#67 東の漂流者
「ばっ……ばっ……ばっかもーんっ!!」
陛下より賜った依頼の詳細を詰めるべく、別室に移動した俺とカーライル卿。
もちろん早速話に入るとはいかない。
扉の前で控えている騎士団員もカーライル卿の怒鳴り声に肩をすくめ、同情は出来ないと俺に苦笑いを向けている。
「陛下に向かってさっさと終わらせろとは何事だぁっ!」
ドンッ!
大理石で出来たテーブルが悲鳴を上げる。強化魔法を纏っていればあっけなくテーブルは破壊されているだろう。
「あ、あの、カーライル卿? 陛下の御言葉で眩暈がしたのは本当の事でして。それにそんなつもりは……」
「だとしてもだ! よりにもよって陛下をダシにするでないわ!」
「お、仰る通り」
ここまで猛烈に怒られるのは、幼い頃人家の屋根に飛び乗って大穴を空け、母上に雷を落とされた時以来な気がする。
怪我人が俺だけだったからいいものの、後ろで父上が笑いながら適当に補修しているのを見るや、それを楽しそうだと気を散らせた瞬間に鬼となった母上の顔は今も容易に思い出せる。
とにかく、カーライル卿の激怒も仕方がなく、あの言い方では少し捻ればそう聞こえてしまう。
陛下は笑って許し、俺に器量を見せつけたが、重臣であるカーライル卿が怒らねば誰が怒るのか。
この方はまだまだ戦場に出られるのではと思いつつ、ひたすら恐縮する俺の救いの神となったのは、遅れて部屋に入ってきたジェイク団長とノルン団長だった。
「カーライル卿、外まで響いておりますよ?」
「お前たちご苦労。外してくれ」
「はっ」
二人の入室で扉の外へ待機場所変えた騎士団員らを見て、カーライル卿はやっと怒りを収めた。
「申し訳ありませんでしたっ!」
「あまつさえ面白ければ受けてやろうなどと……まったく……あの選択肢では仕方がなかったのかもしれんが、恩人でなければ牢にブチ込んでやるところだ」
「あれがジン君のいいところだけど、それで身を滅ぼさないように気を付けるのよ?」
「しかと心に刻みます……」
「話には聞いていたが、ジンの根性は父親譲りなんだな」
平身低頭する俺に、ジェイクさんが謎の単語を発してきた。
訳がわからない。なぜ父上が出てくるのかとジェイク団長に聞き返すと、彼は一歩後ろへ下がり、腰の剣を静かに抜いた。
「八皇器が一つ、皇剣ブリュンヒルド。こいつには刀身に星刻石が埋め込まれている。もちろん国宝だ」
「はい。一目でわかります。ノルン団長の杖とクシュナー先生の腕輪にも星刻石が使われていましたね」
「その通り。ジンの刀……だったか? それと同じ、ノルンのアピドクルス、クシュナーさんのドラウプニル、他に皇盾スヴェルなんてのもある。でだ、八つの国宝武具すべてに星刻石が使われてるんだが、その出どころを聞いたことは?」
公にはされていないが、もちろん知っている。
「私の故郷、スルトです。この刀に使われている星刻石は二十年前、帝国に献上された石とは別で村に保管され、私が旅立つ日に母上から頂いたものです」
「やっぱりな……クシュナーさんはそれとなく気づいていたが、聖獣をぶった切れる武器なんかそうそう無い。三年前初めてお前さんと会った時から並みの剣じゃないとは思ってはいたが」
俺の刀の出生を知り、三人はようやく謎が解けたという顔をしているが、本題は未だに見えてこない。それが父上とどう関係するのか。
「すまん、話を戻そう。その星刻石を陛下に直接献上したのが、スルト村の守り手であるロン・リカルド。お前さんの父親だ」
「なっ! 父上が!? 陛下に直接!?」
(聞いてないぞ、そんな話!!)
「当時俺とノルンは城に詰めてたから直接聞いた訳じゃないんだが……ですよね、カーライル卿?」
「くっ……忘れもせん」
ノルンさんは笑う口元に手を当て、ジェイク団長がカーライル卿に話を振ると卿は再び苦々しい顔に戻った。
「ロン・リカルド……貴殿の父は石を献上する際、私の目の前で陛下に『邪魔だから持っていけ』と言ったんだっ! ありえん!」
「ぐはっ! そ……そんな馬鹿な……確かに父上は時に正気を疑う事がありましたが、さすがにそこまで不敬だとは思わな―――」
「どの口が言うのだ?」
「うっ!」
ギロリと俺を睨むカーライル卿の怒りが再び爆発しそうになったところで、またも二人が助け舟を出してくれる。
「カーライル卿、パルテール様が仰っていましたが、あれは聖地となるスルトを守るに値する人間かどうか、陛下御自らその度量を試すためにそう仕向けたそうではありませんか。それに二十年も前の話。ここはジン君の戦功に免じて、いい加減溜飲を下げては如何ですか?」
「そうですよ。国家機密の皇器の話をして黙っていたのも、ジンに感謝しているからでしょう? これ以上の狭量は元部下として恥ずかしいですな」
「き、貴様らっ」
ほほう、どうやらこれ以上怒られずに済みそうだ。
帰ったら父上をぶん殴る理由も、出来た途端に無くなった。
俯いてプルプルと震えるカーライル卿の頭上越しに感謝の視線を二人に送ると、二人は同時に笑った。
「はぁ……もういい。本題に入る」
「はい」
ようやくといった感じで、カーライル卿はテーブルの上に世界地図を広げた。
西大陸だけでなく、東大陸の主要な国や都市、大まかな地形が描かれている地図で旅に向くものではない。
「これより話すのは陛下の仰せられた通り、時限的ではあるが最重要機密だ」
つまり事が公になるまで、絶対に他者に知られてはならないという事。騎士団員を部屋から出て行かせたのも、彼らすら知らされることは無いという事である。
「承知」
「よろしい。では経緯から話そう。貴殿はシーモイという街を知っておるか」
「はい。行ったことはありませんが、帝国北東部にある漁の盛んな港町、と聞いたことがあります」
俺は広げられた世界地図を見て、スルト村の北東部に指を置いた。
「うむ。そのシーモイに十年前、ある一人の漂流者が流れ着いた。極度の脱水症状と失血で危険な状態だったが、その者を発見した漁師夫婦の必死の看病により片足は失いつつも、なんとか一命は取り留めた」
「……」
俺が黙って聞いていると、カーライル卿がジェイク団長に合図する。するとジェイク団長は席を立ち、別室に控えていたのであろう一人の男を部屋の中に連れてきた。
初老に差し掛かっているであろうその男の線は細く、武芸に通じているとは思えない。雰囲気からしても極々普通の人間だ。
彼は緊張した面持ちで部屋に入るなり頭を下げ、キシキシと妙な音を立てて促されるままに椅子に腰かけた。
「彼はベネディクト・イーサン・マッカロン。今言った漂流者だ」
「っ!」
これは驚いた。なぜシーモイで見つかった漂流者が皇城にいるのか。
話が見えてこないと二人を交互に見やると、ベネディクトと紹介された男が口を開く。
「お初にお目にかかります。ベネディクト・イーサン・マッカロンと申します。ベクトとだけお呼び下され」
「ジン・リカルドです。私もジンで結構」
ミドルネームを持つという事は貴族なんだろう。マッカロン家など正直聞いた事も無いが、貴族ともあろう者が海を漂流するとはどういうことなのか。
渦巻く疑問を一旦飲み込み、再度頭を下げたベクトさんは名乗ると同時に左脚の裾をたくし上げた。
(義足か……)
キシキシと音を立てていたのは、義足が各部に接触している音だったようだ。
役者は揃ったと、カーライル卿はテーブルに両肘をついて依頼内容を告げた。
「貴殿への依頼は三月の後、シーモイよりさらに東、ノースフォークより発艦する帝国艦隊旗艦フェニクスに乗船し―――」
卿は世界地図の中央上部をバンッと指さし、呆ける俺に止めを刺す。
「帝国全権大使カルガノフ、およびマッカロン自由都市同盟大使の二名を海洋軍事都市国家、マリンピアへ無事送り届ける事だ」
……なんだって?
「これは帝国の未来に関わる事業である。西大陸と東大陸を隔てる神おわす連山クテシフォン山脈、そして現在唯一東への出入口となっているラングリッツ平原を通らずに東へと至る、新たな海道をこのアルバート帝国が世界で初めて切り拓く―――」
待て待て待て。
「カーライル卿。お待ちください。さすがにジン君が混乱しています」
「ん?……ああ、すまない。熱が入りすぎたようだ」
ここでノルン団長が興奮するカーライル卿へ水を差してくれる。俺にとっては非常にありがたい冷や水だ。
そこから話の全容をかみ砕き、ベクトさんも交えながら説明が始まる。
まず最初に都市国家マリンピアについてだ。ここでカーライル卿が世界地図という実用性に乏しいものを取り出した理由がわかるだろう。
俺が聞いたことの無い街なのは当然で、なにせそこは東大陸なのだから。
マリンピアはクテシフォン山脈より東のいわゆる東大陸群にあり、その中でも極北東に位置する。大陸から海を隔てたアクアピール島という離れ島にある都市だ。
遠い。あまりにも遠い。
西大陸最南西に位置するマラボ地方から、西大陸中央に位置する帝都まで真っすぐ向かっても一月はかかるのだが、ジェイク団長が説明がてらに指さしているノースフォークなる街からアクアピール島まではその倍は優にある。
しかも、その距離を帝国が用意した船で向かえと言っているのだ。当然歩くより断然早いのは俺にもわかるが、大海をそんな距離ゆける船などまるで聞いたことが無い。
「帝国の技術の粋を集めた大艦隊。つまり、帝国海軍が発足するのが三月後だ」
『艦』とは俺の知る『舟』や『船』と違い、戦闘もこなす戦船を指すらしいが、いかんせん帝都は内陸部。艦などある訳もなく、唯一『艦』を造船しているのがノースフォークという街らしい。
そして話の核心がベクトさんの存在。
彼はマリンピアを含め、五つの都市が政治、経済、軍事の面で協力し合い、それぞれに議員を輩出する評議会を中央機関として都市を運営する自由都市同盟の大使らしい。
マリンピアのあるアクアピール島は後にアルバート王国を建国したディオス・アルバートが発見したとされる島であり、この縁により自由都市同盟は西大陸の国と友好を結ぶならアルバート帝国しかないと長年考えていたという。
「同盟に陸路をゆくほどの軍事力はありません。ラングリッツ平原に至るどころか、仮に途中にある国々を突破できたとしても、最後の砦であるリーゼリア王国の前には我々など赤子に等しいのです」
極北東に位置する自由都市同盟は陸路、すなわちラングリッツ平原を抜けて西大陸に至るという選択肢は、十年経った今でも取れるはずがないとベクトさんは言った。
しかしマリンピアには優れた造船技術がある。これにより他国の侵略を防ぐことが出来ており、十年前、海路で西に至ろうと思った訳だ。
しかしマリンピアを出た数か月後、艦隊は未知の魔獣に襲われ、全て沈んでしまった。いつの間にか海に投げ出されていた彼は詳しい事は分からないらしく、気が付けば見知らぬ天井だったという。
西大陸までまだまだかかるとされていただけに、シーモイに漂着したのは奇跡と言ってよかった。
無事一命をとりとめたベクトさんは、シーモイの領主に自由都市同盟の大使であることを告げるが信用されるはずもなく、後に
「帝国海軍が日の目を見る素晴らしい日ではありませんか。なぜ機密なのです」
「そ、それはだな……」
俺の質問にカーライル卿は答えにくそうに眉間にシワを寄せる。
「ジン君は海の事はよく知ってる?」
「いえ、全く」
ここで逆に質問してきたのはノルン団長。カーライル卿とジェイク団長と違い、この人はあっけらかんと言ってのけた。
「ジン君と同じよ。漁師さん達ならともかく、軍が海を知るはずがない。処女航海で全艦沈没してしまった日には帝国は笑いものになる、って元老院は考えてるのよ。陛下も一理あると仰せで、成功するまで発表するのは禁止になったのよ」
(つまり、失敗すれば闇に葬られるという事ではないか)
「なるほど。そんな危険な処女航海に私は付き合わされるのですね」
「されるぅ?」
「あ、光栄にも参加できるのですね。といいますか、漁師でもこれ程の航海は未知でしょう。たとえ失敗に終わったところで、帝国を笑う者が存在するとは思えませんが」
とはいえ、俺がここでとやかく言ったところで何も変わらない。
「ゴホン! この一大事業は成してこそなのだ。失敗は許されない。アジェンテとしての権力、Sランクへ至った武力、積み上げられた実績。貴殿だからこそ、この依頼は成立するのだ」
(成してこそ……か。その通りだ)
三人共口には出さないが、これは下手をすれば世界中の国を巻き込みかねない作戦だろう。
「ふふっ、ふふふふふ……」
俺は無意識に口元が緩み、隙間から奇妙な声を漏らしていた。
(陛下の言は虚栄では無かった)
「面白い。もともと東には行くつもりでした。海だろうが何だろうが、ご依頼果たすため、全力を尽くしましょう」
「おおっ、心強い!」
「ジン君が頑張ってくれるなら、かなり成功率は上がるわね」
「ウチからは一番隊を出すつもりだ。よろしく頼むぞ、ジン」
「では三月後、ノースフォークで会おう」
帝国が成すべきは一に北回り航路を開き、二に自由都市同盟と友誼を結ぶこと。
俺が成すべきことは両国の大使二人を乗せた旗艦を守り、マリンピアにある同盟本部へ無事二人を送り届けること。
報酬は、言わずもがなだ。
――――――――
■近況ノート
到達しました
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