#81 追憶の旅へⅡ
「ところでお前らどこで会ったんだよ。やっぱあれか? 例の戦争か?」
「お師とあったのはもりだ」
「いや、そういう事を聞きたいんじゃねぇんだが?」
さすがにその事を皆の前で話すのはシリュウの許可が必要だ。しかし仮に話しても良いかと尋ねても、あっさりと許可が下りてしまうだろう。
だが、俺はこの場ではあえてエドガーさんの疑問に言葉を濁した。
これはシリュウの戦士としての矜持、亡き兄への想いにも触れる
誰かに聞かれる事は分かり切っていたが、その筆頭であるコーデリアさんは戦争が絡む複雑な事情があるという事は容易に想像するだろうし、父上と母上も俺の雰囲気を察してあえて聞こうとはして来なかった。
俺の事をよく分かっているエドガーさんはあからさまに言葉を濁す俺を見てあっさりと引いてくれたが、酔っぱらった元気娘のおかげで事態は思わぬ方向に舵を切る。
忘れていた。この村の噂が広がる速度を。
「ねぇねぇ、『さいきょーの竜』ってやっぱりシィちゃんのことぉ?」
「ほほほぅ……お師をこまらせた人間。わかってるな」
「エ・イ・ル! 覚えてよっ!」
「なーっはっはっは! そうだ、シィがさいきょーの竜だ!」
「な、何のことですか? エイルさん」
俺の代わりにエイルに色恋話で詰め寄られていたマティアス村長がこの機を逃すまいと話題を
「えっとぉ、今日ジン兄ぃと別れたあとぉ、
(孤児院だと……? あやつ遺児だったのか)
呂律と足元が怪しいエイルに寄りかかられ、ウトウトとし始めていたソグンの背筋がピンと伸びる。どうやら話は聞こえていたのか、回らぬ頭をなんとか回し、自分も気になっていたとエイルを押しのけながら話を端的にまとめた。
「あの……カッツェはその『さいきょーの竜』、つまりシリュウさんに当てられたらしく、猛特訓していると言っていました」
「ああ、その話は村のご婦人から耳にしました。紅髪の女の子がカッツェ君と遊んでくれていたと」
「へぇ、あいつを手懐けるなんてやるじゃんシリュウ」
「なにが?」
「カッツェは大人も手を焼く村一番のヤンチャ坊主だぜ? まぁ、竜人なんてもんに会っちまったら、あいつなら憧れてもおかしくはねぇな」
「ふーん……やんちゃ?」
同じくエイルに絡まれていたオプトさんがマティアス村長の言葉に相槌を打つが、何を褒められたのか全く分からないシリュウは首をかしげている。
やんちゃ具合でシリュウの右に出る者は存在しないかもしれない。その当人にカッツェはやんちゃだと言ったところで、何に思い当たる訳もないだろう。
「それでぇ、『さいきょーの竜はめいよのふしょうもすげーんだぞ!』って。あははっ、何自慢だっての~、わけわかんないよね~」
まずい。
その言葉に、スルト村で最も過敏に反応するのが誰なのか。
酔っぱらいはさておき、ここにいる者全員が即答できる。
「……負傷? シリュウ、どこか怪我をしているのですか」
まずいぞ。
俺は鼓動の高鳴りを感じ、ごくりと唾をのむ。止まらぬ冷や汗は、俺にここで口を挟んではならないと本能的に告げている証拠。
母上は手に持つ盃を置き、派手に食い散らかしているシリュウを見据える。
母上に見つめられたシリュウはまたもや食べる手を止めるが、怪我などしていないとふるふると首を横に振った。
シリュウは今ある胸の傷を怪我だとは思っていない。負傷した当初こそそれは怪我以外の何物でもなかったが、今となっては俺との師弟関係を明確に意識できる証のような存在になっていた。
しかしシリュウが否定したところで、母上相手に事はそう簡単にはいかない。
「本当ですか」
「けがなんかしてない。竜人はうそつかない」
心当たりが無いのだからシリュウの返答も当然である。
だが、この場の誰もが息をのんで母上の言動を見守る事しか出来ないでいる中、母上はシリュウに手を伸ばし、その手に魔力を集中させた。
「は、ははうえ、なにして……?」
魔力を警戒したシリュウが何事かと身をよじるが、すぐさま攻撃の類ではない事を感じ取り大人しくなる。
たとえ意識せずとも、母上にはいかなる傷も隠す事はできない。
幼い頃から怪我が絶えなかった俺は毎日のように母上の
怪我は自らが未熟である証左であることを知った俺は、家に帰っても母上に怪我の事は隠すようになったのだ。
小さな傷は俺の意志を酌んで黙って見逃してくれていたが、大きな怪我、とは言っても大事に至る程ではないのだが、それでも母上の基準を超えた怪我は見逃してもらえない。
そして母上の手がシリュウの胸の辺りでピクリと止まったのを見て、俺は観念した。
母上には妙な、というか、冒険者にとっては非常にありがたい決め事がある。
相手が誰であろうが、怪我にはその場で即座に、状況、場所を選ばず対処するというものだ。
母上の手がシリュウの服に伸びた瞬間、それと察するのは俺と守り手ら。
――――やばいっ!!
父上、エドガーさん、オプトさんら三人のベテラン勢、そこにソグンとエイルの新人二人が加わり、反応の鈍いニットさん、マティアス村長、ティズウェル卿らの頭をベテラン勢が抱えて一斉に机の下に潜り込む。
まさに脱兎のごとく。
俺はシリュウの裸なんぞ何度も見ているので今更なのだが、そんな言い分は
俺も皆と同様に、全力で見ていない
「……よろしい」
俺たちが視線を逸らせるよりも早く、鞘から半分走っていたコーデリアさんの
(助かりましたロン殿っ。危うく妻に両目を貫かれるところでしたっ)
(ふっ……ハッシュよ。お互い苦労するな)
(なんで酒の席で気が抜けねぇんだっ)
(忘れたのかオプト。これがこの村の不文律だぜ)
(エイルは女の子なんだし隠れなくてもいいんじゃ?)
(あわわわわ……あたし、もしかしてやっちゃった……? ついこのあいだジェシカさんに『興味本位で人様の怪我を見るな』ってマジで怒られたばっかりなのにっ)
(長らく長の座はジェシカさんの方がふさわしいと思っているのは私だけでしょうか)
(村長、いや、マティアス君。一商人の意見だが……君にはこれからも引き続き務めてもらいたいっ)
(これぞ、俺の故郷)
狭い机の下での密談はそう長く続くことなく、コーデリアさんの許可で皆が元居た席に着く。
そして思った通り、母上が背中越しに俺に言葉を投げかける。
その背は、少し震えていた。
「ジン。この傷はあなたが付けたものですか」
「はい」
「母として、
「はい……シリュウ、構わないか? 多少なりとも兄に触れる話になる」
「兄様のこと?……シィはへーきです! むしろじまん!」
「わかった」
俺は皆が注目する中、天の河原に別たれた気高く輝く双星を見上げ、一年前の追憶の旅に出る。
――――――――
■近況ノート
お盆? 何それ。
https://kakuyomu.jp/users/shi_yuki/news/16817139557636807890
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます