#86 祝福の夜明け前Ⅱ
村に戻った俺たちは守り手が集まる小屋へ。
駐在している守り人へ報告して出るとたまたま仕事を終えて一人歩いていたシリュウに遭遇した。
その様子は手元を見て何やら悩んでいるようだったが、ハッと何かを思い出したように顔を上げるのを見てエイルが声をかける。
「あたしの友達のシィちゃん! 今帰り?」
「んぇ?……ともだちじゃない! なれなれしいぞ、お師こまらせた人間!」
「だからエイルだってば!」
これに関してはエイルに根気強く行ってもらうしかない。そのうちシリュウも名くらいなら覚えるだろう。がんばってくれ。
(丁度良いところに現れるじゃないか。耳に入れておくか。……ん?)
シリュウがしつこく寄って来るエイルを睨みつけているのを見守りつつ、俺は彼女が持つ一つの箱に目が行った。
なにやら彫刻が施された箱で、どうにもシリュウに似つかわしくない繊細さが見て取れる。
「なんだその小箱は。もしや盗んだものじゃないだろうな」
「ひどい! シィはうばうけど、コソコソとドロボーしないです!」
「シィちゃん。それ、どっちもダメだからね? むしろ強盗の方がタチ悪いよ?」
「ははは……」
魔人の事を聞き出すために情報を持っていそうな商人馬車を襲い、相手が知らぬと分かるや力ずくで積まれた荷から人間のメシを強奪した挙句、荷車を曳く馬まで焼いて食っていたという話は昨日したばかり。
たしかに堂々たる悪行で、姑息な窃盗とは訳が違う。
しかし時世と場所柄、あの時は誰もシリュウを裁けなかったし、もうしないと約束していたので皆は事情を鑑みて目を瞑ってくれた。
「威張るな。デカい声で犯罪を仄めかすな。……で?」
話を戻し、聞けば駐屯隊で荷袋を改めた時に出てきた箱らしく、見てすぐに思い出せなかったがようやく心当たりを得たという。
「なんかきれいな石入ってるです。お師、これなんです?」
「なぜ私物なのに知らないんだ」
箱を開けて中を見せてくる。
そこには丸くて白い石がはめ込まれた銀細工が一つ入っていた。施されている細工は控えめだが、丁寧な仕事が伺える一品である。
「む……わからん。魔除けか何かか?」
「ジン兄ぃ本気で言ってるの? これ耳飾りだよ」
「なに?」
「ほほほう。耳かざり」
「ほらこうして」
エイルは横からひょいと箱に手を伸ばし、銀細工を手に取って自分の左耳に当てる。そして細かな仕様をシリュウに説明し、何の気なく返事をしたシリュウの耳にその銀の耳飾りを装着した。
「痛くない?」
「ん~……べつに」
耳飾りをしたままブンブンと頭を振り、振っても落ちない事を確認している。髪の隙間からキラリと光るそれは、その名の通り飾りなだけあって程よい感じで主張していた。
「シィちゃん似合う可愛い! 片方だけっていうのもなんかいい感じ!」
乱れたシリュウの髪を手櫛で整えつつ、エイルはにっこりと笑った。
「かわいい? ……強そうってことか!?」
「さすがに冗談だよね?」
せっかくの微笑ましい光景が一言で台無しになってしまったが、理由はともかくシリュウは耳飾りを気に入ったらしい。
ギルドカードすら綺麗だといって首飾りに思っているくらいだ。シリュウは自分を女だと認識していないフシすらあるが、案外そういったものを好む意外な一面を持っているのかもしれない。
「あっ、思い出した!」
と、ここまでシリュウとエイルの勢いについて来れていなかったソグンが一声上げる。
そういえば先ほどから眉間にシワを寄せて考えている風だったが、何かしらの答えが出たらしい。
「何をよ」
「その白い石の事だよ」
「へぇ。いつものうんちくね? 聞かせてもらおうじゃない」
「……シリュウさん。その石は
「ほーせき……?」
(やはりこ奴盗んできたんじゃ―――)
「えっ!? なんでシィちゃんそんなの持ってるの!? まさかホントに盗んで」
「おまえなぐるぞ!? とってない! もらった!」
俺の心の声をそのまま叫んだエイルがシリュウに拳を振り上げられると、それを制するようにソグンは続けた。
「そうだと思います! シリュウさんは盗ったりしてないはずです! その石はっ! あっ……えと……その……」
「な、何よ。はっきり言いなさいよ」
「何か価値以外に意味があるんだな?」
「は、はい。本で読んだんですが―――」
とくに気温の低い帝国極西部で採れる原石を磨き上げて出来る極上の宝石。
一説には帝国黎明期の財政を支えたとも言われ、今なお原石が採れる鉱山はすべて皇帝の直轄地となっているらしい。
皇城が需給を見極めながら生産を調整することで価値変動が起りにくくなっており、卸価格が少なくとも百年は変わっていないという稀有な石としてその筋では有名だという。
原石全てが美しい輝きを放つ訳ではなく、磨き上げて初めて分かるというその希少価値は言うまでもないが、今注目すべきは石の持つ意味にあるだろう。
ソグン曰く、なんと雪輝石は自らが好意を寄せる相手に贈る、記念石の意味があるらしい。
それを耳飾りとして片方を相手に贈り、贈られた相手が次会う時にその耳飾りを身に着けていれば、好意を受け取ったものとみなされる。
そして意志を確認した贈り主が相手にもう片方を改めて贈るという、何とも奥ゆかしいしきたりがあるという。
「嘘だろ」
俺は反射的に疑念の言葉を発し、のち絶句した。
シリュウを気に入り、このようなモノを贈る者がいるとは微塵も思えない。
だが、俺があんぐりと口を開ける横で興奮を隠しきれないのは当然、エイルだ。
「きゃーっ! なにそれステキっ! シィちゃんそんな人がいるなんて羨ましいよっ」
「うぇっ!? は、はなれろぉっ!」
シリュウは興奮気味にグィと顔を寄せて手を取ったエイルに若干引き気味。
雪輝石を贈られた意味を全く理解していないのは言うまでもないが、羨望の眼差しを向けられるのは悪い気はしないと顔に書いてある。強くエイルを拒絶していないのがいい証拠だ。
「たれだっ!? たれから貰ったっ!」
「えと、ナットーです」
「な……なん、だと……っ!」
俺に衝撃という名の雷が降り注ぐ。
ナットーとはシリュウが付けたあだ名で、正しくはナトリ。
そう、アルバニアギルドで俺とシリュウの担当を引き受けた、あの若いギルド職員だ。
「ジン兄ぃも知ってる人なの?」
「ナットーはぎるど人間だからお師も知ってるぞ」
「へぇ~、ギルドの職員さんなんだぁ~。あれあれ~? その様子だとジン兄ぃ、全く気付いて無かったカンジぃ~?」
(何という事だ……あ奴、そんな素振りは微塵も……)
ぶつぶつと考え込む俺を見て、ようやく反撃の機を見つけたと言わんばかりにエイルは含み笑いを浮かべて口元に手を添えた。
「ぷぷぷー! お師さんなのに、なーんにも知らなかったんですねぇ♪」
「こらエイル! ジンさんは知らないフリをしていただけだよ! 人の、れっ……恋愛をとやかく言うのは男じゃないんだ! ですよね!?」
(傷口を抉るなっ! 不治と化す!)
「あんたがジン兄ぃみたいにならない事を祈っといてあげるわ……こんな人たちほっといて行こっ、シィちゃん!」
「……おまえしつこい」
ピンッ
空いている左手が無意識に耳に向かい
竜の少女は耳元で揺れる石を軽く弾いた
突如去来したこの気持ちは何なのか
未熟な少女は分からないなりにも
今日のご飯はいつもより美味しい気がしていた
「おなかへった。かえる」
なぜか 握られた右手は振りほどけない
……―――
「ソグンよ。街を去ると分かっている相手に贈る意味は何なんだ?」
「え? う~ん、そうですね……お守り、もしくはその人の身代わり、ですかね?」
「ふむ……魔除けというより虫除けだったか」
「あっ、なるほど!」
それから五日の時が過ぎ、祝福の夜明けが訪れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます