法と遜色ないというシリュウの鼻を期待したオプトだったが、共に戦ったとはいえ、基本的に人間嫌いだった事思い出して慌てて視線を外した。


 その後のコーデリアの呼びかけにも薄い反応のシリュウの事は気になったが、自分がいつまでも出遅れるわけにはいかない。


 魔物大行進スタンピードが終わった森がどのように変化しているのか未知数な中、その場を離れようとした矢先だった。


「ん? あいつらどうした?」


 先行していた捜索隊数人がその場でうずくまり、死肉蝶の鱗粉で起こった大爆発でなぎ倒された木々に寄りかかっている者もいる。


「エイルもか!? 怪我してたのか!」

「いけない」


 声すら出せずに倒れるエイルに駆け寄ったオプトとコーデリア。


 守り手の紅一点という事でエイルを可愛がっていただけに、コーデリアは珍しく焦りを見せたが、


「お待ちください、奥様! オプト殿!!」


 大声でそれを引き留めたのはブルーノだった。


「ブ、ブルーノ殿、如何なされた?」

「お静かにっ……何か、聞こえませんか」


 その声で緊急性を感じた二人は足を止め、いきなり大声を出したブルーノに驚いたドイルが何事かと問うた。


 ブルーノは目を瞑って耳に手を当て、微かに聞こえる音に集中している。


『―――ア―――ウ』


「確かに聞こえるな……何の音だ」

「……鳴き声?」


『ウ―――ア―――オー』


「魔力反応が一つかかりました。大きくはありませんが……これは亜人……いえ……人、間? 徐々に近づいてきます」

「エドガー……じゃないよな」

「……」


 徐々に鮮明になってゆくその音に、皆が耳を傾ける。


 コーデリアは探知魔法にかかった魔力反応が何なのかを探るために遠視魔法ディヴィジョンに切り替えるが、どういう訳かその形を掴めない。


 ぼんやりとだが、人の形をしているように視える。だが、人であるならはっきりとした輪郭が視えるはずで、これでは存在そのものが希釈な魔力体である。


 魔獣でも魔物でもない。ならば亜人かとシリュウの魔力反応と比べてみるものの一致しないし、人間と言い切るにはかなり心許ない。


 敵であった場合、この距離までくれば相手もこちらに気が付いて一目散に向かって来ようものだが、この魔力体はまるであちらこちらに興味を惹かれる子供のような動きをしている。


 だが、そんな迷い子のような動きを見せながらも、ちゃんと目的地が分かっているかのように東へ東へと移動してくる様に、なぜかこちらから迎えに行こうとは到底思えなかった。


(一体、何なのです)



 〽 アーアー アーオー アエオー



 もう紛う事の無い、はっきりと聞き取れる距離に来る。


 それは獣の鳴き声でも、葉の擦れる音でもなかった。呂律の回らない子供が一生懸命唄うかのような、そんな声である。


 ここでようやくというべきか、六人の背に悪寒が走った。


 これはエドガーが言っていたという、唄なのではないのかと。


 聞いて初めて唄と認識できるのだから、聞くなと言われたところで無理だというものだろう。そしてこれこそが、防衛隊の全滅を誘う敗北の唄だった。


 間もなく目の前がぐにゃりと捻じ曲がる感覚に襲われたのは、一番前にいたオプトである。


「おっ?」


 ドサッ


「おい、オプト?」


 ドサドサドサ


「なっ!? 皆どうした!」


 まずオプトが倒れ、そして次々に防衛隊の皆が倒れてゆき、ロンがオプトに駆け寄って様子を伺う頃には五人を除いて全員が倒れてしまった。


「こ、これは……っ、ブルーノ!」


 そして異常は戦闘力の高い五人にも現れ始め、ぐらりとよろめいて剣を支えに何とか膝を突くだけで耐えたブルーノにコーデリアは駆け寄る。


 見るとブルーノはうまく話すことが出来ないのか口を開閉させるだけで声は出ず、両目はそれぞれ違う方向を向いてぐるぐると回っていた。


「皆がこの状態に!?」


 何か尋常ではない事が起こっている。


 コーデリアは声が聞こえる方向を凝視し、殺気を飛ばす。


 ロンも同様に異常をきたしたドイルとフェルズを見て森に殺気を飛ばしたが、それをはるかに上回る殺気を飛ばすのは―――いや、ここでは焦りというべきかもしれない。


「な、なんで……?」


 実は、円陣を組んだ後程なくを感じていた。


 オプトの消極的な誘いに腹を立てて睨みつけたわけではなく、徐々に近寄って来る目先の針のような感覚にいら立っていたのだ。


 そしてその正体が過去の経験と重なった今、シリュウはこの侵攻が始まって以来初めてガキリと歯を食いしばった。


「二人とも、唄のせいだ! 耳を塞げっ!」

「っ!」


 ぐらりと歪み始めた視界を何とか収めようとコーデリアはロンの言う通りに耳を塞ぎ、咄嗟に目を強化魔法で覆うが回り続ける視界は一向に止まらない。


 ならばと頭全体を強化魔法で覆うと歪みの増大は何とか止められたが、油断すると今すぐにでも世界は反転し、意識を手放すことになるだろう。


 異常の最中で魔力の影響だと判断できた二人はさすがの一言だが、既に耳に入ってしまった異物に対抗するには自身の魔力で抵抗を続ける以外にない。


(くそっ、なんざ聞いた事ねぇぞ!)

(脳が浸食を受けている!? こんな事がっ!)


 そして二人が打開策を講じる間もなく、ただの唄で防衛隊をほぼ全滅させたその存在が、倒れた木々の隙間から唄いながら顔を出す。



 〽 ア ア アーロ ウオウオウーオ



 胴から生える、短い手足と頭。


 顔にあるはずのパーツは一つもなく、気味が悪い以上の感想が出ない。唯一、髪の代わりに奇妙な光る輪が頭を囲んでいるが、一体それが何なのかは全く分からなかった。


 エドガーが知らせた通り、大きさだけは子供ともいえるが―――



『『アロロウロ』』



 ビリビリビリビリビリッ!


 ―――!?


 黒い顔面からブチブチと皮を千切る音を立て、形成された口から放たれたそれは言葉だけではなく、同時に解き放たれた魔力は全てを圧する。


(なんだこいつ!? バケモンじゃねぇか!!)

(魔物!? それもあまりに強大なっ!)


 皆が沸いた勝利は、泡沫うたかたの時だった。


「な、んでっ……お前がっ……!」


 ビキビキビキッ!


『ア゛ァァァァァッッ!』

「ここにいるんだぁーっっ!!」


 ドンッ!


 紅の火炎をその身に纏い、本当の最後の戦いが幕を開ける。


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