#84 ~追憶の烈火Ⅲ~

「アア……イイ……オマエスゴイイイ……ケンモッタダケナノニ、ゾクゾクスルゾ」


(戦闘民族とはよく言ったものだ)


 夜桜の柄に手を添えて視線を真っ向受け止める俺に対し、少女は鋭く尖った牙をむき出して恭悦の表情を浮かべている。


 妙な異音を言葉の端々ににじませ、滴るよだれはいかにも魔獣的。


 最初に感じた魔力と存在感は『すわ古代種』かとおののいたが、いざ相対するとその力を御しきれていない感は拭えない。


「シィジャナクナルマエニキイトイテヤル。オマエ、マジンッテシッテルカ?」


 一言も俺の言葉に耳を貸さなかったクセに、ここで質問して答えが返って来ると思っているのなら些か都合が良過ぎやしないか。


 だが、少女から発せられた『魔人』という言葉は全てを繋げる気がした。


「形態を解き、拳を収めるなら答えてやる」


「キャハッ、ダメダ! ドウセオマエモシラナイ! モウゴロス! モッドッ、ツヨグッ、ナルタメニ゛ィィッ!」


 片足で地を鳴らし、紅髪から次々に炎玉を浮かべた少女。もう正常な判断が出来なくっているのかもしれない。


 最早これまで。


 俺は夜桜を介し、無数の氷針を浮かべた。


「ア゛ァーッ!!」


 ボボボボボボボッ!


 奇声とともに迫りくる炎玉に対し、俺も氷針で応戦する。


 撃ち切ってもなお互いに次々と炎玉と氷針を繰り出し、辺りは氷が瞬時に溶かされる奇音と水蒸気が満ち満ちた。


 閉ざされゆく視界の中、互いに魔力反応を目印に移動しながら撃ち合うこと数十秒。


 先にこの応酬では突破口を見いだせないと判断したのは少女の方だった。


 煙る先の影と魔力反応がグッと体を落とし、突進の構えを見せる。


(我慢が足らんな)


 そして炎玉を引き連れて急接近して来た魔力反応へ目がけ、俺は夜桜の抜刀からの横一閃で迎え撃った。


 バンッ!


 だが、避けようもない拍子で繰り出したにもかかわらず、少女は恐るべき超反応を見せる。


 目前に迫った夜桜の閃に対し予備動作なしに跳躍、ともすれば両断されうる一刀を躱したのだ。


「な、にっ!?」


 しかも頭上で交錯する間際に鋭い爪を振り下ろし、俺の左肩口に深々と傷を負わせるという添え物付き。


 狙ってやったというよりも、本能的に手が出たと思える無我の一撃に俺は全く反応できなかった。


 さらに追撃と言わんばかりに爪撃と同時に爆発が起こり、纏っていた強化魔法と左耳の聴覚を同時に持っていかれた。


 焼けるような痛みは上半身に広がり、久々に味わった痛撃に俺の口角は歪み吊り上がる。


(恐るべき武の天稟っ……だが、負けられんっ!)


 少女は背後に着地した瞬間に踏み込んでくるが、振り返っていてはまた遅れをとるのは明白。俺は魔力反応を頼りに地魔法で背に壁を創り上げた。


 ゴガン!


「ガァァァッ!」


 夜桜を介した壁は先ほどの土壁とは比べ物にならない硬度を持つ。


 壁を飛び越えて来るなら下から刺突、左右に避けて来るなら目視する前に壁ごと薙いでやろうと魔力反応を注視していたのだが、少女が取った手段は壁の破壊だった。


(隙ありだっ!)


 俺は飛び退いて再度地魔法を発動。


 ガコンガコンガコン―――


 同時に六つの壁を創り出し、少女が一枚目の壁を破壊した瞬間に今度は六面で囲ってやった。


 抜け出すには筒状の壁を飛び越えるか、再度真向破壊するか。


 そしてこの相手の選択に対して俺の取る手段は一つ。


「ふーっ」


 納刀して風魔法を集束。


 キィィィィ―――


 遠距離攻撃魔法が効かぬのなら、夜桜をもって直接叩き込むのみである。


 だがまたも俺の予想に反し、筒状の壁の中にいる少女が取った手段は俺と同じくの攻撃。


 中から聞こえるくぐもった雄叫び合わせ、筒状の壁上部に真紅の大火球が現れた。


 渦巻く火球に温められた空気が一気に上昇気流に変わり、草葉砂塵もろとも巻き上がる。


紅蓮火球魔法クリムゾン・スフィア、といったところか……たまらんなぁ」


 火球は急激にその大きさを増し、囲っていた壁は消し炭となって少女の姿を露わにした。


 そして互いの姿を目視した瞬間、ためらいなく超攻撃が振るわれる。



「―――火竜炎星ドラゴ・ノヴァ!」


「―――天羽々斬あめのはばきりっ」



 スンッ―――ブワッ!



 全てを焼き尽くさんと迫った紅蓮火球が音もなく二つに割れ、核を失い、炎の欠片となって散り散りに風に流され彷徨い踊る。


 そして日が沈んだ群青の空に、紅蓮の炎波は融けて消えていった。


「……アレ? ナンデ?」


「幕だ」


「!?」



 シュオン



「カハッ」


 胴体の傷は防御すらままならなかった証。


 とりわけ正中線に引かれた傷は背に受ける傷の次に負けを認めざるを得ないものであり、命に関わる深刻なものだ。


「……ニ……サマ……」


 少女の血飛沫と夜桜の淡い残光が重なり、突如始まった死闘はここに幕を閉じた。



 ◇



(シィ、といったか。竜人たればこそか、夜桜が凄まじいのか。これほどの傷を肉体だけで治しにかかるか)


 夜桜は良くも悪くも斬れ過ぎる。


 その傷口は余計なを生まず、まるで最初から分かれていたかのように対象を切り離す。


 特に分かりやすい例が、夜桜の傷口を治癒魔法ヒールで治した場合だろう。


 荒武器で受けた傷は肉が飛び、皮が削がれている場合が多く、治療したとしても変色したりと痕が残るもの。


 だが、夜桜の傷は離れているだけなので余すことなく繋がり、まるで何事も無かったかのように元に戻る。


 少女に脈がある事を確認し、久々に血を吸った夜桜を拭って納刀。


 次に焼けただれた肩口の傷に薬を塗って布できつく縛った。


 たった一掻きでこれほどの深手を負わされるとは、今になって身震いがするとは情けない限りである。


 目の前で血まみれで倒れる少女を見ながら、俺はその生命力に舌を巻いていた。


 倒れると同時に元の姿へと戻っていったのだが、それと同時に流れていた血は減っていき、今となっては殆ど止まっていた。


「まけた、のか……?」


「今止めを刺せるのは俺だな」


「ふぐっ」


 ほどなくして目を覚ました少女が発した第一声。


 あの強さである。おそらくほとんど敗れたことが無いのだろう。


 初めて相対した俺に見られながら、少女は涙を浮かべて唇を噛んだ。


 今にも泣きだしそうな表情で、その悔しさは俺の想像の範疇に収まるかどうかはわからない。


 そして少女はせり上がる嗚咽を必死に堪え、生殺与奪を握る相手に言葉を紡いだ。


「……くろ人間、どうやればそんなにつよくなる?」


「……」


「なぁ、おしえ―――」


「ジン。ジン・リカルドだ。黒人間とは何処のどいつだ」


 言葉をかぶせられ、フンと鼻を鳴らす少女。


 目覚めて早々聞くことが強さだのなんだのとは逆に恐れ入る。


「死なぬのなら死体を運ぶ必要も無くなった。俺は行く。負けたんだからもう馬車を襲うなよ」


「えっ!? まっ、まて―――うぐっ!」


 立ち去ろうとする俺に少女が手を伸ばすと、傷から血が噴き出した。


 傷は塞がっていた訳ではなく、まだまだ治癒の途上にあったということだ。


「早く治さねば、魔獣らに食われるぞ」


「まて!……っ、まつです! あうっ!」


 ドシャン


 血を吹き出してもなお立ち上がろうとする少女。


 気づかなかったが脚にも傷があるようで、立ち上がろうとする最中に派手に転んだ。


(……最初の一閃、躱し切れていなかったか)


「お、おい」


 涙目で懇願されては放置できない。


 それに立ち上がる事も儘ならない今、魔物や魔獣に襲われでもしたら雑魚でもない限りひとたまりもないだろう。


 その結末は流石に寝覚めが悪い。


「わかったから動くな。少しだけ話してやる」


「うくっ……」


「お主は何のために強くなる」


「……シィよりつよい兄様殺したまじんは今のシィじゃかてない。だからつよくなる」


(やはり復讐か)


 魔人という言葉が出た時点であらかた想像はついていた。


 これほどの強さを持つのなら遠からずしてそれも叶っただろう。


 しかし、それも兄を討ったという魔人がこの世に未だ存在すればの話。


 聞いた限りでは魔人らは一掃されているはずだった。


 仇が既にいないというのは復讐者にとって耐え難い事実ではあるだろうが、それもいつかはたどり着く結末であり、未だ幼さを残すこの少女が亡霊を追い続ける事の方が俺には悲しい事のように思えた。


 少女の目を見て、俺ははっきりと事実を告げた。


「魔人はもうおらん」


「……へ?」


「俺も戦ったし、仲間も戦った。名のある冒険者、獣従師……聖獣に滅せられた奴もいたと聞く」


 この言葉に目を丸くし、いかにも事態が飲み込めないといった様子で少女は固まる。


「う、そ……だ……」


「嘘ではない。魔人は全滅した」


 そして少女は立ち上がり、天に向かって絶叫した。


「うそだうそだうそだぁっ! ニーナっ! ニーナはどこいる!!」


 傷の存在も忘れ、血を涙の様にまき散らす様はそれ以上に痛々しい。


 討つべき仇が自分の知らぬ間に死していたと知り、生きる糧を失ってもおかしくはない。


 俺はここで夜桜に手をかけた。


 兄の下へ逝くというのなら止めないし、最悪ここで自棄となり全ての人間へその恨みを向けようものなら、今ここで斬るのが俺の役目だと思うからだ。


「ぜったいシィがぶっ殺すんだっ! どこいるかおしえろっ!!」


「……」


「ほんとはいるんだろ! おしえろっ、なんでも言うこときくからおしえろぉーっっ!!」


 夕闇に悲しき絶叫が融けてゆく。


 真紅の魔力光を湛え、息を切らせながら縋るように俺の目を見て少女は言葉を待っている。


 そんな少女へ、俺は夜桜を手放して沈黙で返した。


「そんな……そんなのって……っ」


 光から虚へと瞳を変え、ガクリと膝を折り声を上げずに泣き叫ぶ。


「……ねぇ……ね゛ぇ、じん。おじえで……?」


 そして、行き場のない感情から放たれた言葉に、俺は目を瞑るしか出来なかった。



 なんで


 どおじで


 あにざまのごど


 たすげでくでながっだの?



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