#90 呪いの大行進Ⅱ

 ドイルの檄が飛んだ直後。


 防柵を造り終えて陣を整えた駐屯隊が配置に着き、手伝っていた村の男たちが足早に神獣像に避難していく最中、コーデリアはドイルの元へ自らの手勢を引き連れて最前線へ入った。


「ドイル隊長。ティズウェル卿の命により、スウィンズウェル騎士団所属ブルーノ・オーウェンおよびその麾下きか九名、スルト駐屯隊に加勢いたします」


「ありがたく! ティズウェル……いえ、レイムヘイト様!」


 ブルーノらの編成を終える間もなく、続いて合流したのは守り手のロンとフェルズ。


 ドイルはこの四人が総勢百五十名からなる防衛隊の指揮を執る事になるのだろうと初めから予想していた。


 だが、これは初めての事態であり駐屯隊と守り手、加えて騎士団の枠を超えた共同作戦である。おのずとドイルの背は無意識に強張った。


 自分たちの働きにこの戦いの、聖地の行く末が懸かっているのだ。


 案の定ロンとフェルズの合流に合わせて最も多くの戦力を束ねる自分にコーデリアが作戦を尋ねてきたので、やれることは多くはないと前置きして説明を始める。


 まずは防柵を防衛ラインとし、後ろに魔法師、弓術士の計三十名を配置。


 十名を補助隊として武器の補給や怪我人の補助を徹底させ、戦闘の持続力をなるべく上げる。スタンピードともなれば戦闘は長引くことが大いに予想されるので、十五人に一人という割合は決して多くはない計算である。


 そして白兵戦に割り振られた残りの百余名が、防柵を超えられぬよう死力を尽くして魔物と対する、というものだ。


 予備隊を置いたり別動隊を潜ませて挟撃などといった事をする余裕など最初からない上に、相手は魔物。奇襲も心理戦も、そもそもこちらの軍容や士気すら魔物には関係が無いのだ。


 奴らは等しく、襲い掛かって来る。


 初めから総戦力を持って当たるというドイルの判断は、最初の衝突の勝敗で戦いの行く末が決まりかねないという、ある意味開幕の一撃に全てが懸かっているのだという意識の現れである。


 ここで飲み込まれて左右を失う様では話にならないという、部下たちの覚悟を固めさせるという意味も兼ねていた。


「よろしいかと」


 ドイルの作戦とは言えぬ作戦のようなものにコーデリアは頷き、ロンとフェルズも異論はないと沈黙で返事をする。


 帝国騎士にとって戦場におけるコーデリア・レイムヘイトの存在は千の軍勢よりも頼りになると伝え聞く。


 未だ彼女の戦う姿を見たことが無かったドイルだが、その存在は唯一の希望とも言えた。


「では全体の指揮はレイムヘイト様に」


 と、ドイルが当然の事にように話を進めようとしたところにロンが口を開く。


「コーデリアを指揮官に回すのは勿体ない。だよな?」


「それを本人に言いますか」


 ふっ、とロンの言葉に口元を緩ませ、コーデリアは彼が言いたいことをドイルに代弁する。


「私とロンさん、そして……シリュウさん。この三人は攻撃隊よりも前に出て、敵を選別して削ります」


「単独で出られると言うことですか!? あまりにも危険です!」


 この反応は当然だろう。敵の荒波に単身で入るなど味方の援護が届かなくなるのは分かり切っている。


 だがドイルの反対をよそに、コーデリアのが告げられてゆく。


「私が左、ロンさんが中央、シリュウさんは右に入ります。なお、シリュウさんに下手な連携は逆効果。後ろには攻撃隊はもとより補助隊も不要ですので、私とロンさんの後ろを厚くしてください」


「なっ!? そ、それはつまり……」


「ええ。彼女は一匹たりとも通さないと言っています。スタンピードですよ? ふふっ、凄い自信ですよね」


(こ……この方はこの期に及んで笑みを浮かべるのかっ!?)


 シリュウにはここ数日駐屯隊の戦闘訓練に参加してもらっていたが、事実、誰一人として彼女から一本も取れていない。


 さらにシリュウは全く本気を出していないということも、傍から見ていて一目瞭然だった。


 それでもドイルは魔物の大群を前に一匹も通さないと言われても信じることが出来ないままだったが、コーデリアの笑みを見て彼の常識にヒビが入る。


「ドイルの旦那。ここは一つ、頼ってみちゃどうだい。俺とコーデリアもそこそこやれるんだぜ?」


「いや、それは重々承知しておるのだが……」


「数の差は歴然だ。真っ当なやり方じゃこっちの被害ばっかで、追い詰められていくのは目に見えてる」


 ここで、ドイルの常識が砕け散る。


 そもそもこの二人は、コーデリアとロンは、このスタンピードを防ぎ切って生き残り、あまつさえ勝つつもりでいるのだ。


 この場合、目指す勝利はどこなのかドイルには分からなかったが、二人には明確な目標があるのだと確信した。


「本気、なのですな」


「当たり前だろう? いきなりぶら下がった生への執着は判断を鈍らせる。せっかく上がり切ってる今の隊の連中には言わなくていいが、隊長として旦那だけは覚えといてくれ」


「?」


「俺は……いや、俺たちは、守り手も駐屯隊も、当然、民も。誰一人として死なせるつもりは無い」


「(馬鹿な!)これは戦争ですぞ!?」 


 甘い世界では無い。


 魔物の存在はこの世の理。


 誰かが戦い、その犠牲で成り立っていると言っても過言ではない。


 騎士として、理の最前線にいる者として、この信じがたい言葉にドイルは声を大にした。


 しかし、ロンの強い意志と覇気に満ちたコーデリアをその目に映すや、このスルト村一番の守り手の言葉にこれ以上自分の常識を重ねようとは思えなかった。


「ドイル殿は目の前の敵を葬ることに専念してください。私とロンさん、シリュウさんに気を配っていては貴殿の戦力を損ないます。それこそ勿体ないですから」


「そういうこと。指揮なんてしてる場合じゃない。旦那はやれるんだから周りを気にせず思い切り暴れるこった」


 直観だが、この二人の見立ては正しい。普通にやって二人が目指すモノを手に入れられるはずも無いのだ。


 どこかで誰かが奇跡をつかみ取らなければ、この戦いは奇跡どころか希望もなく終わるだろう。


 ロンの言葉が決め手となり、先ほど死を確信したドイルの中に生への執着や恐怖とは別の何かが生まれ、その手は無意識に震えだしていた。


 それは紛うことなき、武者震いだった。


 士気を上げる役割のはずだった自分が、こうも上手く乗せられている。


 ドイルは剣でもなく結果でもなく、ただの言葉で二人の格の違いを本能的に感じ取ったのだ。


「……わかりました。ですが、最低でも全体を見る者は必要かと」


「フェルズ、お前に任せる。戦いながらを取るんだ」


「了解です、ロン先輩」


 フェルズは実力もさることながら、広い視野と冷静な判断力、決断の速さを兼ね備える有望な若者である。


 彼が守り手となってからというもの、ロンは息子のジンの事はコーデリアやマイルズ騎士団長だったボルツ、エドガーやオプトに任せ、守り手としてはこのフェルズの教育に力を入れていた。


 もちろんジンの事を全く放置していた訳ではなかったが、ジンは冒険者として村を出ていくことが分かっていたので、自分が付きっきりで手取り足取り教えるよりも、そちらの方が旅先で役に立つだろうという判断からである。


 この判断には自分には持ちえないものを大いに吸収させ、冒険者として自分を超えて欲しいという願いも込められていた。


 とにかく、フェルズのこの突然ともいえる大役を躊躇なく了承した様にドイルは度肝を抜かれたが、フェルズの評判は聞こえていたので事を任せることに異論は無かった。


 時は満ちた。


 魔物の咆哮が近づいてきたのを感じ、それぞれが配置に着くべく動き出す。


「ああ、そうそう。旦那は独身かい?」


「む、そうだが?」


 ふと脚を止めたロンが、コーデリアとフェルズが離れた瞬間に背中越しに言葉を発する。


「そうかい。じゃあ覚えといた方がいい。女が機嫌悪かったり腹立ちすぎてそれを通り越した時はな……」


「?」


「逆に笑うんだ」


「は?」


「今コーデリアはヤバい程怒ってるから余計な事は言うなよ? ヘタすりゃ剣の錆びにされる」


「っ!?(あれは余裕では無かったのか!?)」


 サーッと血の気を引かせるドイルを背に、ロンはゴキリと首を鳴らして背の長剣を手に取った。


(まぁ、俺もだけどな。そうだろ? ジン)



 ……―――




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