#82 ~追憶の烈火Ⅰ~

 ジオルディーネ王国王都イシュドル崩壊から三月後。


 俺はジオルディーネ王国の南に接するマラボ地方に滞在していた。


 マラボ地方は大別して三つの群に分かれており、一つは北のジオルディーネ王国と接し、主に武具を中心に交易と人を管理する北部カキン群、豊富な海産物と毛織物を特産とし、三郡の中でも古い歴史を持つ南西ザイン群、そしてサントル大樹海に隣接し、大砦ガイセルを盾に樹海の脅威と恩恵を受ける南東ダダン群の三郡である。


 マラボ地方唯一の冒険者ギルドは南東ダダン群にあり、俺が今拠点としているポーティマス冒険者ギルドは過去、大樹海の魔物大行進スタンピードで崩壊した一帯に出来たもので歴史はそんなに古くない。


 聞けばその魔物大行進スタンピードで鬼神の如き活躍を果たしたSランク冒険者パーティーである竜の狂宴ドラゴンソディアのリーダーの一声で置かれたらしく、いわくの地にもかかわらず他所から来た冒険者も相当数いるという。


 カキン群とザイン群にもポーティマス支部があるのだが、やはり本部に出入りした方が依頼や情報は入りやすいので、ダダン群を拠点にしているという訳だ。


 ドッキアギルドでクリスティーナさんから受けた依頼によりとんでもなく忙しい日々が続いたので、ここに腰を据えてのんびりと英気を養うつもりでいた。


 三郡をそれぞれまとめる長同士はなぜか非常に仲が悪く、民も他群出身だと聞けばあちこちで喧嘩が勃発していて治安が良いとは決して言えないが、ザイン群の海産物とダダン群名物の肉料理のおかげで目を瞑ることが出来る。


 俺も含め、美味い飯を滞在理由にしている者は案外多かったりするのだ。


 そんなゆるりとした日々を送っていたある日、俺は何気なく寄ったギルドで海賊の風体をしたギルドマスター、バルバロスさんに捕まった。


「新たにエレ・ノアを治めることになったラルプホルツ辺境伯からお前さんに新たな称号の授与だ。四つ目、おめでとさん」


「え゛」


 金箔をあしらった仰々しい手紙の封を開け、中を確認する。


「なんで嫌そうな顔が出来るのかが俺にはわからねぇ……」


 バルバロスさんのため息を聞き流し、つらつらと書かれた達筆の文字を流し読む。


 そして中央にデカデカと記された『古に並び立つ者エンシェンダー』の文字を見て俺は天井を見上げた。


 王竜殺しドラゴンキラー救世主ハイラント風霊の呼人シルヴェストルに続いてこれである。


 特段何が変わる訳でもなく、大仰な呼び名ばかりが増えていく。


いにしえ、ね。コハクはともかく、ルーナの耳に入らないよう祈った方がいいな)


 『古』呼ばわりされたら、あの女王はきっと怒り出す。


「まぁ……ありがたく」


 手紙をポイと収納魔法スクエアガーデンに放り込み、俺が執務室を出ようとするとバルバロスさんが『待った』と手を挙げる。


「ついでに依頼がある。聞いていけ」


「……尻ぬぐいですか」


「話が早い」


 依頼と言われてしまったら、さすがに聞かずに去る訳にはいかない。


 通常、依頼は掲示板に張り出され、冒険者が早い者勝ちで依頼を受けるのだが、中には公に出来ない依頼も数多く存在する。


 このような場合、マスターや職員が個人やパーティーに内密に依頼を出すのだが、基本的にAランクである俺に回ってくるのは最後。ギルドは難易度を踏まえた上で達成可能であろうランクから依頼を回すので、それらが失敗した場合に順に上位に上がってくるという寸法だ。


「領主ですか」


「半分正解。北部カキンの領主と、北部にある商会の二重依頼だ。内容が全く同じだからギルドはこれを一本で扱う事にした」


「よほどお困りのようで」


「ああ。商会からすりゃ死活問題だな。お前さんはここへ来て日が浅いが、マラボには奴隷制度があることは知っているな?」


「ええ」


 旧ジオルディーネ王国同様、ここマラボ地方には奴隷制度が存在する。


 犯罪奴隷と借金奴隷がそのほとんどを占め、生活苦にあえいで自ら衣食住が保証される生活奴隷に身をやつす者もいるというが、ジオルディーネ王国の奴隷とは大きく違う点がある。


 それは、奴隷を所有するには各郡に置かれている行政府への登録が必須という事だ。この制度のおかげで、奴隷達は自己買受と最低限の賃金が担保されている。


 行政府は奴隷達にとっての駆け込み寺にもなっており、自己買受は主人ではなく行政府を通して行われ、行政府の管理の下、主人は行政府に奴隷の賃金を支払い、奴隷は行政府から賃金を受け取るという仕組みだ。


 その額は雀の涙ほどではあるが、成人男性の場合は二十年ほどで買い戻せる額が貯まると聞く。


 行政に登録された自らの金額を払えば主人はこれを拒否することは罪とされており、奴隷に非道な扱いをして後に復讐されることを恐れ、理不尽な扱いは抑えられているという。


 こういうしきたりを敷いている以上、マラボの奴隷制度を一概に悪だと断ずるのは難しい面があると俺は思っている。


 余談だが、犯罪奴隷は驚くほど安く買えるが、生活奴隷はその十倍は下らないという。


「簡単に言っちまえば、奴隷を乗せた馬車が襲われてんだ。それをってのが依頼だ」


「(何とか……?)お抱えの傭兵では守り切れないと」


「ああ。カキンの傭兵も決して弱くねぇはずだが、ギルドこっちに泣きついて来るって事はそういうことだ。俺も最初は戦争で数だけ増えたチャチな野盗どもの仕業だと見込んで、カキン支部のDランクパーティーに調査と、可能なら討伐の依頼を出したんだが、失敗した」


「……殺されましたか」


「いや、誰も死んじゃいねぇ。大怪我したヤツはいるが、全員その場で気を失っただけで、目を覚ました時には奴隷も積荷も全部消えてたんだと」


「……」


 仮に馬車を襲ったのが野盗だとしたら、それを防ぎに来た冒険者が生かして帰されることはまずないと言える。大抵が身ぐるみを剥がされ、街に手配書が回らぬようその場で殺してしまうのが普通だ。


 死人が出なかったという事は、つまり相手は野盗ではないと予想できる。


 そしてバルバロスさんは今回の依頼の難しさの一端を口にした。


「相手は獣人ベスティアの子供! しかもたった一人!……この情報はDランクの後に送ったカキン支部のエース、Bランクパーティーが命からがら持ち帰った情報だ」


「!?」


 まさかの相手に驚く俺を見て、バルバロスさんは『何とかしてほしい』という、どうにも要領を得ない文言となった成り行きを告げる。


「馬車が襲われるのはカキンに入る前、帝国領内でな。カキン領主も奴隷を禁止している帝国の手前、しかも帝国領内に討伐軍を送る訳にもいかないってとこだ」


「今のエレ・ノアは……」


 今の新都市エレ・ノアは、旧ジオルディーネ王国王都イシュドルから生まれ変わろうとする過敏な時期。


 あちらこちらにエレ・ノアの国境騎士団が現れると聞くし、元々ジオルディーネ王国と持ちつ持たれつだったマラボ三郡を強く警戒している。


 マラボとしては隣接する大国とはよくよく付き合わざるを得ないという事情があるとはいえ、帝国からすればそんなことは関係が無い。


 最たるものが奴隷制度で、帝国は王国全土に深く根付いていた奴隷制度を当然のように廃止した。エレ・ノアでは瓦解したムバチェフ商会を除く三大奴隷商を筆頭に、抵抗を見せた大小の奴隷商は新領主にことごとく罰せられたと、ダダン群の奴隷商から聞いた事がある。


 そのおかげで新たに居住権を得て仕事に就く奴隷もいたが、犯罪者はことごとく鉱山に送られることになったらしい。たが、その中には混乱に紛れて逃げ出し、マラボの奴隷となることを選んだ者も一定数いるという。


 エレ・ノアを脱出した奴隷達は近隣の村や集落に身を隠し、マラボの、ここではカキン群の使者を通じてマラボ行きの馬車に乗るのだが、ただでさえ秘密裏に行われるこの移動に多くの護衛を付けることは出来ない。


「しかも相手が獣人となれば、ますます手が出せませんね」


 戦後、獣人国ラクリ以下、ミトレス連邦は完全に帝国寄りの姿勢になっている。


 これは当然の成り行きで、帝国のミトレス全域に対する復興のための物資供与や人手の支援が未だに行われていた。ギルドは両国の同盟もありうると考えているらしく、俺もその点は同意見だ。


 とにかく、帝国は面子のために獣人を守ろうとするはずで、しかも獣人が襲っているのはエレ・ノアから逃げ出した犯罪奴隷が乗る馬車という点も事をややこしくしていた。


「帝国からすりゃ大義名分は獣人にあるってもんだ。そんな中マラボの兵隊がこぞって獣人一人を襲った日には……下手すりゃ戦争もありえる」


「何とかしてくれと言いたくもなる、か」


「ああ。これは冒険者にしか出来ない仕事だ」


 冒険者はいかなる国にも属さない。その使命はその土地土地の繁栄に寄与するというものであり、ある時は故国の民のため、またある時は敵国の民のために依頼をこなすのが冒険者である。


 この場合、先の戦乱で旧ジオルディーネ王国に獣人を含む多くの亜人たちが殺され、奴隷と称して連れ去られた。その被害者である獣人が奴隷を哀れに思い、奴隷を解放するために馬車を襲っていると聞いて誰が悪と断ぜられよう。


 奴隷と積荷の行方が分からないというのは些か不穏だが、この奴隷とてマラボの民にとっては貴重な働き手なのだ。失ってよいかと問われれば、否と言わざるを得ない。


「とりあえず、馬車を襲わぬよう話を付ければよいですか」


「いけるか? 子供だろうと油断……せんか。向こうが問答無用なら力ずくも仕方ないと思っている」


「まぁ、言うこと聞かぬようなら女王の名を出して脅しますよ」


「たっ、頼もしすぎる……よろしく頼む、ジン。この依頼、達成できるのお前さんだけだっ」


 こうして俺はその日の内に北部カキン群に向かい、頻繁に馬車が襲われているという帝国の国境沿いに足を踏み入れた。


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