#78 寂しくなんかない

 貴賓館を出て、村長宅に行き着くまでの道中で村で世話になっていた面々にシリュウを紹介しながら片っ端から挨拶していった。


 獲物を獲ってきた際に必ず利用していた解体屋の親父に、縫物の得意な母娘。疲れた身体を癒すあんま師の老爺……は代が変わって息子が継いでいたが、武具や農具、狩猟具などの村全体の手入れの用を一手に引き受けている職人集団の店も欠かさない。


 村で最も古い商店を構えるニットさんは歳のせいかだいぶ身体にガタが来ていると嘆いていたが、俺の腰の二本差しを見るや、途端に目を潤ませた。


 黒鞘の夜桜ではなく、脇差のような存在になっている舶刀を見て感動したらしい。


「たった三年、されど三年。Sランク冒険者に使ってもらえるモノを用意できたのは、商店主としてこれ以上嬉しい事はないよ」


 俺は舶刀を抜き、乳白色の刀身に窓から差す光を当てる。


 もちろん手入れは欠かさずしてきたが、素材は金属ではなくC級の魔獣、大爪熊アルクドゥスの爪の特性もあって小さな傷は徐々に治るし、刃こぼれも皆無である。


「コイツで黒竜を打ち倒しました。私などでは無く、この一振りこそが王竜殺しドラゴンキラーと言えます。かなり酷使してきたんですが、もうすぐ四年です。まだまだいけそうですし、たとえ折れても叩きなおして使います。もう身体の一部ですから」


「私があげた剣で竜を……な、何ていう事だ……ううっ、ジン君っ! やはり君はジン君だっ!」


 よほど嬉しかったのか、舶刀を持つ手の反対の手を握ってブンブンと振るニットさん。


 だが、当時ニットさんから受け取った、ある意味命の恩人ともいえる舶刀は本来二振り。


 片割れは仲間に託した事を説明して謝罪すると、ニットさんは笑いながらゆっくりと首を振った。


「それでいい、それでいいんだよジン君。商人として君には何度も言って来たつもりだけど、そうやって人は繋がって、いつか大きな利となって返って来るものだ」


「ふっ、さすが商人です。利ですか」


「当然! 君はロンさんの息子だからね。どうせ恰好を付けて渡したんだろう? その娘がいつかジン君と一緒になったら面白いじゃないか。愛の双剣! ってね」


「あーっ! あーっ! か、恰好つけてなど……というか、やめて下さい! 商人とは思えない発言です!」


「はっはっは! その様子だと、そっちの方はまだまだみたいだねぇ」


 軽くからかわれながら、ニットさんの店を出る。


「まいどあり~」


「また来てやる!」


 俺とニットさんの会話をよそに、店にある菓子やら何やらを次々と選んでいたシリュウ。


 村ではあまり流通していない金貨を叩きつけたシリュウにニットさんは彼女の意外な懐事情に驚きつつ、俺は夜桜を預けた礼として代わりに代金を支払ってやることにした。


 もちろん銅貨と銀貨でだ。


 ニットさんはそんな上客に笑顔を振りまいて見送ってくれた。


「まったく……」


 このようなやり取りをすると、やはりここは故郷なのだと改めて思う。


 位置的に最後になってしまったが、次は村長宅へ向かう。ここを外す訳にはいかない。


「お師といるとちがう」


「お前さっき館で食ってまた菓子を食うのか……で、なんのことだ?」


 そんな中、急によく分からない事を言い出したので聞いてみると、シリュウは買った菓子を食べながらモゴモゴとつぶやくように言った。


「きのうコーデにつれていかれるまでウロウロしたです。そのとき人間はみんなシィのことよけた。きっとシィにビビったです。だけど、お師といっしょならビビらない」


「……」


 俺が父上と殴り合った挙句眠ってしまった時に、シリュウはどうやら夜まで一人で村を散策したようだ。


 実はニットさんの店も昨日外から覗いていたらしい。


「確かにこの村ではマラボや帝都に比べて、竜人イグニスだけではなく獣人ベスティアだろうが地人ドワーフだろうが珍しいからな。みんなどうすればいいか分からなかったんだろう」


「ふぅん……べつに人間がビビろうがシィにはカンケーないれすけど」


 ボリボリ


 堅い菓子を砕く小気味よい咀嚼音が俺の耳にまで届く。


 この手の嘘には割と敏感な方だと自認しているが、シリュウの場合は別だ。彼女は思った事を即座にはっきりと言うので本当にそう思っている可能性が高いのだが、かすかに違和感を感じざるを得ない。


 果たして本当にそう思っているのかと逡巡していると、向かいから急に走ってきた三人の少年が道を塞いだ。


「ね、ねぇ、みんなやめようよ……」


「うるさいな! ハナはだまってろ!」


 少し離れた後ろの方で、一人の少女が震えながら少年らをたしなめたが、聞く耳を持たない三人はそれを一蹴して前に出る。


「おいっ、ツノ女!」


 と、真ん中の少年がいきり立つ。


 相手は俺ではない。両手に菓子のシリュウにである。


「んぇ? シィのことか?」


「そうだ! おまえ、さいきょーのりゅうらしいな! オレとしょうぶしろ!」


 少年は堂々とシリュウに指を突き立て、意気軒高に宣言した。


 なんてことだ。


 非常に面倒な輩に絡まれてしまった。


 それを見たシリュウはボリボリと菓子を食う口を動かしつつ、反射のように言い返す。


 そこに突然の出来事への動揺や、ここは人里で相手が子供であるなどの状況への配慮は一切存在しない。


「たしかにシィはさいきょーの竜人だ。こどもチビ人間のぶんざいでしょうぶするなんていいどきょうしてるな。いいぞ、かかってこい。ぶっ殺してやる」


「それだけはやめろ」


 シリュウは菓子だろうが喧嘩だろうが、買い物は基本的に即断即決だ。


 だが、ここで止めさせる俺ではない。良くも悪くも、こうして少年少女は大人になってゆくのだ。


 両手に持つ菓子を一気に口に放り込み、シリュウは手と首をゴキリと鳴らして口角を上げる。


「子供だからって、なめるなよ!」


「カッちゃんやっちゃえー!」


「じゃあくなりゅうなんかやっつけろ!」


 あとの少年が応援ついでに邪悪とまで言い放っているが、シリュウはその事については全く気にならないらしい。


 それにしてもこの子らの情報の早さに舌を巻く。スルト村は辺境にあるとはいえかなり大きな村なのだが、たった一晩で子供の耳に入るほどの早さで竜人の滞在が広まったという事なのか。


 そしてカッちゃんと呼ばれた少年は、おそらく自作であろういびつな形の木剣を構えた。


(う~む、柄が短いな……両手で持っているがあれは片手剣。つり合いが悪い。それに堂々とはしているが胴と頭の線がズレている。それでは一歩目で出遅れる。作戦うんぬんの前に、一気に距離を詰められたら後手後手に回って押し切られて終わるな)


 と、色々探っては見るものの、おそらく少年に剣の師などはいない。本格的な立ち合いすら初めてかもしれない。


 対するシリュウは相手が構えた時点で戦闘開始な訳だが、どうやら様子を見るつもりなのか棒立ち。さすがに秒殺するようなマネはしないようだ。


「どうした? いどんだのにビビってるのか? さいきょーの竜のクビはすぐそこだぞ」


「ぐっ……!(なんでだ!? なんかツノ女が急につよくなったきがするっ!)」


 あれだけの啖呵を切っておきながら、いざ構えると途端に意気地を失った少年を見て、通りすがりの村人らは呆れたように苦笑いを浮かべている。


 その中には俺の見知った顔もあり、子供の遊びだという事になっている模様。大事になるのは面倒なので、その点は願ったりである。


 確かに外から見れば中々始まらないように見えるだろう。


 しかし、戦いはとっくに始まっている。主に少年だけだが。


(ほぅ……相手に意識を向けられて、力の差を感じたか)


 多くの冒険者や騎士を見て来たが、この能力は生死を分ける貴重な才能だと言わざるを得ない。腕はまだまだだが、このカッちゃんと呼ばれた少年は将来良い使い手になると思う。


「くっ、そおっ! うおぉぉぉっ!!」


(いいぞ。よく踏ん張った)


「なはっ!」


 なんとか圧に打ち勝った少年は踏み込み、さいきょーの竜に木剣を振り下ろす。


 それを見たシリュウは避けるでもなく防ぐでもなく、嬉しそうに木剣の一撃をまともに食らった。


 ガッ!


「へっ?」


 だが、少年の木剣はクルクルと宙を舞い、はるか後方に飛んで行く。ゴンと地面に落ちるのを振り返り、少年は自分は一体何に剣を打ち込んだのかと理解が追い付かない様子だ。


(握りが甘かったかぁ)


 少年の剣は確かにシリュウに振り下ろされた。だが、その剣はシリュウの純粋なの前にあっけなく弾き飛ばされてしまったのだ。


 そしてさいきょーの竜の反撃は、その握りのように甘くはなかった。


 ドッ!


「ごぇっ!」


「「「カッちゃん!」」」


 腹に入った前蹴りで吹き飛び、大きく転がされた先で嗚咽を漏らすカッちゃん少年。


 場合によっては死ぬ事すらある鳩尾みぞおちへの一撃は、さぞ痛く苦しいはずだ。


 それでも俺はシリュウにやり過ぎだとは言えない。十二分に手を抜いたのは明らかだし、挑んだのは少年で、負けてもなお寄り添う仲間がいる。


 泣きながらカッちゃん少年に駆け寄った、ハナと呼ばれた少女を見ると若干心苦しいが、俺が横から口を出す場面でもない。


 何より今のシリュウの表情を見ると、むしろ少年たちに感謝したいくらいだ。


「ぐえっ! おえっ! はっ、はっ……いてぇよぉ」


 俺が引き続き黙って見ていると、シリュウは転がしたカッちゃん少年に歩み寄る。


「く、くるな! もういいだろ! ツノ女の勝ちだよ!」


「おとなよぶぞ!?」


「どけ。こどもチビ人間ども」


 嗚咽するカッちゃん少年を守ろうと二人の少年が立ちふさがるが、それを払いのけてズィと顔を寄せる。


「ごめんなさいごめんなさい! ゆるしてください!」


「うるさいチビおんな人間。しずかにしろ」


 横で泣きながら許しを請う少女ハナまでも無慈悲に黙らせ、ここだけを切り取ったら完全に悪党の絵だ。


(手を出したらさすがに止めないとな)


 と思った矢先、意外な顛末へ向かった。


「おいこどもチビ人間。なまえなんだ?」


「げほっ! ごほっ! はぁっ、はぁっ……カ、カッツェ……」


「かっつぇぇ~? 言いにくい。シィはシリュウ。次ツノ女とかいったらようしゃしない。わかったか?」


「ふぐっ……わかった」


「で、カツ。剣はちゃんともて。せっかくくらってやったのに、とんでくとか笑いそうになった。あとビビりすぎ。お師みたいに、剣もったらいきなりでっかくなるくらいにならないとダメだ」


 あまりに抽象的な言い方で子供に伝わるとは到底思えないが、シリュウなりに何かを伝えようとしているらしい。


 その様子を見て、つい嬉しくなってしまう俺がいる。


「でっかく……」


「そーだ。でっかくだ」


「その、おしってシリュウよりつよいのか?」


 このカッツェの質問にシリュウはグィと背筋を伸ばし、声高に答える。


「すでならシィがかぁーつ!……でも剣のお師にはかてない。だからお師」


「え? すででかてるならいいんじゃ……ごほっ、けほっ」


「カツはあほだな。剣士が剣もつのはあたりまえだ。すでの剣士にかってもいみない」


「そ、そりゃそっか……ていうか、あほって言うな!」


 そしてシリュウは何を思ったのか、少年らの目の前で急に着ている服を脱ぎだした。


「わっ!」

「ちょっ、ちょっ!」

「なんでぬぐの!?」


「おい!? なにやってるんだ!」


 予想だにしない行動に慌ててたしなめようとするが、シリュウは半分はだけたところで動きを止めた。そして慌てたのは俺だけではない。周りの村人もそうだが、少年らは慌てて目をそらし、少女ハナは少年らの目に入らぬよう彼らの視界を防いでいる。


「シ、シリュウ! おまえ女だろ!? そーゆーのはしたないっていうんだぞ!」


「シリュウさん前をとめてください!」


 ここは彼らの言う通りで、さすがに何がしたいか分からず俺は急いで駆け寄ろうとしたが、次のシリュウの言葉でその脚は止められた。


「ほらみろ。これがお師にきられたあと」


「ふくきろよ! 見られるわけないだろ!」


「だからザコなんだぞ。カツははだかの女がおそってきたら見もしないでやられるのか? カツは人間だけどこの里でシィにビビらずに戦ったこども戦士だから、おまえのなかまにもとくべつに見せてやる」


「うっ、ザコはイヤだ……わかった」


(そういうことか)


 確かにシリュウの身体正面には、アリアに負わせた傷よりも遥かに深い夜桜の傷が縦に刻まれている。治癒魔法ヒールを使わずに何とか傷薬で塞いだものだが、その痕は痛々しいと言わざるを得ないだろう。


「げっ! なんだこれ!」

「やっべぇ」

「いたそー」

「あわわわわ……」


「カツもなかまも。しょうぶするとき、これくらいのケガはふつうだぞ。おぼえとけ」


 人間の女の柔肌ではなく、竜の鱗のような模様が入った強靭な肌に付けられた傷。


 まじまじと見つめている四人にはさすがに下賤な思考は皆無だろうが、いささか付けた張本人としての心は疼いている。


 何事かと周りの目が気になるがその時間も長く続くことはなく、ようやく立ち上がる力を取り戻したカッツェは弾き飛ばされた木刀を拾い上げ、改めてシリュウに宣言した。


「おぼえてろシリュウ! オレはそのよりでっかくなって、英雄ジンもこえるぼうけんしゃになるからな!」


「なーっはっはっは、笑わせるな! えーゆーじんってやつがお師より強いわけないだろ! さいきょーの竜のクビはここにある! いつでもかかってこい、カツ!」


 そうして少女ハナが最後尾で何度も振り返ってひたすらに頭を下げ、少年らはカッツェを先頭に振り返ることなく元気に帰っていった。


 その後ろ姿を見送り、何とか事無き……かどうかは怪しいが、これでようやく村長宅へ向かえる。俺はほぼ空気だったが、そんなことはどうでもいい。


 道すがら、心なしか機嫌の良いシリュウに俺はどうしても聞いておきたいことを聞いておく。


「嬉しそうだな」


「えっ、と……ちょっとだけ」


「正直だな。して、シリュウよ」


「はい」


「俺の名を知っているか?」


「へ? じんりかるどです」


「……正解だ」


「なんです!? お師のなまえ忘れるほどシィあたまわるくないです!」


「そうあって欲しいものだ」


 村長宅には、思ったより早く着いた。


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